裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

木曜日

シューマッハ山中、シューマッハ川

 いかにも早そうだ。朝8時半起き。朝食、ナンとカレーの残り。田中真紀子外務大臣、かなり四面楚歌の模様。で、これで彼女がやめさせられたら、“いじめ”だの、“外務官僚の陰謀”だのと、マスコミも掌を返すんだろう。なんにせよ、オモシロくて仕方がない。ところで、朝、アリコの保険のことをアリたち(CG)が地下のバーで語る、というCMがあるのだが、その前後に、志垣太郎の、アリ退治アースのCMをやる場合がある。地面のアリも徹底退治! とかいう模様が、これもCG(こっちはリアルな絵だが)で描かれる。アリコの方を見ていると、次の瞬間、ここに殺虫剤がシューッと、という想像がどうしても働く……。

 午前中はフィギュア王。9枚半の長丁場をなんとか昼過ぎまでに片付ける。昼食は昨日とおなじく豚肉を塩胡椒で炒めて、オコワの残りと。ネギがこないだ買ったばかりで、もうネトついてプンときはじめている。やはり梅雨時は足が早い。

 食べ終わってすぐ、『大きなポケット』。最終回ということで肩の荷を下ろす気になるが、これにまた何やかや言われる可能性も大。仕事関係、メールと電話かなりの数。『本の雑誌』より、こないだインタビューあったばかりでまた原稿依頼。やつぎ早というのは結構。

 先日の泉ゆき雄先生がらみのことで、K企画なるところから電話。まことにこちらに好意的な態度をとってくれて、正直なところ、ちょっと拍子抜けがするくらい。いくらなんでも、少しはお詫びを形にしようと思っていたのだが、丁重に辞退される。SFマガジンに訂正の文章を記載することのみ、打ち合わせる。早川書房のA氏に電話して成りゆきを報告するが、むこうも“あらあら”とかえってとまどっていた程。

 Web現代単行本用のゲラと、幻冬舎のエッセイ本のゲラをカバンに詰め、K子と東京駅。4時発のひかり号で大阪へ向かう。車中、赤ペンでゲラチェックに没頭。幻冬舎の方は札幌の編プロ製作の本で、ここの業界誌に6年近く連載していたクスリがらみのエッセイをまとめたもの。内容はいいが、文体や構成が、6年前はまだやはり硬い。だいぶ、ちょこちょことしたナオシでは手に余るところが出てきて、どうしたらよかんべいかと頭を抱える。Webの方は連載に合わせた言い回しを変えるくらいで、基本的にはOK。Web連載なので横書きのものを縦に直すにあたり、井上デザインがなかなか凝ったページデザインをしてくれている。

 7時、新大阪着、心斎橋日航ホテルに投宿。そこから宗右衛門町を歩いて、クジラ料理『西玉水』。大阪へ行くたんびにこの店に寄り、すっかりここの親父さんと意気投合(?)したK子が、初夏のハモを食べさせてくれるという招きで、勇んで大阪へやってきたのである。すっかり準備してくれていて、お造りからして三種類という大サービス。まずは普通の湯引きハモで、梅肉でいただく。次が、ここの常連さんも滅多に食べたことがないというハモの刺身。骨切りを最小限に押え、毛抜きで主な小骨を抜いた後、刺身にする。ヒラメに似た舌触りで、ヒラメよりはるかに甘味がある。最後が、皮付きのままざっと炙ってから刺身にした“焼き造り”。皮はモッチリと歯ごたえがあり、身は生で甘味たっぷり。これは梅肉にわさびを合わせたものでいただく。初夏のさわやかさと、梅雨の水を飲んで肥えたハモの濃厚さを一どきに味わう。

 それからハモの子(卵)とキモを鶏卵で寄せた煮物。これは上品な料理というのではない、漁師料理で、この玉水は高級料亭と違い、そういうものを食べさせてくれるのがうれしい。珍味がこの中に入っていたハモの浮き袋。まさにハモを丸ごと味わう感じ。次も庶民料理で、泉州鍋というやつ。泉州(堺)近辺で取れる小振りのタマネギとハモを昆布だしで煮たもの。スープにはたっぷり山椒がかかっている。タマネギの甘味がスープに染み出て、まあ、通人だったらゲスな味、と捨てさるようなものだが、野暮なわれわれには非常においしく、鍋の底をあさって全部汁を飲み干した。

 そこらでクジラも少し食べたくなり、尾身の造り、それからサエズリの煮物。サエズリを大豆と煮るのはここの先代の発明だとか。尾身はトロの舌触りに馬刺を十倍、濃厚にした風味。隣の席にいた、センセイ々々と呼ばれていた人物が連れてきていた若い女子大生みたいな子が、こんなおいしいもの食べたことない、再来週、また友達連れてきていいですか、とねだっていた。もう数杯、酒がすすんでいたら、キサマなどには十年早いわ、とケトバシていたかもしれない。そしてお吸い物がぼたんハモ。谷崎潤一郎が死の一週間前にこれをむさぼり食ったという料理だが、これはちょっと塩気がきつすぎるような気がした。

 最後がクジラのお寿司とハモの押し寿司。クジラのみ食べて、ハモは折詰めにしてもらう。デザートが梅酒にキンカン、巨峰を漬けたもの。気分的にはあっという間に食べてしまったような気がするが、時計を見ると三時間ちょっとたっている。宗右衛門町をいい機嫌でブラついて返る。冬に来たときは呼び込みのお兄ィさんたち、口をあまり開きたくないからか“アァウィラ、アァウィラ”(花びら、花びら)という感じの呼び込みだったのが、この季節はやけにはっきりと“乳首さわり放題いかがですか”と露骨。西玉水も、高級な料亭街でなく、こういう通りの端にあるというところが、かつて庶民の味だったクジラ料理という感じでいい。はす向かいあたりに屋台に毛の生えたようなインド料理屋があり、なかなかいい感じなんだが、看板に“カレーうどん”とある。インド料理屋でカレーうどん、大阪だし不思議はないが、ちょっと意表をつくかもしれない。

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