裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

金曜日

市ケ谷じゃが仕方がない

防衛省連続殺人事件に金田一が挑む!

※熱中夜話アンケート 『トンデモ音楽の世界』ゲラもどし 食事会

明け方の夢。
和風旅館みたいなロフトプラスワン別館で、
“タテカン対決”イベントをやる。
プラカードやタテカンを並べ、それに書かれた文句の過激さ
を競うのだが、しまいにはプラカードでの殴り合いになる。
もっとも、それを見越して、プラカードやタテカンは
折り詰め弁当箱の経木みたいな薄い木で作るのが規則になって
いるからケガはしない。
私のグループも参加していて、それはタテカンで行灯のような
ものを作り、中にヘリウムガスを入れてふわふわ浮きながら
そこらをただよう仕掛け。なかなかのアイデアだわいと
心の中で満足する。

朝、8時45分起床。
雨は降っておらず。
明日も晴れるらしい。
この季節、イベントが雨に重ならないだけでも幸運と
言うべきか。

朝食9時、スイカ二切れ。
ミルクティー。
自室でメール、NHKあて。
『熱中夜話』台本用の質問事項であるが、これが手間取る。
番組の都合上、ゲストの歌う歌を中心に時代を語らねば
ならなかったりするので、その視点(切り口)をヒネリ出さねば
ならないし、第一、質問する方は簡単に
「菊池俊輔先生と渡辺宙明先生のそれぞれの特長と作風の違いを
語ってください」
とか言ってくるけど、これに答えるとなると、なかなか大変だよ。

野田昌宏氏死去の報が某所より入り、愕然。
キャプテン・フューチャーシリーズをむさぼり読んだ、
中学生時代の私の、ヒーローは野田氏だった。
「将来は野田大元帥に弟子入りして、自分も古本コレクターに
なるんだ」
と13歳の私はホンキで思っていた。

今回、追悼文を書く人はちょっと困るのではないかと思う。
なにしろ野田さん自身が、実に追悼文のうまい人だった。
ハヤカワ文庫のジェイムスン教授シリーズ第一巻
『二重太陽系死の呼び声』の巻末で訳者の野田氏が
書いていた畏友・大伴昌司への追悼などは名調子とさえ言えるものだった。
少年マガジンの口絵で“龕灯人間ジェイムスン”とジェイムスン教授
を紹介した大伴氏に、その呼び名が古臭いんじゃないか、と
野田氏が言うと、大伴氏が
「古いからいいんだ」
と逆ネジをくわせる、というエピソードを紹介していたが、
“古いからいいんだ”というこのセリフは、野田氏の書くものに
通底していたテーマである。

「古くさくて安っぽくてデタラメな、すでに過去のものになった作品群」
と、それまでの日本での海外SF紹介の中で切り捨てられていた
スペースオペラを、ほとんど一人で紹介し、その面白さを伝え、
翻訳し、孤軍奮闘ついにスペオペという日本的略称を
SFファンの間に根付かせてしまった、その功績を無視することは
誰にもできない。“21世紀の文学”と大見得をきっていた
SFのイメージは、実は野田氏が伊藤典夫氏などと、神田の
古洋書屋街を回って買い集めていた、古くさい安っぽい、
デタラメな作品群の、無茶苦茶に楽しい“絵”に
よって支えられていたのではないか、と思っている。

芸能プロダクション時代、一度、元フジテレビの人の周旋で、
日本テレワークとお仕事をしないか、と持ちかけられたことがある。
野田さんとお仕事が出来る、と思っただけで感動した。結局、
そのときは私が社長でなかったので金銭的な問題で流れてしまったが
私が社長のときだったらタダ仕事でも乗ったと思う。

翻訳としての最高傑作は、個人的にはやはり『鉄の神経お許しを』
だろうか。何にしても哀しいが、師の今日泊亜蘭がちゃンと天国に
行けているかどうか心配で、大急ぎで後を追いかけたのだろう。
ご冥福をお祈りする。

昼はノリ弁当。
連絡など雑用事務こなした後、渋谷へ。
今日はバスで新宿〜山手線で渋谷。
大盛堂、東急ハンズで買い物。
事務所で講談社週刊現代と電話連絡し、
さらに小学館クリエイティブに最終ゲラチェックして返送。

タクシーで帰宅。
サントクで明日の朝食を用意して、
8時に来られるエロの冒険者さんことHさんを待つ。
明日の大賞のため上京してきたわけ。
いつもはみんなで歓迎飲み会を開くのだが、
今年は私がテンパっているので、外飲みをせず、
自宅に招いたもの。

母がちょうど、札幌から送ってきたアスパラガスを
消費したいと行っていたところだったので、
今夜はアスパラガスづくし。
大皿に茹でたアスパラガスをむさぼり食う。
パイデザも社員のSくん連れて来る。エロさんの本業の話などで
盛り上がる。
ビール、紹興酒、エロさんのお土産の焼酎をパイデザの土産の
黒ホッピーで割ったりなどして、明日があるというのにちと飲みすぎ。

11時にはお開きにして部屋に戻るがなかなか寝つけず、
焼酎足しのみしてしまう。
いかんではないか。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa