4日
水曜日
ボンドにボンドにご苦労さん
♪いやじゃありませんか諜報員 胸にワルサー新兵器 美人と寝るのは
いいけれど 金粉塗りとは情けなや
※朝日新聞書評委員会
朝8時45分起床。
頭も体もベトベトとしている状態で9時25分朝食。
マンゴー、小メロン。
マンゴーの香りが濃厚で、去年の台湾のマンゴー祭りを
思い出す。
雨でダルくて眠くて困る。
週間天気予報を見てみると、大賞当日の七日は晴れるようで
あるがどうだろう。
鬱陶しい精神状態の中でメールやりとり。
案ずるより……といった感じの返事が来てホッとする。
ダルくて、少しベッドに横になり、書評用読書と
思ったのだがしかしこれを読まなくては、と思い、
植木不等式『スピリチュアルワールド見聞記』(楽工社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4903063224/karasawashyun-22
に手をのばす。
中華料理屋で泥酔した植木不等式本人が階段から転落し、頭を打つ。
その夢ともウツツともつかぬ中に、メイド服姿の天使があらわれ、
著者とスピリチュアルについての討論をかわす、という趣向。
何か『神曲・トンデモ篇』的な感じである。
「われ、人生の覊旅半にあたりて正気を失ひ、とある暗き中華料理屋
のなかにありき」
などとつぶやきつつ、読んでいく。
まことに内容の濃いスピリチュアル史で、しかも神秘家の代表的な
人物であるスウェーデンボルグが創造主から受け取った言葉の
ブッ翔びよう(何かは本書133Pを参照のこと)など、ツッコミ芸の
粋も多々あり、そして最後は“人間の「現世」にとり、なぜ「来世」
あるいは「生まれ変わり」といった思想が必要なのか”という
目からウロコの(そして重い)指摘がある。
某教授のように、心霊などあるわけがない、と頭から否定するのでは
なく、なぜ、近代合理主義を身につけているはずの現代人が
スピリチュアリズムを必要としているのか、というところまでを
掘り下げている。
……こういう、深い教養と知性と思索を備えた本にして、この
表紙とイラストと、語り口のくだけ方、多用される(なんてもんじゃない)
ダジャレの量に対し、それをマイナス要因としてとらえる
書評がきっと出てくるだろう。第一、えらく読みにくい。
それが面白さを減じる読みにくさではないところ、レドモンド・
オハンロンの『コンゴ・ジャーニー』(新潮社)に相通じる困った
特性なのだが(読んでいて頭が火を吹いた)。
だが、これは著者の生まれ育ちからくる“韜晦”の美学なのだ。
俺たちゃ韜晦人間なのさ、と歌う一群の人々がいるのである。
大まじめにものを語ることに対する、都会人的な羞恥の心を持つ
人々が。
植木不等式の中には学究のキマジメさと、戯作者のフマジメさが
同居している。今回はフィクションの形をとったエッセイだが、
一度、この人の大戯作を読んでみたい気がするのは私だけだろうか。
たぶん、平成の滝沢馬琴がそこに現出すると思うのだが……。
ほら、馬琴もダジャレ大好きだし。
昼はシャケ弁。シンプルだが美味し。
大会雑用ばかり。
企画ゲスト登場時のBGM、バッチリのものあり。
3時、家を出てバス乗り継ぎで渋谷。
小学館からの荷物等、受け取り。
オノに持ってきてもらった、マド制作のスライドをチェック。
その他、事務的な手続き、物販用のブツ送付依頼など。
タクシーで新宿へ。また西口地下入口近辺の大江戸線“都庁前”
から乗ろうと思ったら、運転手さんが西口地下を知らず、変な
ところに出てしまう。仕方なく、新宿から乗り、都庁前(ひと駅)
で乗り換え、築地市場前朝日新聞社。書評委員会。
今回はそんなに欲しい本がないな、と事前のリスト見て思って
いたが、実際に見ると、あれも欲しい、これも欲しいになる。
どれを本命、どれを穴にするか、と、リストを鉛筆片手にじっと
眺めて考えている図はまるで競馬場の客である。
今回も博才大いに発揮、11冊、候補を挙げたうち、本命当てたのを含め
8勝2敗1分け(分けは同点入れた方にこっちでゆずったもの)。
しかし、あまりに取りすぎるのは考えものである。読むだけで
一大事である。前回もそうだったが、Tデスクが
「これは朝日的に候補にするかどうか迷って……」
というものを必ず落札する。つくづく朝日的でない男だ。
今回のゲラにつき、担当Nさんと打ち合わせ。新聞社の表記基準に
あわせた以外問題ナシだったのだが、自分で読み返して、文の論理上、
厳密に言えばちょっと意味がおかしい(と、いうか、
同じ意味のことを重ねている個所)がひとつある。
代替の単語も考えたが、しかし表現としてのインパクトは絶対に
その、おかしい方にある。考えた末、Nアニキにゲタを預ける。
「ちょっと考えさせてください」
と。
アラスカで、Tデスク、K先生、Mさんと雑談。Mさんの
記者時代の武勇伝にちょっと感動。私やKさんはへえ、とうなづく
のみ。そこへNさんやってきて、やはりここはインパクトで
行きましょう、文章のイキオイが全く違ってきます、と。
さすがわかってらっしゃる。
ハイヤーで帰宅。この帰途の光景が好きである。
もう10時を過ぎた大東京の夜景は、まさにブレードランナーの
主題曲が似合うが、しかし、マンションや企業のビルの窓にまだ
ちらほらと灯がともり、その光で、室内の装飾や家具の種類
までもが、ほんの一瞬だが、くっきりと見える。
一生、その窓の中の人には出会わないかもしれないが、しかし、
それでも確実に、あの窓の中に、それぞれの人生、それぞれの
生活がある。そう思うと、何やら胸がしめつけられるように感じる。
帰宅して雑務いろいろ。舞台台本の最終ツメ、出演者たちへの依頼に
神経使ってちょっとイラつく。そこに事務的な仕事の催促などが入ると、
「そんなことは後回しにしてくれえ」
とつい、叫びそうになる。いや、つかさつかさでやらねば
ならないことがそれぞれある、とはわかっていても。
なんとか終わって、さて、ゆうべ仕込んでおいた台湾おでん
で飯と酒、と思っていたら、掃除にきたK子に、残り物と
思われたのか、丼ごと始末されてしまっていた。
うひゃあ。食べる予定でいたものがないとなると、
腹が減って減って、コンビニまで出て、冷凍の長崎チャンポンを
買ってきてすすり込む。