裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

日曜日

人間の手が神田紅

 ロバート・シェクリー講談の原作を書く。朝4時起床、鈴木タイムラー見てまた少し寝て、6時半再起床。喉が少し荒れている。やはり昨日しゃべりすぎたか、それとも暖房入れっぱなしで空気が乾燥したか。今日はライブなのに、と思うが、語るのが 説経節であるから、少々ガラガラ声の方がいいか。

 ミクなどやって入浴、8時朝食。クロワッサンとミルクコーヒー、ミカン。9時半タクシーで出勤、今日の運転手は若いがプロらしい道の知識あり、満足。不景気のせいか、いい歳なのに全然道やメルクマールを知らない運転手が激増した。

 仕事場で講談社FRIDAY四コマネタ出し。日曜で電話などないと思っていたら 某社某氏から打ち合わせしたいという電話。
「今日でも明日でも」
 というので、なんと仕事熱心な、日曜祭日もないのですかと言ったらエッ、と驚いて、ア、今日は日曜日デシタカと。カレンダー無視の年末年始で、七曜が頭から抜け落ちてしまっていたらしい。それもまた仕事熱心のうちだろうが。休み明けの火曜に しましょう、と決める。

 なんとかネタ出しして、12時半に昼飯食いに出る。いつもはダイエットのオニギリ、納豆ですませるが、今日は声を出すために脂分をとっておかねばなるまいと、らんぷ亭に入り牛丼。これが、目の前に牛丼を置いて箸を取り上げたと思ったら、アッと言う間、自分でも驚くくらいの一瞬で胃の腑に収まってしまった。らんぷ亭の牛丼なんてこれまでバカにして食わなかったのに。いかにこういうランチに飢えていたか ということか。

 それからタントンマッサージ。普通の人はリラックスのためにマッサージ受けるのだろうが、私はテンション上げるために受けるのである。とはいえ、食ったばかりでマッサージ受けるものじゃない。胃の腑がデングリ返りそうになった。東武ホテルで関口誠人さんと待ち合わせ、買い物して仕事場へ。道々、話をする。送ったテープに関しては大感心してくれてありがたいが、どう伴奏をつけるかにあぐねていらっしゃるようだったので、とにもかくにも、今日読む『恋緋鹿子八百屋お七』『小栗判官』を読んで合わせてみる。インプロとは思えぬバッチリな合い方。これならCD化できます、とこっちもちょっと興奮して、その話もする。私と関口誠人との共通点なんてあまり(というかほとんど)ないように思えるが、二人とも、前半生でありとあらゆる目にあっているから、少なくともお仕事では、現場でナニがあろうと驚かない、と いう部分で凄まじく気が合うのである。

 そこでもう4時。開場5時入りということなので、JR乗り継いで西荻。地図を頼りにライブハウス『ビンスパーク』。思ったよりも駅に近いので、一度通り過ぎた。入ってみると私らが一番乗り(すぐ鶴岡が来た)であった。ちょっと荷物だけ置かせてもらって、二度目の腹ごしらえ。大戸屋でサバ焼き定食。関口さんのいま巻き込ま れている某件の相談にも乗る。

 戻ってリハ。声、案外スイスイ出て、自分でも読んでいて気持ちいい。問題はこういう古風(と、いうより古怪)なものを、いくら関口さんのギターがカバーしてくれているとはいえ、ライブハウスのお客さんの世代に伝わるかということ。聞いたら、ちょっと聞いていたグンジョーガクレヨンの人が面白がっていたというが、まあ、こ この人たちは全員昭和20年代生まれなのである。

 ライブハウスにはこれまで何度も出演を誘われていた。オモシロソウだとは思っていた。とはいえ出演して、若いのに混じって40半ばのオジサンは浮くよ、という理由(だけ)でいままで躊躇していたのであるが、対バンが、そのメンバー全員50代 のグンジョーガクレヨンだというので、少し安心したのであった。

 このバンドの名前を耳にしたのは、さようさ、東京出て、阿佐ヶ谷・吉祥寺あたりでタムロしていた頃であった。あそこらは音楽や演劇の関係者のたまり場だったのだ が、なんとかというバンドを評するにあたり、音楽関係者らしい人物が
「グンジョーガクレヨンが少しマトモになったようなバンド」
 という表現をしていて、マトモでないものの基準値になっているのか、と驚いた記憶がある。 今回、関口誠人さんもここが対バンと知って、
「有名なとこですよね」
 と言っていた。もっとも、どういうバンドだかはご存じないようであったけど。

 出演が決まってから、鶴岡から何度も細切れに情報が来ていた。メンバー全員、普段はまともな会社員で、一切練習とかリハとかをやらず、ライブ当日に集まってきていきなり演奏を始める、とか、その会社も日本全国に散らばっていて、一番遠いのは岡山で、そこからライブのたびにやってくるとか、メンバーが全員“水木系キャラ” である、とか。

 最後の情報に関しては、彼らがライブハウス入りした時点で一発で理解できた。ねずみ男にサラリーマン死神、吸血鬼エリートにちょっとふくれた皿小僧。一応、さすがに演奏が去年の夏以来らしいので、リハらしいことをやっていた。と、いっても楽器のチューニングの派手なやつ、というくらいのものだが。これだけでも聴き応えがある。ことにドラム(ねずみ男担当)は、ポン、と一回叩いた途端に実力がわかる凄さ。関口さんの視線がその一瞬で固定され、たっぷり一分間、くわえた煙草に火をつけるのを忘れたようになっていた。

 そこまでの耳のない私はただ“うまいなー”と感心していただけだったが、リハもそろそろ終わりかな、というところで突如、ステージにリュック背負ったホームレスみたいな、薄ら汚いヒゲはやして痩せこけた爺さんがのそーっと入ってきて、ステー ジに座り込み、手に持ったビニールの買い物袋をなでさすりはじめた。

 傍にいた鶴岡に
「あれ、何?」
 と訊いたら、 ウレシソウな顔で
「……ボーカルです!」
 と。ウケたウケた。思わず拍手してしまった。しかも、リハ終わってみんなが楽屋 に引き上げても、まだそのおっさんはパフォーマンスを続けている。
「あれ、なんでやめないの」
「たぶん、もう本番だと思っているんでしょう」
「だって、まだ開場まえでわれわれくらいしかいないじゃない」
「今日は客が薄いな、くらいに思ってるんだと思います」
 いいねえ! しかし、一番仰天したのは
「あのボーカルの園田さんは本業は会社の営業で、凄まじいやり手だそうです」
 との証言。マジですか。やがて、ボーカルそのままステージ居残りのまま、演奏開始。大音響でノイズサウンドがそのままガガガガガガガダダダダダとこだまする。

 もうこういうものには耐性がなくなってしまったと思っていたが、私の感性がまだ若いのか、個々の演奏のテクの技術がやたら高いせいか、きちんと心地よく聞ける。ボーカルは座ってみたりでんぐりがえししてみたり、なにやらアッチの世界と行きつ 戻りつしていたが、やがて
「アパチャタタタタ、アパチャタタタ、クワッククワック」
 みたいなことを断続的にマイクの前でつぶやきながら、習字の用具を取り出して、広げた紙に墨でものを書き始めた。前衛的パフォーマンスという芸を私はどちらかというと認めない方なのであるが、これは40分近くを飽きさせない。先の、20年近く前に聞いた評価とは逆に、しごくまっとうかつ面白いインプロビゼーション(即興前衛)バンドとして認識してしまったのは、やはり時代がかつての前衛を飲み込んで定着させたのか、あるいは20年間変わらずにああいうことをやっていることで前衛 が伝統と化したのか。

 ところで演奏の途中でドラムは引っ込んでしまい、終わるとすぐにベースもキーボードも自分で楽器の片付けをはじめ、舞台からカタしてしまう。最後にボーカルだけがえんえんと習字を続けて、最後に大きな藁半紙みたいなものに書いた(描いた?)ものを
「15円! 15円!」
 と売りつけはじめた。これに関口さんがサッと手をあげ
「買った!」
 と。見事にオチをつけたのはさすがであった。本来、買い手のいないままにいつまでも売りつけ続けるままいいかげんにFO、というのがいかにもグンジョーガクレヨ ン、なんだろうけれど。
http://gunjogacrayon.com/index.html

 で、そのグンジョーガクレヨンのリハを聞いて、こっちも身構えた。ここまでインパクトのあるバンドの後に出るからには、もっとアナーキーに読まねば、と、ちょっと関口さんと方針変更の打ち合わせ。関口さんも思うところあったらしく、前もって 作っていた、私の朗読台本の伴奏入れ箇所のメモを破棄していた。
「あれに対抗するには、もっとアドリブ的な現場での即興性が必要」
 との判断なのだろう。出のとき、グンジョーのギターさん(吸血鬼エリート)に
「がんばってネ」
 と、腹をさすられる。尻とか、下半身ならわかるが。で、出て、最初予定のMC飛 ばして、いきなり読み。
「……東に名高き花の江戸、本郷筋は大火にて……」
 と『お七』をやりはじめる。古風な台詞回しが、さっきのグンジョーのボーカルと同類に若い人などには聞こえるのだろう、観客が案外じっくりと聞き込んでくれてい る感じが伝わってきて気持ちいい。声も出る。

 説経節を読もうと決めたのは去年の朗読ライブで島優子さんと浪花節を読んだのが案外快感だったからだが、浪花節よりも自分の指向性は、もっと古い説経節の方にある。お七の読み上げる青物尽くしの恋文のナンセンスや、お七に横恋慕する学山(覚山)の小悪党ぶりは、台詞のイントネーションをディフォルメして読んでいくと、本 当に快感で、読みながら酔う、という感覚が味わえる。

 そして、関口さんが本当に真剣勝負で伴奏を入れてくれていた。終わったあと、客席に戻ったら開田さん夫妻に激賞される。他にしら〜さん、笹公人さん、大塚ギチも 来てくれていた。
「ツルが出ているんですね!」
 と驚いている。それで来たのかと思ったら、オタク大賞出演のお礼もかねて、私のライブだから、と来てくれたらしい。とはまた義理堅いこと。他に名古屋の自衛官Y 氏など、私のファンなども聞きにきてくれていたようだ。

 トリが鶴岡と、彼の早稲田での教え子の女の子(SM風衣装)の『ハグルマル』。シャウトして鬱屈を吐き出すアナーキーな演奏と、妙に達者なMCの落差が笑える。
「今日はウチの師匠と伝説のグンジョーガクレヨンが対バンで凄まじい組み合わせなんですけど、グンジョーガクレヨンの人が師匠(私のこと)見て、“あの人、こない だテレビで見たよー!”と言っていたのがすごくて、つか、あの人たち、あんな演奏 やっていながら『世界一受けたい授業』とか『トリビア』とか見てやがんのか、ト。それでいいのか、ト」

 自分が講師をやっている大学のある静岡のあまりにのどかな人情風物をののしりまくる『青空』はじめ、まあ大体どの曲も似たようなコンセプトで四曲ほど。最後は演奏をいきなり客とかにまかせて(ドラムは仕込みだったが、ギターは本当にそこらの客にいきなりまかせた)、二人、客席に乱入して踊りまくりで終わり。鶴岡のバンド 演奏を聞くのは五年ぶりくらいか。

 開田さんたちは昨日帰りが一緒だったのでタクシーの中で半ば無理矢理さそった形だったが、三バンドとも面白かった、とあやさんが大喜びしていた。このビンスパー クのマスターも、鶴岡に
「はっきり言って、今日来なかった客はバカ」
 と太鼓判だったそうだ。関口さんは、さっきドラムを叩いた巨漢に、昔のポスターにサイン求められていた。大ファンだったそうである。

 ナニが面白いと言って、自分たちと異なる常識、異なる世界観の連中に混じって刺激を受けるくらいアドレナリンの出ることはない。視野がぐんと広がっていく。今回のライブも、初体験ではあり、正直言って今日が今日まで非常に気が重かったのであ が、出てみれば若返ったみたいな気分。ときどきはやるべき。

 グンジョーさんたちは“新年会”で(笑)どこかで飲んでいるので、開田さん、ギチ、鶴岡、しら〜、それに笹さんの短歌ライブに来ていた若いファン二人というメンツで(関口さんは所用で帰る)打ち上げ。居酒屋がどこも日曜で早じまいなので、ギ チの行きつけのTANTOなる欧風居酒屋。

 叫びまくってガス抜きをした鶴岡が、高校生がオナニー終えたあとのようなスッキリした顔になっていた。順番をオタク大賞と入れ替えるべきだったな。いろいろ雑談に花が咲く。あやさんと鶴岡がいるので、主にフェチばなしとなる。この店、ゆでタンやピッツァがうまく、値段の割に非常におトクで、これはいい店を知ったと喜んだが、なんと2月で閉店とやら。タクシーで帰宅、12時。K子に“早いじゃない”と驚かれる。二日続きなのだから、そう体力はもたんよ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa