18日
日曜日
マウントバッテン言われんたい
川端まっつぁんきゃーめぐろ。朝7時50分起床。朝食はコンビーフサンド。日記つけている最中に母から電話。昨日の伯父の舞台のことを話していると、割り電で当の伯父から電話。“昨日は恥ずかしいもん見せちゃったナ”というので、いや、サッチモとオペラ人形の歌は傑作でした、とフォローしておく。30分ほど、感想あれこれと述べる。もうガッチャンやメガネ坊や人形は後進の人に譲っておしまいなさい、と進言。木製の、あれだけ大きな人形は七○の人間には、舞台で抱えて動くには重すぎると思うのだ。ウレタン製のサッチモと、頭だけ(体は衣装のみ)のオペラ人形の二ツで勝負した方がいい。“人形の数を少なくしろ、という意見は初めてきいた”と伯父は驚いていた。数をたくさん使うのはいっこく堂もやっており、それと比べられるのは不利でもあると思う。いっこく堂の出来ないこと(歌うこと)で出ないと、腹話術師としての脚光は浴びられないだろう。とにかく、伯父にとっていま大事なのは健在を宣伝することだ。来月から圓菊のヒザとして各寄席を回るというが、業界の一部には“自分の方がキャリアが上なのに、何も好き好んで圓菊につかないでも”という口さがない声があると某所で聞いた。しかし、私はそれでいいと思う。ここ数年の病気療養で“再起不能”とか、死亡説まで流れたのだから、それを払拭する意味でも寄席でお客さんの前に出る意味はあるだろう。
それからまた母に電話続きでかけ、結局出かける時間になってしまって、日記は書きかけになる。11時、新宿ヒルトンホテルにて内田春菊と貴山侑哉の結婚式。こないだ伊勢丹前で会ってすぐに追っかけて招待状をくれたので、出かける。彼女にはオノプロ時代にいろいろ世話になっているのである、というような理屈をどうしてもつけて行為を正当化しようとする自分の情けなさに苦笑する。これだけの騒動のあとでホトボリを冷ましもしていないこの時期に堂々と盛大な結婚式を挙げてしまうなど、非常識の極みであろうが、常識は結局、非常識の前についえ去り、非常識が伝説として残る。この根性の座りっぷりは見事としか言い様がない。私も素直に、招待されたから行く、という心づもりになって出席すべきであろう。
会場はすでに満杯。記帳の列に並んでいたら、イーストプレスのFくんが声をかけてきたので、しばらく立ち話をする。その他知り合いも何人か来ていたが、席はバラバラになってしまい、知った顔が誰もいない。ブックデザイナーのミルキー・イソベさんご夫妻と挨拶して、いろいろ猫の話などで盛り上がる(人の結婚式で何を話しておるのか)。式の司会は松尾貴史、乾杯の音頭が山田邦子。二人ともプロという声である。さすがに内田春菊というか、祝辞を述べたメンツだけでもキラビヤカで、町田康、久世光彦、アラーキー、室井佑月、室井滋、広田玲央奈、木野花、岸田秀などなど。スピーチはうまい人もいるし、なんだこれは、というのもある。中には私にしてみればただの馬鹿というような評価の人もいるのだが、しかし、春菊同様、みんなそれぞれに一般人から見れば見事な“異物”であるのがさすがだと思った。著名であるのは伊達ではない。こういう面々のいる席にいると、つくづく自分がフツー人であることを思い知る。……しかし、スピーチで最高だったのは、文房具屋を営んでいるという、新郎のお父さんのものであった。“一般人でございますが、両家親族を代表しまして……両家と申しましても、その、わたくしどもだけでございますが”で場内爆笑。これにくらべると“今回は『ファザーファッカー』に書かれた両親は出席しておりませんので探さないでください”という松尾貴史のギャグは上スベリである。たくまざるユーモアと存在感。やはり、一般人の、地に足のついた強さにくらべると、われわれマスコミ人種の存在など虚像でしかないのだなあ、と思った。それにしても、マンガ業界の出席者が編集者以外ほとんどいないのが特徴であるな、彼女主催の集まりは。家族の衣装がラメ入りグレーの凄いものだったとか、春菊のメイクが曽我町子のゴッドイグアナみたいだったとか(オタ的褒め言葉である)、途中で彼女が昔『スター誕生!』に応募して出演したときのビデオが流れた(よく探し出してくるものである)とか、いろいろあるがまずは、フツーの結婚式であった。
式終えたあと、一応業界人の名刺交換などがあちこちで。実業之日本社やカタログハウスの人と挨拶。ぶんか社のバカK谷がいたので、少し話す。“イヤー、本、売れないッスよー”と、相変わらず軽い。在波がいつのまにか大きくなって会場じゅうを駆け回っていた。女性の出席者たちは“色がすごく白くて、カワイー!”と言って騒いでいる。“今のお父さんに似ていますよねえ”と話し掛けられたが、そりゃ、ああいうのが春菊の好みなんでしょう、と答えたら、やたら感服された。お開きのとき、新郎に“えーと、最初の子供の父親の知人でして”と言ったら、脇に控えていた新郎の父親が爆笑していた。根性座っているぞ、このオトウサン。
手塚能理子さんなどに挨拶して仕事場に帰り、仕事々々。モノマガジン原稿を五枚半、夕方までかかってアゲる。執筆に要した時間より、ネタ探しの時間の方が長くかかった。ここ、〆切をイラストのスケジュールから割り出していつでも催促してくるが、文章書く方のスケジュールはどうでもいいのか、という気になって、いつも少し小腹が立つ。書き上げてメールした後、すぐ北海道新聞社原稿。前々回までガンダムで、前回が宮崎駿だったので、“オタク史でなくアニメ史になっていませんか”と編集部から言われてしまったが、この二人をちょっと詳しく分析しないことには、現在のオタクは語れないので仕方ない。
9時、東新宿に出て、幸永でK子とホルモン。堪能倶楽部の取材も兼ねているのでK子がいちいち写真を撮るが、店員がそれに妙に協力的なのがおかしい。店内はほぼ満席、隣の方も七分の入り。旧に復してきているようで、喜ばしい。テールスープに冷麺までフルコース食って、まず満腹。