裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

土曜日

二律パイパン

 喪中につき、シャレはファンからの投稿(slowhandさま、喪中の人ににこんないやらしいシャレ送ってはいけませんよ!)。朝6時半、目が覚める。外は素晴らしい青空。梅雨のない北海道の醍醐味である。昨日眠ったのが7時半ころだったから、11時間眠り続けていたことになる(ワイシャツは眠りながら脱いだらしく、足元に放り出してあった)。たっぷり睡眠とった快感が全身にあふれている感じ。下の居間では、おふくろがソファにまだ寝ていた。私がモバイルでメールチェックしていると目を覚まし、“あ〜あ、この寂しさと開放感は何なのかしらねえ”と言う。しばらく親子二人きりで話す。数年はまだ薬局にも母の客がいるし、札幌のこの家も守っていかねばならないだろうが、その間にこちら(東京)で受け入れ準備を整えて、徐々に引き取る、というカタチにせねばなるまい。稼がねばならぬことである。

 K子も起きてくる。朝食、スクランブルド・エッグとソーセージ、トースト。風呂を使うが、シャワーがいきおい弱く、しゃばしゃば、という感じでしか出ない。家の広さに比して、ポンプが小さすぎる(当初は重油式の巨大なるボイラーが備え付けられていたが、老朽化で取り外したとき、今の小型のものに替えた)のだが、さればといってそれに見合った大きさのモーターつきのものを備えると何百万もかかる。やはりこの家、一人暮らしには広すぎる。

 食べてすぐ、K子は荷造りを始める。私はどうせ来週末にはまたオタアミでこっち来るんだからと思い、ほとんどのものをこっちに置いておく。母が、“形見だから”と、親父のスーツを持ち出してきて選ばせる。親父はスーツ道楽で、百着くらい持っていた。ホントに、次から次へと出てくるのに呆れる。で、どのスーツもポケットに仁丹が入っている。最近、仁丹臭いおじさんというのもいなくなったが、親父はその最後の世代だったか。とりあえず、夏向きのものをひとつもらって着る。

 9時、タクシーで札幌駅へ。ライナーの車中から眺めるだに、北海道は広い。昔、“ここから脱出しなければオレの未来はない”というあせりをもって眺めた頃に比べて、なんとも好ましい故郷という感じのイメージになっているのには苦笑するが、しかし、町並みも町並みも、家がただ地面の上に乗っかっている、というだけのイメージで、こんなだだッ広いところに文化は育たないよなあ、と思った。文化は密集から生ずるのだ。

 空港で予約しておいたチケットを受け取り、オミヤゲをちょっと買い、それから、少し早いがサッポロラーメンを食って、機中の人となる。帰ってからの、延ばしてもらっていた〆切の攻勢が気になるが、幸い土日のことでもあるし、マア大丈夫だろうと楽天的に考えることにする。1時、帰宅。空はドンヨリ曇り、小雨がときおりパラつく。仕事関係のファックス、留守録を整理。一昨日の帰宅時に某編集部から、“ご愁傷様です、〆切は6月18日でしたが、お忙しいことと思い7月9日まで延ばしますので”というFAXがあり、ずいぶん延ばしてくれるんだなあ、と思っていたが、追い掛けてまたFAXがあり、7月9日というのは6月28日の間違いでした、とあわてたように書いているのがあって、笑った。

 つけていたメモからとりあえず日記を書く。すぐ原稿を書くべきなのだろうが、やはり頭がまだ仕事モードになっていない。疲れはそれほど感じないが、体力弱まっているところで夏風邪などひいてもつまらないので、6時、新宿に出てマッサージ受ける。サウナに入ったら、もう水芸のように体中のあらゆるところから汗が吹き出てきた。整体師さんの意見では、それほど疲れもたまっていないとのこと。

 8時、中野に向かい、武蔵野ホールで岩井天志さんの『玉蟲少年』完成記念上映会のトークに出演。岩井さん、この日記を読んでくれていて、あわただしい中をどうもすいませんと感謝される。いや、もう日程的には何の問題もない。日記を読んだ人たちから、武蔵野ホールにもかなりの問い合わせが来たとかである。そのせいではないことは確かだが、場内は満員。玉蟲少年をはじめとして、7本ほどのアートアニメ作品を上映する。いずれもダークなイメージのもので、最近のアニメアーティストたちの創作の根源に何があるのか、と考えさせられるものが多かった。人形の造型が滅茶苦茶に印象的な『消えかけた物語たちの為に』、木炭画アニメという手間のかかる技法の効果を十二分に発揮している『夜の掟』の辻直之氏の作品、実写の少女とアニメの合成で効果をあげている(生理的嫌悪感を表現するのがうまいと思った)マツバラリエ氏の『mymy−tsubri』などが印象に残る。特に『夜の掟』の暗い不安感がいい。玉蟲少年は、もう少し長い作品として見たかった気がするが、『独身者の機械』でも見られた、メカニックへの作者のこだわりは十分に感じとれた。

 上映後、岩井さんとトークするが、なにしろこのゴタゴタでの準備不足と、客層が(当たり前だが)オタアミなどとは違って、こちらの皮肉や悪口もストレートに受けとってしまう、いい意味で素直な観客ばかりだったので、少しとまどう。50点の出来だった。CGアニメについての批判をちょっと口にしたら、外で、自分はCGアニメの仕事をしているものですが、と、発言の真意を質問された。くわしく話して理解はしてもらったが、毒舌というものの難しさを思う。マツバラ・リエ氏に挨拶され、“私も『夜の掟』好きなんです”、とのこと。

 11時半という時間だったので、焼肉くらいしかなかろうと、K子、それから観客で来てくれていたFKJ氏、裏モノのトリケラ氏などと『トラジ』。FKJさんと、『玉蟲少年』のことをしばらく話す。イメージの具象化の凄さにはかなりのものがあるが、FKJさんはちょっと乗り損ねた、という。岩井さんの世代はそれまでの人形アニメの伝統からは少し断絶したところから出発しているため、純粋に“人形”を動かす、という発想から出発しており(『ストリート・オブ・クロコダイル』あたりからの影響だろう)、いわゆるトルンカ以来の人形アニメの、動かし方などの伝統を見ている者にとって、多少の違和感はなきにしもあらずということなのだと思う。例えば、歩き方一つとっても、昔からの人形アニメファンは、“工夫してもっときちんと歩かせればいいに”と思ってしまうのだろう。ところが、新しい世代は、そもそも人形を動かすときに、動きの制限があるのは当たり前と考える。また、人形アニメも映画の一分野と考える人たちと、映像アートとして、映画とは一線を画すという考え方の相違もあると感じた。そこらへんの世代の断絶をどう埋めていくか、が、これからの岩井さんたちの抱えていく問題だと思う。

 トリケラさんとは『パール・ハーバー』談義。それから沢島忠談義。例の沢島作品上映の異質作である、三船敏郎の『新撰組』の話などが出る。1時、中野からタクシーで帰宅。明日から喪をあけて日常に戻らねば。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa