裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

水曜日

冬コミケの一族

「金田一さん、冬コミケには恐ろしい秘密が……」

朝10時近くまで寝ていた。
快適な眠りである。
初夢は、何か新築家屋の子供部屋みたいな場所で、某誌編集長
(まったく知らない顔)と、新企画の打ち合せをしている。
その打ち合せを見学(?)していた女の子二人(これもモデルらしき
人物はまったく記憶にない)のうち、一人とねんごろになる、という
もの。初夢からちょっとエロがかっているというのは縁起がいい、
ということになるか。

携帯を見たら、母から朝食の電話が二回もかかってきていたのを
無視して寝入っていた。電話をかけると、これから真琴(私の姪)
の夫婦のところに出かけるので、用意してある雑煮で朝ご飯を
食べなさい、とのこと。

ゆっくり入浴して、母の室の玄関から雑煮セットを持ち帰り、
朝食に。二日目にして正月らしい朝食。ただし、餅をうっかり
網で焼いてしまったので、焦げの部分が汁に溶けて、汚く
なってしまった。雑煮用の餅はテフロンのフライパンで焼くのが
一番よろしい。

さて、今日は昼酒、と決めて(何も決めて飲まないでもいいが、
昼酒を飲んで後に支障がないのは正月三が日くらいなものなので)、
11時半ごろから酒の支度。
燗酒をチビチビやる。酒は八海山、さすがに美味。
にらみ鯛のつもりで、暮に大鯛の塩焼きを買ったのだが、
にらんだのは元日だけで、もう肴にして食べてしまった。

ビデオでグレタ・ガルボ主演『ニノチカ』。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000LXINTG/karasawashyun-22
エルンスト・ルビッチらしい風刺喜劇。
脚本がビリー・ワイルダーとチャールズ・ブラケットだから、
もう全編名セリフの連続。さらには小道具(この映画の場合は
エッフェル塔まで使うからこれは大道具だろうが)使いの
神業的巧妙さ。この脚本が、映画会社からの押し付けで書かれた
(落ちてきたガルボ人気のテコ入れのため、それまでクールビューティ
で笑わなかったガルボを笑わせることを売りにしようとして、
『ガルボは笑う』というキャッチコピーが先に出来、これに合わせた
脚本を書け、と命じられた)とは信じられない。才能はカセがあって
初めて輝く、という見本みたいなもの。

この脚本チームの才のはじけっぷりは、ガルボの笑いを売りにしろと
命じられて、逆に彼女を“笑わない”キャラクターに仕立て上げた
あたりでもう明白だろう。
キャッチフレーズと、ガリガリのコミュニストとして出てきた彼女
とのギャップに、観客は“じゃあ、いつ笑うのか”と、そのシーンを
じっと期待するようになる。そして、彼女に一目ぼれした貧乏貴族の
レオンが、彼女を笑わせようとあの手この手を使ってことごとく
失敗するが、実は内心では彼女も笑いたがっている。しかし、
資本主義への抵抗から必死で耐えているのだ。
それが、虚をつかれ、わざとでない偶然のレオンのドジで、
一挙に緊張が解けて爆発し、笑いが止まらなくなる。
当時の映画会社の凄さは、この笑いの瞬間を際立たせるため、
ガルボの生の声でなく、笑い声に魅力のある女性を雇って、
吹き替えさせたというところにある。
徹底しているんである。

ついでに言うと、脚本チームにはもう一人、ハンガリー出身の演劇人
メルヒオール・レンジェルが加わっている。彼は本名のレンジェル・
メニヘールトの名で、バルトークの名曲『中国の不思議な役人』
の元となったパントマイム劇の作者として知られている。
ふと思ったのだが、『ニノチカ』に出てくる、狂言回しの三人の
ノンポリロシア人トリオは、この『中国の不思議な役人』に登場する
三人の悪党がモデルなのではないか。

『中国の不思議な役人』は、ぼろアパートにすむ三人の悪党が、
金を稼ごうと、同居している少女に、街角に立って男を誘え、と
命じる話である。少女が男を誘って部屋に来ると、悪党どもは
襲いかかって金品を奪い、窓から放り出してしまう。
ところが少女が金のない男ばかりを誘うので三人は腹を立て、
金持ちそうな男を誘え、と命じるが、それで少女が部屋に連れ込んだ
のは、弁髪、長い爪の不気味な中国の役人で、彼は少女に一目ぼれし、
その執念が凝って、三人が殺しても殺してもなお、死なずに少女を
追い掛け回す……というホラーな話。

この人間関係を少し変形させて当てはめると、『ニノチカ』では
悪党(ノンポリ三人の男)が、少女(ニノチカ)に金(資本主義)の
素晴らしさを説き、やがて少女に魅せられた役人(レオン)が、
殺され(拒否され)ても殺されてもなお、少女を追い掛け回す……
という風になる。似ても似つかないように一見思える二つの話だが、
こうして見ると案外、相似形とまではいかないが共通項が多いのでは
あるまいか。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1541114
↑ニコニコ動画で聴ける『中国の不思議な役人』。画像は……まあ、
原作もロリの話であるからして。

ちなみにこの映画で、ワンシーンだがガルボの上司、ラツィーニン役で
出演しているのがドラキュラ役者で有名なベラ・ルゴシ。
彼がハリウッドで出演した、ほぼ唯一の“まともな”映画である。
彼を主演(もちろん、役人の役)にして、『中国の不思議な役人』
を映画化して欲しかった。

やがてモツ茹でをネギニンニク味噌(長野の一村一品の名品、
“ニンニク焼き味噌”に、すり下ろした長ネギを加える)で
ムシャムシャやりながら、他のビデオをザッピング。
2時ころ、へべれけになって寝る。
目が覚めたら、もう5時半。あたりは暗い。
ノドが渇いたので、サントクに出かけて清涼飲料水類を買い込む。

8時ころ、母の部屋で釜飯を食う。
ちょっと昆布だしを入れて炊いた飯に、おろしたばかりのワサビを
混ぜ込み、三ツ葉と揉み海苔をたっぷり振りかけ、醤油をちょいと
垂らして掻き込む。途中で火が消えてしまい、生煮えの飯になるかと
心配したが、もう一回火を足したら、見事に炊けた。
これとエダマメ漬けくらいの、あっさりした夕食。
テレ東の10時間時代劇、だらだらした展開だが、このだらだらさが
いいのだろうなあ。

自室に帰って、さらにホッピーなど飲んで、『刑事コロンボ』、
『ロッキーホラーショー』、『アット・ラスト・ザ・1948・ショウ』
などを見つつ、ワケわかんなくなって12時ころ、就寝。
いや、正月にあらざればダメダメの一日であったなあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa