裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

火曜日

弁士の誘惑

「あなたも(間)無声映画を語って(間)みたくありませんかな」(徳川夢声・談)朝7時35分朝食。ニンジンとリンゴをぼりぼり。ウサギになった気分。世間は仕事始めらしいが大晦日から正月三が日も仕事したので、エエイと思いまたベッドに潜り込み昼まで寝る。

 昼ご飯も家で。小茶碗一杯のご飯をスジコとタラコで。嗚呼暖かいご飯はうまいなあ。そのあと、やはり出勤。郵便物があるので仕方なし。年賀葉書みる。Taka@モナぽさんから送られたコミケの写真を見たりお礼メールを書いたり、意地で仕事し ない(ヤバいのもあるのだが)。

『山崎ハコBEST』を聞く。70〜80年代の私にとって病みつきだった“三大暗い歌うたう女性歌手”森田童子、浅川マキ、山崎ハコ(初期の中島みゆきを入れると四天王だったが)。中でも山崎ハコの暗さ、救いのなさ、“なんでこんな歌うたうん だこの女”度はズ抜けていた。『呪い』という歌などその最たるもので
「コーンコーン、コーンコーン、釘をさす
 わらの人形、釘をさす……」
 というフレーズの繰り返しで、こうなると“なんでこんな歌うたうんだ”を通りこして、“なんでこんな歌聴くんだ、俺”になってしまい、有線で聴いてはいても、レコード買う気にはならなかった。と、いうか、買ったヤツがいるのかと今でも思う。

 初めて彼女のレコードを買う気になったのは映画『地獄』(79年、神代辰巳)の 挿入歌である『きょうだい心中』を聴いてからだった。
「国は京都の 西陣町で
 兄は二十一 その名はモンテン
 妹十九で その名はオキヨ
 兄のモンテン 妹に惚れて……」
 という、近親相姦と恋のライバル殺しがダブルで語られるグロな内容と祭文語りのような節回しが彼女の歌のイメージにピッタリで、これにはハマった(映画は先駆作の石井輝男のものに比べようもない駄作だったが)。この歌は作詞作曲者不明となっているが、滋賀県一帯に伝わっていた盆踊り歌(てのも凄い)が原型だという。後に中上健次などもこの歌を作品に用いているが、私が説経節など、古怪な語り芸に興味 を持ったのも、元はと言えばこの歌に心牽かれたからなのである。

 このCDを買ったのも、ひさびさに『きょうだい心中』を聴きたかったからなのだが、買ってから気がついたがそれは入っていなかった。似たようなタイトルの『山崎ハコSUPER BEST』と間違えたようだ。でも、『呪い』は入っていた……。

 しかし、今の耳で聞き直してみると、案外明るい。これは意外だ。『二人の風』なんて、ちょっと陰はあれど青春ソングだし、『スコール』も暗い中に熱気があふれている。リアルタイムで聴いていた頃よりも、今の方が、“暗さ”に対する感受神経が鈍くなっているだけかもしれない。いや、“暗さ”も含めて、人生を肯定できるようになったのかもしれない。『呪い』だって、相手を呪うという積極性は、むしろポジティブな精神作用じゃないか、とか思えてしまう自分の変化なのであろう。

 6時、家を出て新宿。K子とS山さんと待ち合わせ。K’s Cinemaで塚本晋也の映画『ヴィタール』。死体解剖シーンがあるというのでK子が観たがったのであるが、新年早々の映画がこれとは。全席指定で6割の入り。塚本映画の中では抜群に画面が見やすい。目がチカチカ、クラクラするあの’『鉄男』以来の塚本映像が少な目だからである。そうなるとそうなったで少し寂しいのは見る方の勝手。とはいえ(別にとはいえでもないが)、浅野忠信を大学生役、回想シーンでは高校生役にまでするのは無理というもの。自分より年下の利重剛が親父役なのはまあ、仕方ないか。 母親役のりりィは私よりずっと年上だが。

 ストーリィは……。浅野はさすがに上手いが、彼を主役に持ってきたことで、解剖を通じて医学生たちが感じ取らねばならぬはずの“死”の重みがゼロになってしまった。解剖が日常になっている教授(岸辺一徳が相変わらず好演)との差異を出さねばいけないはずなのに。まあ、この無重力感が浅野の本領なんで、彼の罪じゃない。K 子は“死体模型が安っぽい!”と文句言っていた。

 そのあとタクシーで幡ヶ谷まで。チャイナハウスで今年最初の食事会。植木さんも来て、ダジャレ絶好調。フカヒレ、ナマコと厚揚げの炒め物などがめっぽううまい。3月の抗州満貫全席ツアーの参加申込書ももらう。さて、仕事をうまく5日間あけられるか?(すでに無理っぽい)。アリ酒二杯飲んで陶然。植木、S山両氏につられてもう一杯、と頼もうとしてK子にとめられる。そうだ、明日朝原稿書かねばならんのだった、と思いだし、泣く泣く断念。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa