裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

19日

火曜日

テャンディ・テャンディ

 そばかすなんざ気にしねえや、こちとら江戸っ子でえ。朝7時30分起床。朝食、キャベツスープと燻製卵、イチゴ数粒。花粉症のシーズンすでに到来ということであるが、まだそれほどひどくない。オリンピック報道で急に“オリンピックで大事なのは感動を伝えることで、メダルではない”などという調子のものが増えてきた。いまさら、という感じ。そういえば今から22年前、1980年のモスクワオリンピック応援歌として富山敬や神谷明ら当時の一線声優を十数人集めたバオバブ・シンガーズなるグループの『めざせモスクワ』(ジンギスカンの歌ったやつのカバー曲)では、“参加するだけじゃ話にならない、勝つと負けるじゃ天国と地獄。メダルをねらえ、君が代聞こう”というすさまじいハッパかけの歌詞をガナっていた。こっちの方が国民の本音としてスナオではある。

 鶴岡から電話、先日のと学会例会のことなど。頭悪い連中は“価値があること”に(あるいは自分のやっていることがいかに価値があるか、の解説に)熱中するが、本当に頭のいい連中はまるきり無価値なことにハマるもの、と説く。電話しながら海拓舎用の名言集、章分けをざっとしたものをプリントアウトして用意する。12時から海拓舎H社長と打ち合わせなのだが、電話あって10分遅れるとのこと。15分に待ち合わせ場所に行ったがおらず。結局30分遅れて来た。メシ食いましょうと、東武ホテル地下の中華料理屋で肉団子甘酢かけ定食を食べる。肉に味がまるでなく、甘酢は刺激的に舌を刺し、シイタケにはトイレ臭がある。おまけにごはんは固くてボロボロ、しばらく来ないうちにこんなにまずくなっていたとは知らなかった。思わずHさんにあやまってしまう。“そんなにまずかったですか”と言われたが。出て、時間割でコーヒー飲みながら2時まで話す。

 私の本のスケジュールを打ち合わせた後は雑談。ブラック・ジャック・ザ・カルテの評判ますますいいこと、ホーキング青山をビートたけしが無茶苦茶かって、東スポでのたけし選の芸能賞を受賞したことなど。それだけマスコミに評価される本を作っていてもやはり出版事業は苦しいということ。つぶれた出版社の話。柴田書店の倒産が私のような食の本好きにはイタいですねえ、と話す。いくつかヤバい話も聞いてケケケと笑うが、これはもちろんオフレコ。今年は出版社の収益では角川書店の一人勝ちだそうである。三鷹ういさんには残念なことかもしれない。

 こないだの日記に書いた“博士号は足の裏の米粒”のジョークについて一行知識掲示板に関連書き込み。こちらも検索エンジンかけてみたが、80件ほどヒットする。医学畑で最初、言い出されたものらしい。しかし、この文句のミソは“とったからと言って食えるものではない”という、“食う”にダブルミーニングをかけている部分だと思うのだが、それを正確に伝えていないところが多いのが困ったもの。やはり博士号取ろうというような人はジョークを介さないのが多いのかね。

 家に帰り、と学会MLなどで連絡事項いくつか。3時に再び出て、渋谷から井の頭線で西永福佐々木歯科。奥歯の冠を歯の形に合わせて削り、形を整えていく作業。今日は大掃除の日らしく、患者は私一人で、看護婦さんたち、治療椅子の清掃などを一生懸命やっている。冠の調整微細を極め、入れてはまたはずし、はずして削っては入れで、あっという間に1時間半たち、それでもまだ終わらないで次回へ持ち越し。今日は治療は何もしなかったので、代金ナシ。

 帰宅して、しばらく仕事。電話数本。じわりじわりとスケジュールが切羽つまってくる。この感覚を大事にしながらテンションを高めていくのが醍醐味と言えば醍醐味である。モノマガジンに図版用のブツをバイク便で出す。それからゲラチェック数本やって、UA!ライブラリーの解説原稿書く。ヘタのパワーというお題だが、こういうお家芸的テーマだと筆がどんどん勝手にすすむ。例の宿屋飯盛の狂歌から説き出して、下手の効用、下手の魅力、下手の必要性などに説き到り、原稿の規定枚数をはるかにオーバーし、あとで削るのに苦労する。

 9時30に家を出るつもりがその作業で45分になってしまう。急いでタクシーを飛ばして新田裏、すし処すがわら。K子がもう食べはじめている。今日は海老が甘エビでなく縞エビだというので試みてみる。肉質がより弾力性があり、甘味もねっとりと舌に残る。韓国人のお姉ちゃん(いかにも韓国といった風の美女でなく、デコッパチ風な顔の女の子)を連れてインテリ風のおじさんが入ってくる。韓国の女連れてこんなホテル街に来るんだから目的は知れているものを、妙にスカした親父で、“ねえマスター、寿司というのは世界の食文化の中でももっとも普遍性の高い食べ物じゃないかねエ”などと気取ったことを言う。こういうときのここの大将のまあ態度のソッケないこと。こういう客が大嫌いという性格故に、この主人はこれだけの腕を持ちながら渋谷とか青山とかに出られず、こんなエロ街に沈澱しているのである。それがわれわれ夫婦にはありがたいようなもんだが。むこうはほうほうの態で帰り、こちらはいわし刺し、あなご、ウニなど。しまあじの煮付けを出してくれて、これが昔ながらの懐かしい味でうまい。寒いのでふぐのヒレ酒で暖まる。

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