10日
月曜日
いいじゃないか、フェロモンじゃなし
どんどん分泌されるんだから。
※歌舞伎座さよなら公演
久しぶりにスペクタクルな夢。新宿ロフトプラスワンを出て
歌舞伎町の交差点を歩いていたら、“街宣戦車”に乗った
右翼の一団が交通を妨害している。
大きな混乱が起き、そこを走っている3階建てくらいの
路面電車とその街宣戦車が接触、地上に倒れている人々の
真上にその路面電車が倒れ込んでくる惨劇を目の当たりにして
しまうというもの。
朝4時ころ、豪雨の音で目が覚める。
今日の外出は大変だろうなあ、と憂鬱。
9時起床。メール連絡いくつか。
試写の招待とか、結婚パーティの招待とか……。
これが同じ人物だったりするのだが。
朝食9時半。
昨日買ったイチジクとヨーグルト。
イチジクはちょっと未熟。
まあ、以前買ったのは紀ノ国屋のだったから比べるのも
無理だけど……。
母と今日の予定を打ち合わせ。
自室に戻り原稿。
平山プロデューサーから何度も聞いた話が元なので
書くのは楽だが、まとめをどうするか、が勝負どころ。
まったく関係ないことだが、あることを言うのに引用する故事を
何というか思いだせず悩む。“歌一首あるで話にけつまずき”と
いう川柳があるが(こういうことの方はすんなり出てくる)。
やっと思い出すが。ちなみに“宋襄の仁”。
昼は母の部屋。昨日と同じ掻揚げを天丼にして。
極めて薄味でヘルシー。
気室して原稿続き、2時ころ編集部に送る。
やがて担当Sくんから折り返しメール、構成を気に入ってくれた
模様。
朝から雨ざんざ降りにて、母との外出が気掛かりだったが、
夕方から雨、まったくやむ。
台風の目に入ったか?
何にしても幸運。
3時半に準備して母の室に行き、一時間間違えていたことを
知ってアレレ。その時間を使い、次のインタビューの依頼書を書く。
で、4時半にもう一度母と外出。
地下鉄で歌舞伎座、さよなら公演。
本日夜の部は谷崎潤一郎原作の『お国と五平』、そして円朝作の
『怪談乳房榎』。少し早くついたので入り口近辺で待つ。
大変な混雑ぶりである。雨もパラついてきたが、さほどでもなし。
やがてブラックが来て、
「台風はナクナッチャッタんですかネ?」
という。
「大雨だと舞台で本水使ってくれたって(今回はそれがウリ)
面白くも何ともない」
とのこと。まさしく。チケット受け渡してもらう。
で、たぶんこれが最後の体験になると思う歌舞伎座。
ほぼ真ん中の、前から三列目であった。
芝居の内容とかは煩雑にわたるのでくわしく書かないが、
『お国と五平』は、夫の仇討ちの旅を続ける奥方と中間を、
奥方に恋い焦がれるその仇自身がずっと追っていた、という話。
谷崎らしくユニークなのは、その仇・友之丞が藩内でも有名な
憶病者でひねくれ者で、武芸も出来ぬ軟弱者であるという設定。
昔婚約者だった奥方も、それに愛想をつかして婚約を破棄して
しまった。それをうらんでその夫を闇討ちにして殺した友之丞だが、
それを男らしくないとなじられ、逆に開き直ってみせる
ところが谷崎である。
「仕方がないではないか、わしはそういう生まれつきなのだ。
そんな風に生れたわしをあわれんでくれ」
そしてストーキングを続け、彼は奥方の秘密を知ってしまう。
つい数日前に耳かきショップの女性に片思いし、ストーキングして殺した
男のニュースがあったばかり。今さらに谷崎の現代性に驚く。
友之丞を演じた三津五郎もうまかったし、勘太郎もよかった。
しかし、前列に並んでのいいところは役者の顔がよく見えるという
ことであるがまた老いもよく見えてしまう。
扇雀のお国はちょっと喉のたるみや目尻のしわが目立ちすぎて、
興ざめではあった。
休息中に、緞帳が何回も下がり、歌舞伎座の所有する種々の緞帳の
見納めをさせてくれる。これらは改装後はどうなるのだろう?
やがて『怪談乳房榎』。落語原作の芝居は『芝浜』や『らくだ』
などがあるが、いずれも原作、というかそれを本寸法で落語で語った
ものには到底及んでいない、というのが感想。
『乳房榎』も、圓生が原作の、悪人磯貝浪江が師匠・菱川重信の妻、
お関を蚊帳の中で口説くところに惚れ込んで、自分で徹底して
原作を書き改め演出した口演が最高の出来で、舞台ではどうしても
そこらへんの心理のスリリングさが伝わってこない。
怪談としても、下男の正助が重信殺しに心ならずも手を貸してしまい、
寺に帰ってくるともう重信は帰ってきていると告げられ、そっと
仕事部屋をのぞき込む、というあたりの、あの幽明定かならぬ
怖さは全くない。ここらへんは芝居の限界だろう。
とはいえ、その代わりに、勘三郎はいかにもお祭り興業らしい
三役(プラスもう一役)早変わりという、“視覚に訴える”
趣向で見せてくれる。衣装の早変わりはまあ、仕掛けの類推も
つくが、驚くべきはさっき花道に引込んだ勘三郎が、
もう次の瞬間には中央に登場するというそのスピード。
奈落でどのような移動が行われているのか、走ったとしてその
時間は、などといろいろ憶測しながら見ていたが、ちと解明は出来ず。
一番凄かったのは、菰をかぶった正助と、傘をさした蠎三次が
道の真ん中でぶつかって、そこで役が早変わりという趣向。
これには客席からうわ、という感嘆の声があがった。
ラストは十二社の滝で、現れた重信の幽霊に磯貝浪江が翻弄され
「ハテ、恐ろしき執念じゃなあ……」
という怪談ものの定番。このシーンは圓生が口演から外し、
「荒唐無稽で話としては大したものではない」
と言っていたものだが、歌舞伎でやるとこういう場面が映える。
本水も、よくまあ役者がざんぶと飛び込めるだけのものを
舞台上に用意できるものだ。われわれ小劇場人間にとっては
別世界のことに呆れるばかり。
最後に挨拶で勘三郎、
「歌舞伎座、新しい御目見えまでには時間が少々かかります。
(ト客席を見回し)この中の何人かはあちらの方(ト上を指さし)
へ……と、なりませぬよう、皆様御身体にお気をつけて」
と挨拶。役者でこんな挨拶が出来るのは勘三郎だけね、と母が感心していた。
満足し、運のよいことに雨も止み、ちかくのびっくり寿司で
母と久しぶりに外食。二人ともお腹がくちくなるくらい食べたのに
値段がびっくりするほど(でもないが)安かった。母のおごり。
地下鉄で帰宅、メール見たらちょっと仕事関係でアクシデント。
あわてて善後策立て、メールなど各所に打つ。