裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

水曜日

月はどっちにディテール

 タイトルに意味はない。朝7時45分起床。例によってふかしサツマイモとスープの朝食をとり、K子には野菜炒めを作るが、ほとんど食べずに残す。布団にもぐりこんで、うんうんうなっている様子。おなかが痛むという。生理中なのでそのせいかと思っていたのだが、いつもの痛みと違うという。胃痛をとる漢方薬をのませたが、なおる気配なし。実家に電話して症状を話すと、風邪のせいだろうという。そう言えばおととしだったか、暮に私がすさまじい腹痛に襲われ、治ったと思ったらひどい結膜炎になったことがあった。風邪が腹にこもったのかもしれないと思う。

 仕事するが、なにしろ痛みに弱いひとなので、うあー、うあーとウナる。六本木に出かけて買い物し、家賃おろし、実家から指定された風邪の漢方薬買ってきてのますが、あまり効かない様子。今夜はロフトプラスワンなので、早めに病院へ連れていってやろうと、慶応に電話かけ、救急外来にタクシーで運ぶ。タクシー車中でも、極めてくるしそうにうなり、体をよじり、歯をくいしばって顔をしかめる。私は彼女の痛みのオーバーパフォーマンスを知っているから大丈夫だが運転手さんの方が驚き、一刻も早く病院に連れていってやろうといささか運転が乱暴になり、少々ヒヤリとする場面があった。

 緊急外来の窓口で手続きしている最中、待ち合い室のソファに彼女は横になっていたが、少しおさまったらしく、“こういうところ来ると少しおさまるのがイヤ”という。“ああ、電器屋呼ぶとつかなかったテレビが映るやつだね”“そうそう”というような会話をかわし、少し安心する。“だいたい、救急外来にいる医者なんて若くて下っ端のばかりで、病気がわかるわけないのよ”と、病院に来ていてヒドいことを言う。この分なら大丈夫か、と思ったし、医者も(本当に若くて下っ端という感じのドクターだった)軽く考えていたらしいが、診察途中で、急に痛みがブリ返したとみえて、待ち合い室まで響くような声で“ぎゃあ〜っ、痛い〜っ”とうめく(というか、叫ぶ)のが聞こえてくる。途中で救急車で、水頭症の人が酒飲んでひっくりかえって頭を強打し脳震盪を起こして運ばれてきたが、そっちの方がよほど軽症に思える苦しみぶりで、最初は看護婦さんも“ご家族の方はロビーでお待ちください”とこちらを追い出したのが、“すいません、少し側にいてあげてください”と、私を診察台のわきに呼び込んだほど。苦しい息の下からK子、カバンを持ってこさせ、“中のメモを読んで”と言う。見ると、『私が死んだら』とあり、銀行の講座や、その他事務手続のモロモロが書いてある。こないだの頭痛のとき、もしクモ膜下の再発だったときのために作成したんだそうだ。読んでいたら、“あ、今はそんなに読まないで”と引っ込めた。銀行口座の暗唱番号が書いてあるからだろう。

 若いドクターも驚いたらしく、“最初は胃酸が逆流して胃を荒らしたんだと思っていましたが、この苦しみ方では膵炎の可能性もあります。そうであれば、痛み止めをうつのは逆によくないので、いま、血液検査しています。その結果が出るまで我慢していてください”と言い、それからはK子の方を見ずにパソコンのモニター(検査結果が送られてくる)を眺めるばかり。K子の苦しみはいやまして、見ていて可哀想で可哀想でたまらなくなる……医者が。なにしろK子のことで、“死ぬ、すぐ死ぬ”、“眠り薬だして〜、痛みが治るまで寝てる〜”“もうダメ〜”“コイツ(医者)、見てるだけで何もしない〜”と再現なくわめき続けて、自分ではどうすることも出来ないドクターはもう、耳を押さえたいという表情。看護婦が来て背中をさすったり、深呼吸させたり(もちろん、医者でなくK子の)するが、医者の方は手をつきかねている様子。なんどもデータがまだ送られてきていないか確かめたり、検査室に“まだでしょうか”と電話をかける。クセなのか、緊張のあまりなのか、私に説明するときに“これは……オゥッ”と、吐きそうなオクビをする。それを見ていたからではないだろうが、K子もそのうち吐き気が来たらしく、膿盆に水様の吐瀉物を出したが、それでおさまったらしい。急に落ち着く。前途ある医者を保護するために(笑)、彼女のベッドは少し離れた場所に移されたが、移ったとたん、私に向かって“なに、あの医者!”と下唇をツキ出した。

 やがて、やっとデータが来たらしく、ドクター、ホッとした顔でとんできて、“検査結果はまったく正常でした、膵臓も肝臓も。じゃあ……オゥッ、痛み止めを打ちます”と、筋注。K子、大声で“痛った〜!”と叫び、医者、世にもすまなさそうな顔をする。若い医者に忍耐力を養わせる仕事についたらどうだろうか。

 ただ、それで確かに痛みはほとんどおさまり、歩いてタクシー乗り場までいけるまでになる。私もこれなら大丈夫と判断、彼女を寝かせておき、昼を食ってなかったこと思い出し、急いで六本木で買ったミニうな重をかきこみ、タクシーでロフトプラスワンへ。朗読の会である。なにしろ28日なんてまだ先のことだ、と思っているうちにあっという間に来てしまい、イベントを告知したのが昨日の朝。会場入りしたら、たったの三人しか客がおらず、アチャアと思ったが、三々五々、人が入ってくれて、最終的には四○人程度の入場者となる。まず、ホッとした。楽屋で石原さんに挨拶。今日、壇上で紹介したいという二人組のマンガ家の女の子(キンギョとコジカ)を紹介される。“ちょっと人目をひく格好をさせてきたんですよ”と、肌のあらわなスタイルを見せてもらうが、まあ、ロフトじゃあさほどね。

 談之助さん、開田夫妻、QP大人、気楽院さん、鈴之介くんなど常連も揃い、7時40分、開演。今日の事情を話し、用意がほとんど出来ていないことをお詫びして、前半は雑談。“鶴岡に次ぐ、私の新弟子です”と、石原さんを紹介。元ヤクザの親分でこないだまで徳島刑務所にいたこと、留置所内で原稿を書いて、それがきっかけで私たち夫婦と知り合ったこと、K子が強く本を書くことを勧めたこと、彼女が奥さんの妹のふりをして四国まで面会にいったこと、などを話す。デンパ系のヤクザの話など、かなりウケる。“もう、これからK子さんにどこかの出版社がひどいことをしたら、アタシが乗り込みますからね”と言う。鬼に金棒というより、金棒に鬼という感じだな。

 二人のマンガ家の卵、マンガははっきり言ってシロウトだが、なんか浮世離れしていて、面白い。キンギョの方は家出して自転車で徳島から東京へ出てきた子、コジカの方は人体実験の実験台のバイトで食いつないで(あの都市伝説で有名な骨折実験台にもなったという)、知り合ったきっかけは働いているキャバクラで彼女がキンギョに“冷凍実験のモルモット二人でやらない?”と(初対面で)声をかけたことからであったそうな。こういう変な人間を回りに吸い寄せる、やはり磁力のようなものが石原さんにはあるらし。あまりそっちの方に一生懸命になって、自分のものを書くことがオロソカになってはいけないと思うが。一応、Web現代のYくんを楽屋に連れていって紹介させる。

 さて、その後で朗読。最初は宮武外骨作『手淫通』。格調高い(?)擬古文でせんずりのことを大真面目に語る、その調子と、BGMに使った『六段』がマッチして、これは大成功。それから15分休みをとり、後半は香山滋の『ゴジラ』。こちらは病院のロビーで下読みをして、だいたい1時間半、とアタリをつけていったが、やはり実際に聴衆を前に語ると時間を食い、1時間15分かかってやっと大戸島にゴジラが顔を出したところまで。いささか消化不良気味だった。前半70点、後半60点の出来。終了後、何か論文を書いたというお客さんから、読んでほしいとその原稿を渡される。年末進行が終わったあたりになりそうだが。開田さん夫妻、阿部能丸くん、マンガ家の福原鉄平くん、談之助師匠、後からロフトの斎藤さんも加わって、台湾料理『青葉』。カエルの足、田ウナギの炒めものが美味。K子が心配なことは心配だが、会話も楽しく、12時まで。帰宅してみればK子は読書中。リンゴを食べたというから、まあ、大丈夫だろう。ホッとして就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa