裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

月曜日

コンタク亭ブラック

十八番『一発のアブダクション』。

※J−WAVE打ち合わせ 三才ブックス打ち合わせ 『週刊現代』原稿 
『フィギュア王』原稿

朝6時ジャストに目が覚め、メールで原稿チェックなどし、
ベッドに戻って再度9時まで寝る。
こういうときに見る夢には悪夢的なものが多い。

江古田あたりの(何で江古田かはわからないが)
和風居酒屋の二階座敷で平山亨先生を某マンガ家(実在)に
紹介しようとするが、その某マンガ家はあがっているのか、
何かカッコづけようキメようとばかりしていてラチがあかない。
もう一人のマンガ家(これも実在)とその友人というのも
やってくるが、その友人というのがどうもアヤシゲで、
信用がおけない風。
私はそのマンガ家(二人目の方)を階下に呼んで、
「ああいう変な奴を平山先生には近づけたくない」
というが、聞いてくれない。
この居酒屋、一階はペルー料理屋になっていて、
客もみんな変な衣装を着ているさわがしい連中ばかり。
赤い鳥のぬいぐるみを来た一団がいて、超メジャー雑誌の
編集たちと作家たちだそうだが、いかにも態度が悪い。
「ひでえな、こいつら」
と思わずつぶやいたのを彼らに聞きつけられ、因縁をつけられ
そうになるが、すんでのところで門の扉を閉めて助かる。
話は夢らしくデタラメだが、映像が凝っていて(?)、
例えば二人目のマンガ家に私が“お前はさ”と言うと、
そのマンガ家の姿に強調の輪郭線が描き込まれ、矢印が
何本も現れて彼のことを指し示す。

9時、朝食。
桃の生コンポート、実が長楕形の葡萄。パリッと皮ごと
食べられて、さっぱりした味でおいしい。
ゴールドフィンガー種と日本産のものの掛け合わせといった風。

日記つけ、自室で。
ソルジェニーツィン死去のニュースをネットで知る。
ソルジェニーツィンが『イワン・デニーソヴィチの一日』を
発表したのが1962年。
赤塚不二夫が『おそ松くん』を発表したのも1962年。
ソルジェニーツィンはラーゲリを体験し、赤塚不二夫は満州からの
引き揚げを体験している。
ソルジェニーツィンはその悲惨な体験からの人間性の復権を謳い、
赤塚不二夫はその悲惨な体験から人間性を徹底して嗤うギャグの
世界に走った。
二人の天才は全く交わらない一章でありながらも、
期せずして同じ年に代表作を世に問い、同じ激動の時代を生き、
同じ年に世を去った。一奇と言えよう。
その魂が神のみもとで安らぎを得んことを。

しかしソルジェニーツィンはあまりに高名になり、『収容所群島』などを
読んで、それが日本人にも切実な問題でなければいけない、と思い込み
(当時のソ連という、ごく局地的かつ特異な体験だと思うんだが)
とにかく、現在の社会を収容所的存在と難しく考える思想家たちが
わらわら出てきたのには困ったもんだと思ったことである。

連絡いくつか。
ビッグサイトのエスカレーター事故について、山本弘氏を
はじめ何人かが検証をはじめている。
検証のもとになっているのは岡田斗司夫氏のブログだが、
岡田さんが“客はみんな整然と乗っていた”と記した
ことを報じたmixiニュースのコメントに、オタク嫌いの
人々がつけたコメントの、いやひどいこと。
岡田氏と反対の立場であることには何の問題はない。
問題はその表現である。
ここまで憎悪をぶつけられるか、という文言が並んでいる。
はからずも、日本人のレイシズム的内心をのぞき込むことが出来た
ような気がする。

私は必ずしも、人間の差別感情を完全否定するものではない。
アイデンティティの根幹が“あいつとオレは違う人間だ”という
認識にあり、自尊心というものがアイデンティティ保持に
必要なものである以上、異った社会・常識基盤を持つグループを
ある程度蔑視するのは人間として自然な感情である。
しかし、その蔑視が、立場の逆転という可能性(アイツらの方が
正当になったらどうする?)の予想からくる不安感と合致したとき、
それは憎悪に転ずる。ナチスドイツにおけるユダヤ人憎悪、
アメリカにおける黒人憎悪は、いずれも旧体制の逆転という
不安感を火種にしていた。今回の嫌オタクコメントは、
それと類似の感情の吐露であろう。

しかし、だからこれは一般人vs.オタクの問題か、というと
あながちそうでないことが最も大きな問題なのである。
つまり、オタ氏ね、みたいなコメントをつけている人たちも、
そのプロフなどを見てみると、大部分が彼ら自身オタクであるという
事実があるのである。オタク内部における異族蔑視、勝ち組
オタクに対する憎悪、社会的劣等感からの自己嫌悪の投影、
といった要素が、いま噴出してきているような気がひしひしとする。
“だからどうする”という回答がやすやす出る問題ではないが、
今後、オタク界のことを論ずるときに、これは考えておかないと
いけないことだろう。

弁当、12時半に使う(甘辛焼肉の海苔弁当)。
食べてすぐ家を出て、1時ちょうど、新宿『らんぶる』。
J−WAVE『PLATOn』打ち合わせ。
明日の9時半スタジオ入り、出は10時から30分ほど。
内容などの打ち合わせはアッという間に終わって、ちょっと雑談。

次の打ち合わせを、オノが余裕もって2時半に設定してくれていたが
らんぶるを出たのが1時20分。どこかぶらつこうかと
思ったが、暑くてとてもその気にならず、次の打ち合わせ場所である
喫茶『西武』に入って、書評用の読書して時間をつぶす。
2時半、三才ブックスTくん。単行本の打ち合わせ。
9月半ば刊行というから、こっちの思惑よりちょっと遅い(お盆
あけだと思っていた)。尤も、考えて見ればまだ
まえがきもあとがきも渡してなかった。
こっちの打ち合わせも瞬息で終ったので、あとは雑談。
Tくん、有能なだけに病気でも何でも会社に引っ張り出されて
しまうようだ。

別れて帰宅、まずは講談社『週刊現代』マンガ原稿。
山岸凉子『テレプシコーラ』第2部第1巻。
第1部のとき取り上げようと思ったが、あまりの密度の濃さに
僅々430文字の評ではまとめられないわな、と放棄していたもの。
第2部がまだ第1巻のうちに、急いで。

5時に書き上げてメール、一旦外出して、サントクで夕食の
買い物。帰宅するとき、中野方面の空がクワッ、と不気味に光った。
「あ、これは荒れるな」
と思い急いでマンションに飛び込む。
案の定気圧無茶苦茶な乱れよう、眠気がグワーッと襲ってきて
気絶するように倒れこむ。

1時間ほど気を失っていた模様。まだ外は雨だが、
何とか体調は回復。フィギュア王原稿にかかる。
400字詰め7枚、2時間で書き上げて、K子と編集部にメール。
以前は原稿書きは午後4時まで、それ以降を打ち合わせや取材に
当てる、というパターンだったが、最近は逆転しているな。

書き上げて、夜食作り。
モツとキャベツ、モヤシ、黄ニラを赤味噌仕立てで煮たモツ鍋。
コチュジャン入れて辛味もつけるが、出汁にいまいちコクが
不足していたので白醤油(出汁入り)を入れる。
あと、チキンのゼリー寄せ(写真)。
一昨日作った茹で鶏のブロス(茹で汁)に味をつけて
さっと鶏肉を煮て、冷蔵庫の中で一晩冷しておくと、
別にゼラチンなど使ったわけでもないのに、ぷるんぷるんに
コンドロイチン分が固まる。味も染みて、きわめて美味。

食べながら、ビデオでイギリス映画『ウィッカーマン』(1973)。
高名なカルト映画で、てっとりばやく言うと、『ホット・ファズ』
の元ネタ。アイルランド沖にある、貴族が所有する小島で
少女が行方不明になったという通報があり、本土の警察署の
巡査部長ハウイーが単身、調査に向かう。だが、島民たちの反応は冷たく、
母親も含め、誰もがその少女のことを知らないと、あからさまな
嘘の証言をする。

そして、ハウイーは島を巡るうち、ここの住民たちが、なぜかみな
性的に乱脈であることに気がつく。どうも、それは島民たちが、
キリスト教以前の原始宗教を信仰していることに原因があるらしい。
敬虔なクリスチャンである巡査は、そのことに嫌悪感を抱くが……。
というストーリィ。イギリスのミステリやホラーの定番である、
閉鎖的な田舎町の恐怖を描いたホラーで、『ホット・ファズ』の
基本設定はまさにこの映画そのままであり、さらに主人公のハウイー
を演じるエドワード・ウッドウォードが、『ホット・ファズ』では
逆に閉鎖的な街の住民のリーダーを演じているのは、いかに
エドガー・ライトがこの映画に敬意を表しているかがわかるというもの。

かなり陰鬱で後味のよくない話なのだが、異色なのはまるでミュージカル
かと思うほどに歌が多く使われており、アイルランド地方の
フォークソングを元にしたそれは奇妙に牧歌的で明るく、これが
陰鬱な事件と非常に対比が利いて効果的である。
脚本はヒッチコックの『フレンジー』や、マンキウィッツの
『探偵(スルース)』を書いたアンソニー・シェーファー。
企画には島の支配者サマーアイル卿を演じているクリストファー・リー
が加わっているそうな。

いつもオールバックの端正な19世紀のドラキュラを演じていた
彼が51歳という年齢にもかかわらず70年代若者系ファッションと
髪形で出てくると違和感バリバリ(そう言えばコロンボの犯人たちにも
こういうスタイルの人物が多かった。70年代ファッションというのは
今、一番違和感あるものかも)。リーは翌74年に007映画
『黄金銃を持つ男』で悪役・スカラマンガを演じるが、
そのときのボンド・ガールが本作で共演していたブリット・エクランド。
ひさびさに“カルトムービーらしいカルトムービー”を見たという
満足感にひたる。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa