1日
金曜日
フルショットは遠きにありて思うもの
タイトルに意味はない。朝8時起床。朝食、イチジクとヨーグルト、ハムサラダ。小青龍湯及び五苓散。午前中はサンマーク関係の資料を読む。門茂男のザ・プロレス(1)『力道山の真実(角川文庫)は談之助さんに借りたものだが、内容の面白さとは別に、文章の“……を”というところを“……をば”としているところがやたら多いのがやけに気にかかる。3割近くが“をば”になっている。強調では私も時々使うが、こんなに“をば”を多用している文章というのも初めてみた。
「リング上をばのた打ちまわった」
「放映権利料をばゴッソリふんだくっている」
「お目玉をばくらう」
大正十三年生まれの文体のクセなのか、それともK子の言う九州生まれ(?)のナマリなのか。
1時、『本の雑誌社』から、“上半期今年の一冊!”という電話取材。都築響一氏の『精子宮』を、“未来像を失った21世紀からのぞむ20世紀の未来”というお題目で推す。それにしても、最近“破格な本”が出ていないように思える。昼は昨日の鍋の汁を冷や飯にぶっかけてスープごはん。
2時半に家を出て、銀座線で京橋、片倉キャロンにて『クイーン・コング』試写。1976年、かのディノ・デ・ラウレンティス製作の『キング・コング』のパロディ映画としてイタリアで製作され、ラウレンティス・プロの圧力で公開が中止され、それから四半世紀の間、ずーっと埋もれてきたという幻のバカ映画。確か本家公開時にキネ旬で情報だけは得ていたが、公開禁止になっていたとは。私の名刺を見て、配給会社(アルバトロス)のお姉サンがアッと小さく声をあげ、自分の名刺を取り出して頭を下げた。こういうバカ映画を喜んで批評してくれるのは私くらい、と思ったか?他にチラシには柳下毅一郎、みうらじゅん、パンフには中野貴雄の名前。バカ映画業界には人材が少ない(当たり前か)。
映画はとにかく、70年代独特のバカと安っぽさで大いに結構。おもしろいとはお世辞にも言えないが、こういうのが好きな人にはたまるまい。元祖・本家のオブライエン版キング・コングが日本公開されて一ヶ月もしないうちに斎藤寅次郎が『和製キング・コング』を作り上げたという歴史もある。このパクリ精神こそ映画の本質、バイタリティなのだ。パンフには中野貴雄の他に二階堂卓也、黒井和男の三人が文を寄せている。黒井和男の文章の言い回しには覚えがあるから、本家公開時に私が読んだ文章は黒井氏の執筆だったか、と思うが、三ツ並んだ文章が見事に映画のバカさ加減に対しての許容度の差を示していて面白い(もちろん、中野カントクが最高値)。ことに黒井氏の文章は無惨で、このネーロ氏、とにかく、この映画をなんとか“観賞に耐える、質の高い映画”として(!)推薦しようとしているのだ。 「ぬいぐるみによる動きも、当時としてはかなり動きがシャープで、表情が豊かで見事だ」(ぬいぐるみの口から、中の俳優の口が見えてるんですがね。『2001年』や『猿の惑星』のぬいぐるみと比べるのはさすがに非常識にしても、すでに当時、当のラウレンティスの『キングコング』でコングのぬいぐるみを自作自演した天才サルクリエイター、リック・ベイカーは『シュロック』でそのサル才能の片鱗を見せているし、わが日本では『キングコング対ゴジラ』『キングコングの逆襲』で中島春雄が動物園に通いつめてサルの演技を勉強して見事なサルぶりを見せているぞ) 「『ジュラシック・パーク』の原点を見るようなシーンもあった」(あのハリボテを原点などと言ったらスピルバーグは怒るぞ。中野貴雄が指摘するように、たぶん下半身も作っていない、ひどさの極地のような造型なのに、なぜかティラノザウルスの前足の指が二本、という変な部分が正確だったりするのが珍) 「合成シーンも当時としてはまずまずのもので上等の方だ」(70年代の特撮をまるで見てないとしか思えない。カメラ据え置きのシーンですらグラグラ合成がゆれているとゆうのに!)
……要するにネーロ氏の“常識”から言えば、“映画の面白さというものはすべからく、出来のいい部分に存するものであるべし”ということなのだろう。従って、こういうバカ映画を推薦するにあたっても、その中から何とか、ある程度ウソをついてまで“優れている”部分を見つけて強調しようとしているのだ。昨今のB級映画ブームというのが、その作品がどれだけ出来が悪く、どれだけいいかげんに作られているのか、という評価基準で成立している、ということがまるでわかっていらっしゃらない。それに比べて中野カントクの文章のまあ、なんとイキイキしていることか。ラウレンティス版『キングコング』を評して曰ク、
「御本家『キングコング』がカニだとすると、カニカマボコみたいな映画」
そのデンでいけばこの『クイーン・コング』はカニ風味キャンデーみたいな(要するに冗談商品)映画であろう。あ、忘れていた、公開は吹き替え版で、声が広川太一郎と小原乃梨子。これがまた、安っぽさを大いに盛り上げて(盛り下げて?)いる。渋谷シネ・クイントにて7月公開。
真直ぐに帰宅、約一時間で『裏モノWeb見聞録』の前書と後書を仕上げる。早川書房A氏から電話。今朝勃発した、ちょっとシリアスなトラブルに関してだったが、何とか納まりそうな気配。まだ安心できぬが。それから札幌の情報誌からFAX、連載の依頼。7時半、渋谷井の頭線駅前で講談社Iくんと待ち合わせ。図版資料と原稿のフロッピーを手渡す。その後、K子と連れ立って西永福の(こないだ歯医者に行った帰りに発見した)フィンランド料理レストラン、『キッピス』(フィンランド語で“乾杯”の意)。お試しコースを頼んだが、前菜が鹿肉のルイベ、それから真ダラの干物を使ったシチュー、ジャガイモのサラダ、カルヤランピーラッカ(パンの真ん中にお米のミルク粥を入れて焼いたもの)、そして鹿肉のミンチステーキ。ステーキは素朴な味だが、風味があって、おいしい。何よりカルヤランピーラッカが、“パンの中にお粥?”というイメージを払拭して美味だった。マスターは最初フランスで修行して、それからフィンランドはじめいろいろヨーロッパを回り、最初は各国料理として店を出したのだが、リクエストが何故かフィンランド料理に集中して、今のようにフィンランドレストランを看板にするに至ったのだそうな。フィンランドウォッカを二ハイにビール一本。