裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

水曜日

それは提婆達多、あやしい提婆達多

 悟りは夢か幻。朝7時半起床。朝食、K子にモヤシ炒め、私はスープスパ。果物は温州ミカン。ワイドショーは和泉元彌の結婚に姉がまったをかけたとか、市川右近が離婚したとか、伝統芸能一家の騒動ばかり。市川右近(右近って本名なんだね)も、スッチーなどと結婚するからこういうハメになるのだ。昔は役者などというのは、贔屓筋の仲立ちで、しかるべき家柄のところから嫁を貰って、その上でいくらでも妾を囲ったもの(妻も周囲もそれを半ば当然のこととした)であった。愛情は本妻ではなく、妾の方に注がれ、中には妾とずっと同居して本宅に帰らない者も多かった。しかし妾はどこまで行っても日陰の存在であって、夫は最終的には妻のものであり、夫が死ねば妾の方は打ち捨てられ、遺骨を守ることはおろか、葬式に出ることすら許されなかった。女性蔑視も甚だしいと思われるかもしれないが、しかし、伝統芸の継承者というのは、個人の人格を越えて、伝統を護り後世に伝えていく義務も有している。芸術家としての精神の奔流と伝統の継承者としての社会的責任の双方のバランスを取るために、この使い分けは、いわば生活の知恵でもあった。戦後、伝統芸の跡取りたちは、このシステムが取れなくなり、本来妾に似合っている女性を妻にめとるようになり、妻としての義務を彼女たちに押し付け、トラブルを続出させるようになったのである。

 ワイドショーと言えば、昨日のソレはタモリがゴルフ場でボールを顔面にぶつけたというニュースで持ち切りで、もう少しそれていれば失明の危機もあった、と報じていたが、タモリが片目であり、一般人より失明の危機が高い(ボールがぶつかったのは健常な左目の付近である)ということには一言も触れていなかった。若い人はもうアイパッチ姿のタモリなんか知らないだろうけど、昔はとにかくそれをウリにしていた人物なんだけどな。

 昼まで調子最悪。クルー原稿チェック一本やったのみ。昼食はタラコとウニ、ミョウガの味噌汁。麻黄附子細辛湯のんで、やっと調子出る。ノーザンクロス本の前書・後書マンガのシナリオと、文章での後書(4枚)をイッキに書き上げる。夕刊にアンソニー・シェーファー死去の報、75才。大ヒット戯曲『探偵/スルース』の原作者で映画化の際の脚本も担当し、『フレンジー』『ナイル殺人事件』、さらにあのカルト・ホラー・ミュージカル(?)『ウィッカーマン』などのシナリオも手掛け……という、実にもって私好みの作品を書いてくれた人だった。『アマデウス』のピーター・シェーファーとは双児の兄弟。才能と名声と成功に満ちた結構な一生だった、と思う。女性に関しても艶福家で、なにしろ奥さんのダイアン・シレントは元ショーン・コネリー夫人。あのジェームズ・ボンドから女性を横取りしたんだから、ソッチの腕も大したモノだったんではないか、と想像できるのである。

 開田さんから電話。あやさんと連載していた『めおとでGO!』の単行本に、オビ文を書いてくれませんか、のお願い。ハイハイ、じゃあ担当に連絡つけるように言ってください、何文字くらいでいつまでに……と言ったら、今晩中に欲しいと言われて仰天する。急いで4つほど文案練って、担当者にメール。待ち構えていたらしく、速攻で受け取りの返事が来た。それにしても今年はオビ文の依頼が何故か多い。大森望と並んで腰巻作家と言われるようになるかもしれない。

 今日じゅうに世界文化社前書アップの予定が時間切れ。5時過ぎにK子の仕事場へ行き、UA!ライブラリー新刊『うわっその子きれい殺す』と『早く立派なバレリーナ』の、じゃんくまうすプレゼント分にサインをする。それから二人、タクシーで東新宿、『幸永』へ。QPハニー、GHOST、世界文化社Dさん、加藤礼次朗、談之助夫妻に開田夫妻、井上デザイン一党、Web現代のYくんと前担当Iくんなど総勢20名でホルモンパーティ。開田さんが豚骨たたきを食べること食べること。オビ文お礼に画集を一冊、貰った。

 食って飲んで大盛り上がり。ふだんあまり食わない部位まで食べまくって、何がなんだかわからなくなる。GHOSTさんが珍しくベロンシャラになってそこに転がってしまったので(なにしろ岡田斗司夫の影武者が勤まるくらいの体格だから、転がっても迫力がある)、QPさんに世話をまかせて、われわれは喫茶店に。談之助さんと落語トークの計画など話しする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa