裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

金曜日

南極な天使のテーゼ

♪窓辺からやがて飛び立つ(いや、そういうシーンが劇中にホントウにあるのです)。

※原稿 『南極(人)』稽古

朝6時半ころ地震あり。
あったことは確かで、記憶もあるんだが、
どういうシチュエーションで地震を認識したか
寝惚けていて記憶になし。また寝入ってしまった。

8時に目が覚める。
心臓サージ感あり。
先生にも毎度そう話しているんだが、別に心配も
されないのは、これって大したことないのだろうか。

寝床でストレッチ。
新方式をちょっと試しているが、なかなか身体的に
新鮮な気分になれる。

日記つけ、ラジオライフ原稿にかかる。
資料をダンボールから引っ張り出すのに時間かかる。
11時、母の室に行き、昼食。
アジ干物、ホウレンソウおひたし、漬物、それと肉豆腐。
ご飯一膳、飯とおかずの配分に苦心。

原稿、8割書き上げて荻窪へ。
天沼会議室での1〜9稽古。
調子のいい人悪い日が一日置きという感じで、今日は悪い日。
頭の中に雑事がワーッと入ってきていて、芝居に集中できず。
まるでセリフが出て来ない。

出版社から電話、テレビ局から電話、いろいろ。
雑事が入ってくるのは年末のこの時期、仕方なし。
とはいえ。

さて、私の他はみんなそれぞれセリフも順調に入って
役がどんどん出来ているが、中でも進境著しいのは
やはり主役の(いや、主役はハッシーの南極夏彦ではあるが、
実質上はやはりこの人の椎塚有美子こと鳥越夕幾子ちゃん。
オスカー・プロモーション所属の美人女優である(写真左)。
本業はモデルさんなのだが舞台経験もあり、今回の椎塚役を
オーディションで勝ち取った。

選考は私とハッシーがやったのだが、期せずして二人とも
「彼女しかいないでしょう」
と同じ子を選んだわけ。外見的にはもっと椎塚ぽい子もいた
のだが、気合の入り方と、テストでやってもらった蹴りの
入れ方に、最もフッ切れたものを感じたのが彼女だった。

なにしろ2時間のこの芝居中、彼女が舞台上にいないのは
10分間あるかないかの出ずっぱり。
最初はセリフを覚えるのに精いっぱい、パッツンパッツンで
演じていて、大丈夫か、パンクしないかと見ていて思ったのだが
最近はさすがにセリフの意味をきちんとつかんで余裕が出てきたか、
日を追うごとにぐんぐんと芝居が上達している。
シヴヲさんが驚いていたくらいだ。
相方(?)の渡辺一哉とのイキの合い方も抜群、役に入れ込むあまり
ときおりスに戻っても椎塚のSっ気が残っており、その殺気
が周囲にオーラとなってただよっているせいか、流石の
佐々木輝之もいまだ彼女にはセクハラを敢行できていない。
おそるべし椎塚、おそるべし鳥越。
そして私とシヴさんにとっては、いかなる場合も飲みにつきあう
つきあいのいい子として赤丸急上昇。もっとも、あまり
アルコールはいかず、もっぱらご飯党のコメラー。
ここも同好の士であるシヴさんには可愛くてたまらないらしい。
果たしてどんな椎塚有美子が舞台上に現出するか、
ぜひともお楽しみに。

で、もう一人はおなじみ、若手の吉澤純子(写真右)。
この眼帯姿は残念ながら(笑)役ではないです。
ホントウに現在、ものもらい中。
とはいえ天然ボケにしか思えないその演技、今回も磨きが
かかっております(二役)。
これもまことに残念ながら、家庭の事情で今回の
公演を最後にしばらく舞台をお休みしなくてはならなくなり、
おなごり公演という感じになります。
じゅんじゅんファンはぜひとも彼女の舞台姿をごらんに、
下北沢へとおいでください!

音楽担当のグレート義太夫さんも来ている中、何とか
通しを行う。なんと、2時間を切った!
みんなから拍手。

終って、舞台監督の早川さん、一哉、夕幾子ちゃん、
シヴさん、琴ちゃんと、客家亭へ。
今日はいけた。
里芋炒め、シジミ醤油漬け、ピータン豆腐、腸詰、ギョーザ
などで紹興酒。
客家亭のお母さんと、例の謎のおばさんにお久しぶりねぇ、と
喜ばれる。

寒い。外を歩くと体温が一気に持っていかれる寒気の中、
帰宅。ダン・オバノン死去の報に驚く。63歳。
80年代、あれは池袋西武のビデオ売り場だったか、
輸入ビデオで『ダーク・スター』を店内でかけており、
みんな同い年くらいのマニアたちが食い入るように見ていた。
オバノンに肩入れをしていた中子真治氏の著作で、
われわれは彼をSFX映画界の期待の星と認識していたのである。
中子氏も含めて、あの当時まだマイナーだったSFX映画関係者
たちには、トキワ荘的な集団意識があり、ジョン・カーペンター
が『ザ・フォッグ』の登場人物にダン・オバノンという
役名をつけるなど、友達同士の楽屋オチ的なお遊びが満載だった。
だが、そういう友達意識があまりに強い連中というのは、
どうも一般大衆向けの商売はヘタクソで、カーペンターも
トビー・フーパーも、自主製作的な作品ではヒットを飛ばせても、
大作ではどうも……という感が強かった。
中でも最もそのケがあったのはオバノンで、アイデア自体は
買われても、せいぜいが原案/脚本担当止まりで、そこからあとは
ヒットを飛ばせる力をもった監督に名誉をさらわれてしまうことが
多かった。最たるものが『エイリアン』だろう。
あれで監督のリドリー・スコットもデザインのH・R・ギーガーも
主演のシガニー・ウィーバーも一躍売れたが、原案と脚本を担当した
オバノンの名前はどこかに忘れ去られてしまった。

それ以降、マニアが喜ぶ映画は『バタリアン』はじめ何作も
作っているが、スマッシュヒットを飛ばして一躍メジャーに、
ということはついになかった。
生涯一マニア、という色が濃すぎた人間といえるだろう。
まあ、それだからこそ、オバノンの名前は懐しく、また
いとおしいのだが。

紹興酒でヘンな酔い方だったのでホッピーで
酔いを調節、1時に就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa