裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

木曜日

ヘレニズム街の光と影の中

 ギリシアなあなたに贈る言葉。朝7時半起き。朝食、ハムとキノコ、昨日小岩の八百屋で買ったパイナップル。小室直樹『宗教原論』読み継ぎ。本日海の日とやらで休日。フリーになってから、休日の概念にホントうとくなった。

 1時、配管工事やってくる。前にしらべに来た、ウチの居間のエアコンからの排水管直し。1時間ほどで終わるとのことだったが、結局3時近くまでかかる。古いマンションで改築に改築を重ねているため、複雑怪奇な内管構造になっているらしい。ドアとベランダを開け放したまま工事するので、ネコが外に出ないよう寝室に閉じ込め ておくのに苦労する。

 その間、ネットをぼんやり散策。ロフトプラスワンの掲示板に、以下のような書き込みがあった。
「プラスワンは良い店です。3、4年前になりますか新宿御苑のほうにあったとこ?ぼくはお金がなかったのでどうしようかと店の前でうろうろしてたら50がらみのひげのおっさんに“君なにしてるの?”と聞かれ、あっこれは俗に言うホモなんぱかなとちょっとひいて“あっ違います違います”なんてことをいってごまかそうとしたらそのおっさんがさっと千円札を出して“イベントみたかったらこれ使いなさい”なんて甲高いがそれでいてよくとおるやさしそうな声で言ってくださった。あの恩は忘れません。背はそんなに高くなかったような気がします。足長おじさんはそのままバイクで新宿駅のほうへ颯爽といってしまいました。かっこよかったなあ、へんなバイクだったけど。(中略)ちなみに先のイベントは唐沢俊一さんのものでした。随分ひとが並んでました、それなのにあのひげのおかたはいったいなんだったのでしょう?」
 カッコいいぞ、平野おじさん。それにしても、彼が見た私のイベントが何だったのか、気になるところではある。

 昼は近くでラーメン。すぐ帰って『南天棒禅話』を読む。明治禅界の奇僧全忠南天棒師の言行録。吉川英治(『バガボンド』の原作を書いた人だ)がまだ文学青年で、大衆小説を書くことに躊躇していたとき、この南天棒禅話により“大衆”を豁悟してその道に進む決心をしたという。で、私もそのような大悟を得たいものだと読み出してみたのだが、われいまだ凡俗の気を払えず、なにやらわかったようなわからぬ ような、煙に巻かれたような読後感。それでも何ケ所かは心に残ったが、その中のひとつが、趙州禅師の言葉の我在南方二十年。除粥飯二時。是雑用心処、というやつ。朝晩の粥飯(しゅくはん。食事のこと)の二時を除き仏法修行に二十年を費やした。この文は点の打ち方で、その修行が無駄であったとも有効であったともとれるのだが、それにしても食事のみはどんなに修行に身を刻苦する禅僧と言えどきちんと取る。勝手 な解釈ではあるがメシが基本、ということである。私が食事のことを記さぬ日記を日 記と認めないのも、この考えからである。

 同人誌(少女お涙マンガ復刻本)の解説のための資料を書庫で探す。書いているうちに7時半になったので外出。新宿三光町の伊勢丹クイーンズシェフ前でK子と待合せて、ロシア料理『チャイカ』。老舗のひとつで、“ロシア・ハルビン料理”と看板にある。革命前のロシアの料理、なのである。生ビールをチェイサーにウオトカを飲みつつ、ニシンの酢漬け、壷焼きキノコ、ボルシチ、羊のシュシャリクなど一応基本のメニューを頼む。いかにもといった顔つきのマスターと女店員さんの民族衣装もいいし、料理もまさに革命前、といった感じの“おかったるい”味でムードがあってなかなか結構。ニシンのトロリとした油っこさ、シュシャリクの羊肉の風味が記憶に残るもの。それにお値段もかなり安い。外人さん(ロシア人ではないだろうが)の顔がいくつもあった。

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