裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

金曜日

人形のイェー!

原作はイプセンだぜ、イェー!

※飯田人形劇フェスティバル参加・伊賀良行き

朝8時45分起床。
簡易ベッドにも慣れてきた。
寝室をみたら、また漏水あったらしく、せっかく乾かしたマットレス
がまたぐしょぬれになっていた。
無理してここで寝ようかと思ったのだが、やめてよかった。

9時朝食。
スイカ、ホワイトアスパラガスのスープ。
自室に戻り日記つけ。
長野行きのバス、12時だから楽勝と思って何の準備も
していなかったが、11時半に出るとしてももう1時間半しか
余裕がない。あわてて衣類など鞄につめる。

講演ネタ、二つあり。
一方は話の内容重視、もう一方は映像重視。
いろいろ考えて、客層がつかめないこともあり、映像重視の
方を持っていくことにする。

タクシーで西口の明治安田生命ビル前。
チケットを今回はオノが携帯予約でとってある。
窓口に並ぶ必要すらなく、乗車の際に携帯の予約画面と
クレジットカードを見せれば乗れるという。
どうも、実体としての乗車券がないというのは落ち着かない。
いざ、乗車のときになったら、非常にスムーズに乗れたので
「便利になったものだなあ」
とおじさんぽく感動したが。

車中で読書(それくらいしかすることがない)、携帯メール
(それくらいしかすることがない)。隣の席のオトウサンが
子供の“11キロってどれくらいの長さ?”という説明に
“11万メートルだ”と答えていたのにちょっとギョッとしたり
(いや、一瞬“そうだったのか!”と思ってしまったので)。

メールで大阪のSF大会の橋下知事弾劾トーク(いや、ちょっと
違う)に出席を伝える。で、その前日に大阪に入って、夜は
向うの友人とメシでも、と、その予定をメールして友人からも
OKもらい、“と、いうことで”とスケジュールをオノに
メールしたら、なんと曜日をカン違いしていることを指摘された。
うわあ。あわてて、もう一度スケジュール練り直す。
友人にはメシの予定を一日ズラしてもらい(前に一回ズラしているので
元に戻してもらう)、スケジュールをうーんと考えて、何とか
無理に無理を重ねて、SF大会での出演イベントを終えたすぐ後に
とって返せば何とか、というところまでスリ合わせられた。
ふう、と息をつく。

とはいえ、こういう時間ギリギリの移動とかカケモチというのは
アドレナリンが出て、燃える。和泉元彌のダブルブッキング騒動
ももう古い話になってしまったが、あのとき、元彌ママは
時間やりくりに燃えたことであろうな。

双葉サービスエリアでの15分の休息時にバスの外に出たら、
まるでオーブンの中に飛び込んだかのような熱波に襲われ
頭がクラクラする。実際、人でも動物でも、この熱さの中では
一分と生きていられまい、というような熱気であった。

一回もトラブルなく(珍しい)、伊賀良着。
タクシー拾って伊賀良公民館へ。
二回の広い待合室へ通される。
やがて佳声先生ご一行も着。
佳声先生、一男さん、佳江さん、それに手伝いで本人も紙芝居を
やるという鈴木鈴(『吸血鬼のお仕事』の作家さんとは別人)さん。
この鈴木さん、パフォーマーとして紙芝居をやり、アメリカや
ヨーロッパなど、世界の路上で紙芝居を演じているという人。
彼が、袖について今日の私の講演のDVDデッキ操作など
全てやってくれることになった。
有り難し。公民館の職員さんたちも一生懸命やってくださっては
いるのだが、やはりプロがついてくれると安心感が違う。

やがて木下さんもやってくる。
若い芸人さんをつれてくるが、ながたじゅんさんという
コメディアンで、なんと永田キング(グルーチョ・マルクスの
扮装で、“和製マルクス”を名乗って戦前に人気だったコメディアン)
の孫だそうである。こんなところで永田キングなんてマニアックな
名前に出会おうとは思わなかった。いま26歳で、コメディアンに
転向する前は人形劇の劇団にいて、それで今回は飯田に来たという。

会場設営。やはり専門の劇場ではないので、設備その他に
不安多々。一男さんは用意されていたプロジェクターを
自前で運んできたものに変え、鈴さんはDVDデッキをチェック
したら、リモコンがないとチャプター飛ばしが出来ないということが
わかって、あわててリモコンを探しに走ってくれる。

夜になって、急に雷がドドドドン、と鳴りだし、稲光がビカッ、
と光る。瞬間停電も一回あった。パソコンを使って紙芝居を
やる佳声先生は大丈夫か、と一男さんが心配していた。
木下さんやってきて、小さい子供が多いので、唐沢さんの講演、
大丈夫ですかと言ってくる。そういうことだろうと思って映像
中心のものにしましたから、と答える。出がけの選択、まず正解。

『人形劇団ぺこぺこ』というところのだしもの『星が降るとき』
の後、私が登場。100人くらいのお客様。
「飯田人形劇フェスティバルにお越しの皆様、こんにちわ。
今日は人形を使った、今から86年も昔のアニメをごらんいただき
ましょう」
と暗い中からアナウンスし、スタレビッチの『王を欲しがった蛙』
を上映。活弁風に説明をくわえるが、ところどころに笑い声も
起り、なかなかの受け方。最後にジュピターが雷を投げつけるが
そこで、窓外は本当に稲妻の連発、であった。

上映が終ったあと、改めて自己紹介し、スタレビッチの紹介、
人形を使って映画を作るということのざっとした説明と、
その魅力を15分ほど話す。最前列の子供たちが走り回りはじめた
頃合いを見計らって、ではスタレビッチの最も古い、96年前の
作品を見ていただきましょう、と言って『映画カメラマンの復讐』を。
活弁で山本モナ騒動にかこつけた解説などやったら笑いがかなり
大きく帰ってきた。

無事、笑いと拍手のうちに終了。佳声先生にタッチ。
鈴くんが袖で“めっちゃオモシロイですねえ!”と感想を述べて
くれた。さて、急いで客席に戻り、佳声先生の舞台を見る。
今日は紙芝居でなく、岡義訓の筆になる幕末の妖怪絵巻
『化物婚礼絵巻』の絵解き、である。一男さんによって、
手元のキー操作で絵巻がちゃんとスクロールするようになって
おり、しかも音楽が入っており、芝居の薄どろから始まって、
メンデルスゾーンの結婚行進曲が婚礼の場面では鳴り響くという趣向。
もちろん、佳声先生の語りは大好調。
「さあさ、座ったり座ったり」
というような江戸言葉の粋と、エドはるみ(どっちもエドか)
の“グー”というようなギャグが同じ語りの中に絶妙に入り交じる
のが佳声節の真骨頂。

終って、ファンたちとロビーで。QPさんがわざわざ東京から
来てくださった。こちらに実家があるので、そのついでという
ことだった。あと、このあいだのサイン会やルナ公演にも
来てくださった飯田のファンの人にも挨拶。
「十年ファンでいて、やっと長野で会えました」
と喜んでくれる。

会議室を使って、スタッフたちとの交流会。
みなさん、スタレビッチにはかなり驚いてくれた模様。
撮影法や他の作品への質問も多々。
企画スタッフをやってくださっているひとみ座の方には、
「これは時間をもっととって、来年正式にやってもらいたい」
と言われる。劇団ぺこぺこの人たちとも、人形アニメの話を。

絵巻読みの告知を『幽』のサイトにお願いしたら、東雅夫さんが
「これは歴史的な事件だ」
とまで言ってくださったそうだ。
飯田のお客様はいいお客様だが、ここでだけ演じるのはもったいない。
一応、この絵巻のデータを所持している日文研からは、興業でこれを
演じてはいけない、というような縛りがかかっているそうだが、
文化公演の一環として演じることもできると思う。
東京へ帰ったら、ちょっと算段してみたい、と佳江さんと話す。

11時ころ解散して、このあいだも岡谷から送ってくださった
林さんの運転で、QPさんと今夜の宿泊のホテルエルボンに。
雨はすっかりあがっていた。シャワー浴びて汗を流し、ふう、と一息。
ウケたあとの講演疲れはこれでまた、快感なもの。
浴衣に着替え、ベッドに寝転がる。

※パソコンの調子を見る梅田佳声先生(80歳)。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa