裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

土曜日

デス能登

能登で食った美味いものを記したノートを見たものはうらやましさに悶死するという……。

朝までに、自分のイビキがひどくないか気になって数回にわたり目を覚ますが、当然のことながら起きてしまってはわからない。7時頃起き出して、ベランダに腰を据え、海を眺める。庭ではしら〜たちが太極拳をやっていた。

モバイルを持ち出して、ポケット挨拶文を書く。8時朝食。ゆうべのノドグロがあら汁になって出てくる。それから冬瓜のあんかけ、芹の佃煮(野芹で風味抜群)、カマスの干物などなど。ワカメとレンコンの酢の物がさっぱりとしていて、夕べの酒の残りを口中から洗い去ってくれる。朝食後、Hさんに頼んで、彼のモバイルでポケット挨拶文をメールでオノに送る。便利になったものだ、と思いつつ。

こうでんさん迎えに来て、恋路観光のバスで能登めぐりに出発。九十九湾めぐりの観光船に乗船。船底の窓から海底がのぞけるという作り。船内の観光ガイドの文句や音楽、割れたスピーカーからの音などが昭和風味で結構。白い壁のお屋敷があり、あれは何だとこうでんさんに訊いたら、個人の邸宅だそうで、みんな口々にダサ、とか趣味悪、とかののしる。

早めの昼は前回の能登旅行でフラットが休みだったためそのピンチヒッターとなったビストロ『与七』で。フレンチの隠れた名店であるが、今回はオードブルの鯨ベーコンのせそうめん南瓜、フォアグラのホットサンド、それからアオリイカとアワビのソテーが絶品中の絶品として舌に印象を残した。出る料理がみなフォトジェニックなので、みんな撮影々々で大変。ここでワインとビールをやったので、バスの中でしばらく寝る。

それから曽々木の滝、能登三大がっかりのひとつ“窓岩”(火サスで必ず犯人はこの突先で犯行を自供する)などを見る。松本清張『ゼロの焦点』以来、能登は過去にいわくありげな女の似合う土地、として認知されたらしい。そこから輪島の方へ。輪島はモバイルがつながるというので、神社の脇でちょこちょこと。今朝、Hさんに苦労して送ってもらっていた『ポケット』挨拶文、旅行ボケか、まだ収録していない最終回の分を送ってしまっていた。バスの中で気がつき、あわててその1回前の分を送る。気がついて運がよかったが、書いてて気がつかないとは能登美食ボケか?

K子の簿記仲間のWさんが場所をとっていてくれた、輪島の太鼓コンクール。神社の境内に据えられた大きな和太鼓を二人一組で叩く、その技術と芸術性を競うもの。最初はおつきあい、という感じで見るつもりが、最初の出演者から、そのダイナミックなリズムと全身の演技に目と耳が放せなくなる。派手なアクションで主旋律を叩くのを“大バイ”、リズムを担当するのが“小バイ”と称する(こうでんさんの解説による)のだが、難しいのは小バイの方であり、正確に調子をとりながら、大バイに演出の指示を与える。指示は掛け声ですることもあるが、主に目と目での会話、である。能登では男同士気があうことを称する“バイがあう”という成句まであるという。K子は、お互いが見つめ合い微笑み合う様子に
「見ている方が恥ずかしい」
とテレていた。中には81歳の出場者まであり、太鼓文化の奥深さに驚嘆。これは来年はこれを聞きに輪島に行きたくなる。しかし、残念ながらそろそろ出発しないと、ということになり、20分ほどいただけで辞去。Wさんの親戚の子と一緒に写真撮影。そろそろ時間も夕刻に近くなり。柳田温泉で湯につかる。

ここの湯は真脇温泉のような海水ではなく、濃厚なカルシウム泉。つかると成分がぎゅっと体に染みるよう。それにしても、十年ぶりくらいだろうか、こう本格的な“観光”をしたのは。若い頃は普通の観光旅行を馬鹿にしていたものだがこのトシになると案外いいもの、である。

そしてフラット到着。ベン夫妻に挨拶、部屋に入って一休みし、テレビの子供ニュースなどをみんなで見る。ドイツのリニアモーターカー事故など。やがて外も暗くなり、食事の用意が出来たとの報せに三々五々、テーブルへ。まずいしり風味のポテトポタージュに絶句、それからサザエのガーリック焼きナス添え、ひらめと甘エビの二色ソース、アオリイカのフリット(極上美味)、タコ吸盤の自家製パスタ。これにワイン白と赤たっぷり、イタリアパンどっさり。そして、今日のメイン、あわびステーキ。肝をソースにしていたが、噛むほどに味わうほどに滋味、旨味が口中にあふれ、この世の不満とか憤懣とかが背中をつたって消えてゆく、といった代物。この後にさらに一品、スズキのグリルが出たが、これもがんばってはいたものの、そう、例えていえば寄席でトリの新真打の前に談志が上がっちゃったみたいなもので、どうしても色褪せて見えてしまう。これは出す順番を変えるべきであった。

そこらあたりから、恒例でベンの子供たち、トモ(だんだんダルビッシュに似てきた)とエミリーがやってきて、遊んでという風にじゃれてくる。エミリーは以前はFKJさんになついてなついてだったが、最近は心変わりしてI矢くんにお熱である。もっとも、これはI矢くんが明日、大丈夫かと心配になるくらい、誠心誠意遊んでやっているからである。開田さんのおみやげのガンダムのフィギュアでトントン相撲をやったりして、もう興奮の極みで、寝るどころでない。ところがこっちの方も、K子がワインと、注文で出させたチーズで大のごきげん状態になり、はしゃいではしゃいで、手がつけられなくなる。エミリーに、額にスタンプを捺されて喜々として笑っているのに、みんな、これがあの子供嫌いを標榜していたK子かと驚く。私が一番驚いた。私や開田さんは体力持たず、10時ころ寝室へ引き取ったが、K子たちはさらに遊び続け、12時近くにやっと、それもまだはしゃぎながら帰ってくる音が聞こえた。

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