裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

金曜日

皮下注〜

 病院内で流行っているであろうダジャレ。朝6時半起き。今朝も、K子が会社の設立がらみで税理士事務所に朝早く行くというので早起きである。朝食、サラダスパゲティを茹でて、カニサラダ風にする。ドレッシングが古くて、ちょっと酸っぱくなっていた。小泉首相のホームページで、田中真紀子のことを褒めていることに対し、ワイドショーのコメンテーターが“本音を言っていない”と怒っていたが、政治家が、いや人間がそうポコポコ本音を口にしていたら、日本はメチャクチャになってしまうと思わないだろうか。どこの世界にも本音ばかり始終口にする奴というのがいるが、大概、馬鹿である。人間は高度な社会的、政治的動物なのだ。ウソをつく方が自然なのである。

 午前中は昨日完成できなかった『Memo・男の部屋』の裏亭先生の原稿。読み返してみていくつかエピソード入れ替え、なんとかまとめる。例によって雑事で何度も仕事は中断。オタキング柳瀬くんからと学会会誌バックナンバーの在庫が届く。夏コミで販売する予定だが、それまではわが家の書庫に置いておくことになっている。

 原稿書き上げてイラストのK子と編集部にメール。編集部から折り返し電話で、一部原稿を訂正してほしい、という要望。特集になっている対象について否定的データを並べている部分があるのだが、そこがちょっとナマナマしすぎて読者が引くかもしれない、とのこと。別に読者が引くのはかまわないが、ナマナマしいデータ、というのは裏亭先生に合わないので、すぐ差し換え。

 書き終えて、次の仕事用にテンション再立ち上げに時間かかりそうだったので、出て、神保町まで行き、古書展に。我楽苦多会。入って、棚を全体的に見渡しながら何の気なしに手をのばして取ったのが、このあいだ植木不等式氏の日記に出てきた高田義一郎の『趣味の医学夜話』だったのは奇遇。でも、これは確か書庫の奥の方に埋もれている本の筈なので買わず。団鬼六のエッセイ、ジェイン・エアに登場する食べもののことを研究した本など、十冊ほど買って一万三千円ばかり。

 2時、『ランチョン』でランチ。運ばれてくるのを待つ間、さっき買った原比露志『現代末摘花』を読む。要するに川柳破礼(バレ)句の現代版。現代と言っても昭和27年当時の現代だから、ずいぶんと理解に手間取る句も多く、そこが楽しい。
「弟も 苦りきってるアナタハン」(アナタハン島の女王事件の逆で、南方から帰還してみたら、戦死したものと思われ、女房が弟と再婚していた)
「予備隊のお陰で流行る花街(いろ)が出来」(再軍備の予備隊員目当ての色町があちこちに出現)
「小平が来たで冥土の騒がしさ」(小平事件の犯人小平義雄死刑執行)
「ハトロンと剃刀に亭主油断せず」(阿部定は切り取った一物をハトロン紙に包んで持ち歩いていた。阿部定事件は戦前だが、戦後に『お定色ざんげ』などの出版で有名になる)
 などは何とかわかるが、
「肺尖カタルの妙薬はこれと博士いい」
「本物のピストルが出てリッチたまげ」
「何と言われてもと元宮様のヨルバイト」
 なんてのは、解説を読まないとちとわからない。解説を読んでもよくわからない。“肺尖カタル……”は横浜の富豪小倉家令嬢テツ子が肺尖カタルだというので、大野という医学博士の治療を受けていたが、その美貌にモヤモヤした博士がとんだところに大変なものを注射して令嬢のおなかがセリ出しはじめてしまい、それを堕そうとしてコトが露見した事件のことだそうで、“本物の……”は旧日本軍の大佐令嬢で十六歳の深谷愛子が、女たらしのイタリア人リッチにダイヤの指輪をエサに陵辱された上に指輪ももらえず、怒って枕辺にあったピストルで彼を脅したという事件、“ヨルバイト”はコトバ自体懐かしいが、宮様がツツモタセにひっかかった事件、をそれぞれ詠んだものだそうである。

 ところでランチョンには昔からコーヒーがない。お茶を飲んで出る。なぜ洋食屋なのにコーヒーじゃなくてお茶なのか。入口に“当店はコーヒーは出しません”などとわざわざ表示するほどコーヒーを排除するのか。神田七不思議のひとつである。地下鉄で新宿まで出て、雑用すまし、タクシーで帰宅。タクシーの運ちゃんがバブル時代は不動産屋で働いていたそうで、“あの頃は平気で100億の物件とか動かしていましたねえ”とか言う。お互い、バブル時の周囲のキチガイ模様ばなしで盛り上がる。タクシーの運転手には、バブルの頃の社長というようなのが多く、休み時間によく、“俺の借金は××億”“俺なんか△△億。オレの方が多い”などと馬鹿な自慢(?)をしあっているのがいるそうである。

 帰宅、結局くたびれて仕事できず、だらだらとネットなど回って過ごしてしまう。夕方、電話数軒。一本は中田雅喜さん。今年に入ってから何回も電話したのだが、いつも留守だったという。そんなに出ていたっけな。例により天津敏ばなし、昔の映画はなぜよかったかという話。“ラブシーンでもね(京都風アクセントで読むこと)、手を握ったらアト、やることはわかりきってるんやから、昔の映画はそこは観客に想像の余地を与えて、すぐ次の場面に行ったんですよ。そやから話がポンポン進んだんですよ。それが今の映画は、観客を信用してないから、全部描くんですよ。あんなもん、誰がやったって同じことなんやから、見てても全然面白いことないんですよ。私なんか、セックスシーン見てて、「もっと変わったことやれ!」ていつも怒ってるんですよ”。これも日本の映画観客のアメ公化の一環か。

 それから、お仕事の電話。“日経エンタテイメントのKと申しますが……”というのでダレかと思ったら、井上デザインの井上くんの奥さん。コラム原稿依頼。もちろん、喜んでお引き受け。雑用多々で、片付けた後、K子とタクシーで神宮前、こないだの『蟹漁師の店』で官能倶楽部新年会。われわれ、睦月さん、開田夫妻、談之助夫妻。こないだの立川流打ち上げではコースを頼んだが、今回は単品でそれぞれ。やはり単品の方がうまいような気がする。とにかくカニカニカニと、刺身、茹でガニ、焼きガニ、蒸しガニと頼み、しゃべりながらひたすらカニを食う。カニになるかというくらい食べて、お値段がかに将軍なんかの半分。これには驚いた。近くのカラオケ店に行き、12時まで歌う。ひさしぶりにこういうノリになった。睦月さんとタクシー相乗りで帰宅。卯月妙子さんが今度官能倶楽部のメンバーと飲みたいと言ってるとの ことである。

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