28日
木曜日
あっとオートロック為五郎
あっ、キー忘れて部屋の外に出ちゃった! 朝7時30分起床。昨日会ったばかりのぺぇ氏に大阪湾での海上自衛隊の艦隊行進を高層ビルの窓から見学させてもらうという夢を見る。奇想天外な形状の軍用艦がぞろぞろ出てくる楽しい夢だった。K子に起こされ、シャワー浴びて、レストランにて朝食バイキング。中庭(ホテル8階)には、ベルギーの郊外にあったという古い教会をそのまま運んできて復元したという石造りの建物がある。あまりこういうバブルっぽいことは感心しないが、情緒があることは確かである。全体的なコンセプトを、ウィーンの館にとったというのがこのホテルモントレだが、朝食は全然ウィーンぽくなくて、和食もちゃんとある。ごはんに納豆、味噌汁に塩ジャケ。納豆飯を久しぶりに食べて感激する。家で納豆を食べるのはK子が禁じているのである。
朝刊に成田亨氏死去の報。われわれの世代にとり、成田氏あってシュールレアリズムは身近であった。異形ながらも生物として、われわれの棲む次元の地平につながっていたゴジラ映画の怪獣群に比べ、ウルトラシリーズの怪獣たちには、その縛りを超越して、作品のメッセージ性がそのまま具象化して存在している、といったダイレクトさがあった。20数分という短い時間ワク内に、初期ウルトラシリーズがあれだけのメッセージを込め得たのは、怪獣の形状そのものがダイレクトにメッセージになっていた成田デザインあってのことだったと思う。あれに科学的なツジツマの点で文句をタレる柳田理科雄のような野暮は論外であろう。それにしても、成田氏死去で、どこかで良心の呵責を逃れホッとしている人々がいると思うとどうにもやるせない気持になる。
10時半、ぺぇ氏迎えに来てチェックアウト。外は雨がかなり強いので、会社から傘まで持ってきて貸してもらう。氏は昨日今日、このオフのために仕事は休んでいるそうである。なんたる情熱。昨日進呈した本にサインを頼まれる。アメリカ村のマイクストアに行き、開店早々の店内を見回る。ベティ・ブープの電燭セットがあったので買う。3900エン。ふところ具合を考えて今回はそれくらいにする。そこからタクシー拾って、ぺぇ氏御推薦の中華料理屋『民龍亭』(ホントは民は王編)で、石焼き角煮チャーハンというのを食べる。ビビンバ用の石焼き鍋にチャーハンを入れて焼き、その上に豚角煮のサイノメ切りが乗るというもの。角煮のたれがしっかりチャーハンにまぶされ、それが焼けておこげになり、一種複雑なおいしさとなる。ただし、今日は石焼き鍋が足りなくなったか(昼時でかなりの混雑)、普通の鍋で出され、イマイチ焼きが足りない、とぺぇ氏は残念そうであった。胡瓜の漬け物を頼んだが、これはアタリでかなりおいしい。胡瓜のうまい中華屋はうまい、というのが私の主張なので、フカヒレやホタテの揚げ物など、他のメニューもまた試みてみたくはある。
さらにぺぇ氏の自宅にまでおしかけて自慢のシャンガリアンハムスターとも対面、昨日の写真を掲載したレポートページのデザインも見せてもらい(昨日の“広島ですから”をそのままタイトルにしているところが何というか)、喫茶店でまたいろいろ話す。いや、楽しかった。別れて新幹線へ。今回の取材ノートをまとめているうちに眠くなり、椅子を倒してグースカ寝てしまう。目が覚めたら静岡のあたり。『東海三和』という電子機器の会社の看板が大きく見える。思わず、そのアタマに“真っ赤なお鼻の”とつけてしまう。つけたくなりませんか。
5時10分、東京駅着。タクシー飛ばして渋谷まで。私は途中で降りて時間割へ。6時からのJCMとの打ち合わせにジャストで間に合う。Mくん、今日は別会社の人を連れてきていて、新企画の件で。見るとこれが、ちょうど私のいま、企画していた物件と超近似値のパラレル企画。渡りに船、といろいろ話し、なんとかうまい具合にまとめましょう、と三者でうなづきあう。実現すれば楽しい仕事になりそうだ。
帰宅、たまっていたメール等整理。留守電に、帰宅の日を間違えて入れていたポカに気がつく。仕方ない男である。8時、蕎麦居酒屋『花菜』で食事。このあいだの西田和嗣選手のお姉さんがいたので遅ればせながらお祝を述べる。嶋ちゃん、大将と雑談いろいろ。ボックス席に和服の美人がいる。大将と“誰だっけ”と考えて、星野知子だ、と思い当たる。星野知子と言えば最近では『失楽園』の役所広司の妻役か。私が真っ先に思い浮かべたのは二代目サザエさん(初代は江利チエミ)だったが。