裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

水曜日

名はタイをあらわす

ナンタワット・アシラポッチャナグンとか、ソムサック・テーチャラッタナプラスートとか、シリモンコン・ナコントンパークビューとか、ソンヨット・スックマークアナンとか。

※原稿書き 『トンデモ音楽(ミュージック)の世界』契約確認、サイン入れ

朝6時に目が覚め、そのままだらだらベッドの中で展転反側。
二度寝、三度寝、いずれも短いが深い。
三度寝くらいのときに見た夢。
芝居の小屋入りの日(既知の劇団とはまったく違うところ)。
かなりの大劇場である。
音楽のリハが押して押して、もう真夜中になるというのに
一行に芝居の稽古が始められず、舞台裏で待ちながらみんな
イラついている。
韓国人女優の子がいて、これが私にやたらベタベタしてくるので
ふざけてキスしてやったら今度は口紅が落ちたと
怒りだしたので呆れる。

8時半、ベッドから出て、ゆうべチェックしなかったメール。
原稿催促がいくつかあり、憂鬱になる。
9時、朝食。
母に、おとつい和の○寅でもらった、赤ピーマンの
ペーストを渡す。
メール、入院するマイミクさんの件、いい具合に収まって
少し安心。早い回復を祈るばかり。

小メロン、バナナ1/3本。
青汁、コーンスープごく小さいカップ一杯。
ポプラ社創業者の田中治夫氏、21日に死去、87歳。
小学校5年生のとき、好青年を絵に描いたような担任の石田先生が、
「君たち子供に“この出版社の本なら、迷わずに読め”と勧められる
のはポプラ社の本だけだ」
と言った。そうですよねえ、良書の多い出版社です、などと
いい子ぶって答えながら、私はポプラ社の『少年探偵シリーズ』
の『一寸法師』などをそしらぬ顔で読んでいた。その時は知らなかったが
これは氷川瓏が乱歩の『一寸法師』を子供向けにリライトしていた
ものだった。子供向けとはいえ、そこはミステリ作家の氷川だけあって、
文章を読みやすくしたというだけで、原作の猟奇的な持ち味を
かなり残していた“悪書”であって(“子供図書館ドットコム”では
「乱歩の趣味性が強いので、小学生にはお勧めしません」と明記されて
いる)、読んでいて実に面白く、嬉しく、ワクワクした。子供には
こういう“お勧めされない”読書が必要なのである。……要は、
田中氏は単なる児童向け良書を出すだけの良心的出版人ではない、
本当に子供の好むものをわかっている人だった、ということだ。
ちなみに氷川瓏は私の講談社の担当、渡辺協の伯父(つまり彼の妹の
作家のひかわ玲子の伯父でもあり、ペンネームの由来)でもある。

思えば私の小学時代6年間の読書経験を通じて、最も影響を与えられて
何度も何度も読み返した本がポプラ社『世界の名著』シリーズ版の
コナン・ドイル『失われた世界』(白柳美彦・訳)と、
同じく世界の名著版『吾輩は猫である』だった。
どちらも編集者による、少年向きとは思えないほどの詳細な注釈が
うれしく、いまだに『LOST WORLD』の訳としては私は
この白柳バージョンが(大佛次郎が名訳したあの巻頭言がないのだけが
瑕瑾として)最高傑作と思っているし、またビジュアル的には
『失われた世界』と言えば小林勇の、『吾輩は猫である』と言えば
下高原千歳の、あの下手糞なタッチ(と、特に小林のそれは子供心に
思えた)の挿絵が思い浮かぶ。二人とも、日本における画壇の大物
と知ったのはつい、最近のことである。

そうそう、今思い出した、ポプラ社と言えばそれに
加えて『少年少女世界ユーモア文学全集』! 図書室に入り浸って
読みふけっていたっけ。これはいま、手元に一冊もないが、
『宇治拾遺』などの説話文学、狂言からゴーゴリ、ケストナー等
にいたるまで、“笑い”をテーマに文学全集を編むという、
日本の出版史にもあまり類をみない全集だった。
なんにせよ、もっとポプラ社の本をまじめに読んでいれば
今の私もも少しまっとうな人間になっていたはず、と思い込んでいたが
いざ調べてみると、なるほど、こういうものを読んできたから
私は今の私なのだな、ということが理解できて、非常に納得した
ことであった。まさに、私を作った人。
ご冥福をお祈りする。

書き下ろし原稿、とりあえず今日中に十章まで、と無理しない
予定を立てて書き進む。いかにも内容が幼稚に思える部分も、
昨日の平山先生のドクトリンを思いつつ、幼稚でイイノダ、と
自分に言い聞かせて書き続ける。

昼はチンジャオロースー弁当。
7章を飛ばして8、9章を書き上げてメールする。
7章飛ばしたのは、擬古文的な、ちょっと凝った描写が
あり、かつ、ストーリィ展開にはそんなに関係ないので、
あとでゆっくり時間かけて、と思ったため。
プロットを今回は最初にしっかり作っているのでこういうことが
出来る。これは新しい発見だった。

5時、新宿に出て東口らんぶるで小学館クリエイティブ打ち合わせ。
契約書確認し(共著であるが私が執筆者代表)、このあいだの
トンデモ本大賞で予約していただいた人への特典のサインを
入れる。かなりの分量でくたびれる。
サインしながらサイン会の件、打ち上げの算段など。
しかし、古屋兎丸さんの表紙がいい。
好田タクトさんの原稿も彼の写真がたくさん入って結構。

終わって、別れて新宿駅へ行き、小田急ハルクで買い物して
帰宅。天候は晴れだが明日に向い気圧変動あるのか、
無性に眠くなり、9時近くまでグーと寝てしまう。

起きだして原稿、なんとか10章を書き上げて送る。
いわば山のところだったので、これ書き上げた時点で何とか
先は見えてきて、ホッと。
本来は徹夜でもう一章、と思っていて、オノにも携帯で
問い合わせたのだが、明日はインタビュー一本、原稿用試写一本、
テレビ撮り一本という超ハードなスケジュールなので
寝てください、と言われる。

これまでの原稿に目を通しなおし、手直し部分チェックなど。
ハルクで買ったイワシクジラの肉をステーキにして。
黒ビール一缶、蕎麦湯氷ロック一杯。
2時就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa