裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

火曜日

一粒の麦もし支那ソバ

 タイトルに意味はない。朝6時に起きるのよ、とK子が目覚ましをかけていたが、鳴らなかったので7時ちょい前に起きる。旅行前でナーバスになっていたか、怖い怖い夢を見た。どういう夢かというと、さんなみに行ったら、“今日はシケで”と、冷凍のマグロくらいしか食べるものがなく、仕方なく外のコンビニに買い物にいく、という夢。ウソみたいだが本当に見た。寝惚け眼のK子にその話をしたら爆笑される。

 朝食、昨日吉祥寺で買ったパンで。風呂入り、メールに返事数通、荷造りのなんのかんのあののもので9時。羽田までタクシーで45分。待合せの噴水のところに行くが、誰も来ておらず、待てども来たらず。K子がフンガイして、“これ以上待ってたらお人好しよ!”とさっさと待合室に入る。入ったら睦月さんがいた。噴水での待合せ、自分は別行動と思っていたんだそうだ。加藤礼次朗夫妻からは携帯で、“ずっと待ってたんだよ〜!”と連絡。噴水って羽田に複数、あるらしい。朝からK子の大怒声を聞いて、実に幸先よく(不安だなあ)旅行のスタート。

 小松空港まで50分、そこからタクシーで小松駅。妙にディフォルメされた、小人が演じているような弁慶と富樫の像がある。さて、それから民宿さんなみの所在地、矢波という場所(能登半島の中ごろ)まで、電車で5時間、乗り継ぎ。小松から電車で金沢。ここで途中下車で昼食。金沢名物の麸料理というのを食べるが、時間ほとんどなく、せかされるように(本当にK子がせかしまくった)出て、七尾線和倉温泉行きに乗り込み、七尾まで。二両の電車だが、土地の人には重要な交通機関らしく、茶髪の高校生などが乗ってくる。田舎だから純朴そうな、という風にはいかず、必死で東京の情報を仕入れてそれをコピーするものだから、周囲ののどかな風景にまったくそぐわない、原宿渋谷系風のアンちゃん嬢ちゃんで埋まる。流行を発信するメディアは、少し周囲とのコーディネートということも教えたらどうか。

 順調に電車走るが、途中の駅で急行との待合せがうまくいかず、十分の遅れが出てしまう。七尾からの電車には8分の乗り換え時間しかない。車掌と運転手に聞いたら“なんとか調整します”とのこと。その言葉にウソはなく、いざ走り出したら、各駅停車の電車がこんなスピード出すのは初めて見た、というくらいの疾走。脱線しやしないかと心配になった。駅ごとにアナウンスがあり、十分の遅れが七分、五分、三分と縮まっていき、最終的に二分まで取り戻して七尾着。ここでのと鉄道輪島行きに乗り換え、さらに穴水で同線蛸島行きに乗り換える。前に来たときは桜井さんのバンでノンキに出かけたが、やれ遠いこと。5時16分、矢波に到着。歩いて十分ほどで民宿、さんなみ。

 こういう旅をするには加藤礼次朗というヒトは連れとして最適で、なんだかんだとパフォーマンスを見せてくれるから、まず飽きない。おっとりホンワカな奥さんのゴチ(旧姓後藤なのでゴトーチャンが縮まってゴチ)さんとの会話はボケとツッコミで漫才を聞いているようである。それでも、さんざ乗り継ぎさせられ、歩かされ、
「唐沢さん、本当にその民宿の料理ってのは(とK子を指さし)あのワガママ女が満足するようなものなんですかあ?」
 と不安がる。

 さんなみのご夫婦、また愛想よく迎えてくれる。すし屋のお中元のサクランボ一箱をおみやげ。風呂に入り、7時、夕食。詳しいメニューと味のほどはK子が日記に書くであろう。まだトゲの動いているウニ(奥さんが今朝、海にもぐって採ってきた)が山盛りになっているのをスプーンですくって、礼ちゃん、“納得だよお、わかったよお!”と連発。本日の特別メニューは、7日からのお祭用に仕込んであった、いわしのなれずし。『日本の味』という英文豪華写真集にも掲載されている逸品だそうでまだ三日ほど早いが特別にあけてくれたもの。まろやかな乳製品のような香り。醍醐というような感じ。五年古酒の甘口の舌ざわりにこれがまことに合って、大結構。

 9時過ぎあたりで、おとうさんがいきなり“蛍を見に行こう!”と言い出す。盛りは7時半ころだが、車のライトをつければこの時間でもまだ寄ってくるそうで、山の奥の方に二台に分乗して、浴衣姿のまま出かける。星空の明りくらいしかない山道に止め、ウインカーを点滅させると、山の上の方でチカ、チカ、とそれに対応して小さな光が点滅し、それがやがてスーイと、音もなくこちらの方に寄ってくる。粒はまだ小さいが、草の葉に、木の枝に、数十〜一○○匹もの蛍の光が明滅し、幻想的な雰囲気をかもしだす。あれだけ電車を乗り継がねばまず、見られない光景に、モトを十二分にとってオツリが来たような感じ。しばし恍惚として溜息をついていた(実際は酒の酔いもあってはしゃいでいたろうが)。

 このお父さん、興にのるとお客を夜、連れ出して蛍を見にいくか、サザエを採りに行くかするそうで、この前泊まったお客さんはサザエ採りでボートに乗り、採ろうとして見事に海に落っこち、“夜の水泳もオツなもんです”と言いながら帰ってきたそうである。礼ちゃんと“蛍でよかったなあ!”と話す。部屋に戻り、11時過ぎまでダベるが、眠くなり、先頭をきって部屋に戻り、フトンにもぐりこむ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa