裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

土曜日

 バージニア・ウルフなんか稚内

 北海道を舞台に描くオールビーの戯曲。朝7時半起床。ニュースは池田小学校関連一辺倒。テレビでコメントをしている香山リカさんの首筋がやけに黒く、ブツブツしていたように見えたのは照明の関係か? などというバカなことを思う。後はもう、恐いねえ、としか感想が浮かばない。心情とか内面とかをうかがいしることが出来ない犯人なんだからいたしかたない。同じ気違いでも、マリリン・マンソンマニアだとか、そういうイカニモな奴に殺された方がまだわかりやすいだけマシか。

 K子に弁当作り、原稿、Web現代やる。昼ごろ担当のIくんから進行状況問いあわせ。いつものペースで言うと、2時に出かけるまでに完成するかしないかギリギリですね、と答えておいたが、それから先、スラスラと筆が運んで、なんと45分くらいで完成してしまう。どうしたわけか?

 昼飯は豚肉とタマネギの吸い物を作り、ゴハン一杯。今日はこれから開田夫妻と連れ立って、手塚昌宏監督をきみ夫人に紹介するという目的の本多猪四郎監督邸訪問。3時半に新宿から小田急線で成城学園前、喫茶店アルプスで待ち合わせ。梶田興司監督と安達Oさん、手塚さん、開田夫妻というメンバー。前回、うかがってごちそうと酒の大盤振る舞いに少しベロとなったので、今回は胃腸薬と麻黄附子細辛湯、アリナミン、糖の摂取を抑制するというギムネマの錠剤という万全の前準備して臨む。

 成城学園は東宝撮影所近辺が庶民的な町並み、その反対が高級住宅街と、きわめてハッキリしている。東宝の近くに住んでいる手塚監督が自転車(それも、買い物カゴのついたパパチャリ)に乗ってきたのがいかにもこの監督らしくてよかった。最近は成城学園も田園調布も、相続税が払えなくなり、土地を分割してそこにせせこましいマンションなどを建ててしまうので、高級住宅街というイメージが壊れつつあるが、それでもまだ、どこかの公民館かというようなでかい家、どこかの海外帰りの建築家が腕をふるったのであろうSFまがいのデザインの家などが建ち並ぶ。手塚監督などと“これ、なんだろうね”と不思議がったのが、あちこちの家の前に緑色の無地の旗 が立てられていたこと。何かの秘密の暗号か?

 本多監督夫人のお元気ぶりは変わらず。バシバシとものをおっしゃる。しかも、昔の映画人の奥様だな、と思うのは、とにかく若いものにどんどん飯をくわせてくださる。そういうことに慣れているのだ。私などが若いものと自称するのはおこがましいのだが、なにしろ梶田監督が“梶ちゃんなんかまだ70代だもの”と小憎ッ子扱いされるんだから、まあ許してもらおう。本多監督の出征と帰国のお話、『キングコング対ゴジラ』撮影中の大怪我のときのお話、最後の日々のお話には涙が出た。大怪我のとき、助監督だった梶田さんが病床から絵コンテでの指示を受け、例の、佐原健二が浜美枝を探して逃げる人々の列を逆に向かうシーンを撮影した、などという秘話を聞く。実は以前、この本多邸に私ごときシロウトが招かれたのは、開田さんが、
「このまま本多夫人の、そのまま日本映画史になっているようなお話を酒の席で聞くだけではもったいない。唐沢さんと斎藤さん(ロフトの)で、なんとかきみ夫人をロ フトプラスワンに出演させるよう、もっていってくれないか」
 とこちらに依頼してきたからなのだが、前回は私の方が舞い上がってベロになってしまい、まるでそんなお誘いも出来ずにしまった。今回は前準備の医薬品群の効果の かいあってか、かなり飲まされたがツブれず、身を乗り出して
「これを今、誰かの耳に入れておかないと、本当に間違った歴史が通説として残ってしまうと思います。本多監督のためにも、文字にして残すというより、語っておくだけでも、ぜひ」
 と、我ながら何やらアヤシゲな香具師のごとき口調でお願いし、
「歌舞伎町? なら、そのあとで私の知っているお店へ行くのならいいわよ」
 との許可をいただいた。内心、指を鳴らしました。あと、手塚監督の悠々然たる大人の貫禄も非常に印象深かった。梶田監督は酔うとかつての軍国少年的熱情がよみがえってくるようで、これに話をあわせるのもなかなか面白い。

 4時にお伺いして、高齢の夫人のお宅にあまり長居をしても、と思っていて、まだそんなにたってないだろう、と時計を見たらもう11時近く。仰天して、辞去。小田急で帰る。ホームに立つ梶田監督の姿勢のいいこと。開田さんと、ロフトの打ち合わせなどをして、新宿で別れる。今日は醜態はさらさなかったかわり、奇態をさらしたかもしれん、とまた少し落ち込む。自分に自信のない証拠である。それにしても、あれだけ酒を御馳走され、頭はかなり酔っているのに、身体はまるで酔いを発しておらず。のんだクスリのうち、ナニが効いたのか、ケッタイな感覚である。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa