裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

日曜日

反日派、アカちゃん

 あなたのアジ声。8時15分起床。朝食、ガーリックオイルのスパゲッティ。果物はバナナとイチゴ。読売新聞読書欄、上田紀行氏による『意味の文明学序説』(東京大学出版会)評、高度な内容の書籍を手際よくわかりやすく工夫された表現により過不足なく批評してこちらの購買意欲をそそる、その出来は相変わらず見事だが、評する本の著者、今田高俊氏が、東京工業大学教授というのがちと引っ掛かる。評者の上田氏は東京工業大学助教授だからだ。学内のしがらみによる、いくばくかのゲタばき書評じゃないの? という気がどうしてもしてしまうのである。業界にいればそういうことはよくあることだが、その場合は、自分の立場をはっきりさせて(別にしがらみがあるわけではないが、例えば開田さんの画集を私がホメるときには、“同じ怪獣世代として”というようなククリをまず、つけなければ、第一照れくさくて書評できない)、そういう色眼鏡的な疑いを払拭させる作業が必要である。と、いうか、そのようなあらぬ疑いを書評者にかけないためにも、この欄の担当編集者が、書評者ごとによる担当本の選定に気をつかわなければいけないと思うんだが。そのうえ、上田氏の評のラスト、“一般向けに書かれた新書版の登場も期待したい。これを学者だけに読ませておくには惜しすぎる”というのは、これは何であるか。この本は学者向けであって一般向けにはムズカシすぎる、という意味か。なら、何故一般紙である読売紙上で書評せねばならないのか。これは誰に向けた文章なのか。やっぱり、学内のしがらみで取り上げたのではないのかね。そんな気がどうしてもしてしまい、いつもの文意明瞭な上田氏の書評らしくないなあ、という読後感が残るのである。

 11時半、家を出て目白に向かう。アイピット目白にてうわの空藤志郎一座『ラストシーン』公演。出演している阿部能丸さんからのお誘いである。最終日なのであわてて出かける。目白という駅にはこれまでの人生で2回くらいしか降りたことがないはずである。あ、いまのマンションを探しているとき、目白にネコOKがウリのマンションがあったので下見に来たことがあった。駅からあまりに遠くだったので、地図をたよりにたどりつくまでにヘバって、見ないで帰ってきたが。

 早くついたので、商店街をブラつき、“名物焼きラーメン”なるものを食う。焼そばとは違う、茹でたラーメンをスープ味で炒めるというシロモノである。食べると、見た目は焼そばなのにラーメンの味がする、マカフシギな食い物。まあ、マカフシギなだけであるが。で、1時開演の20分ほど前に、アイピット目白へ。もちろんはじめての場所であるが、ごく普通の住宅街の中にある。最初にインターネットで場所を調べておかなかったら絶対迷ったであろう。こういうときは、ネットって便利だなあと素直に感謝感心する。170席のキャパで、入りは8分。

 舞台であるが、アドリブ続出で進行、どこまでが脚本でどこまでがアドリブなのかよくわからない。アドリブをどんどん出しながら、話は進めていかねばならない。事実、この劇壇の芝居は毎日、話が変わるんだそうである。このライブ感覚ははっきり言って好みである。ただし、このやり方は下手をすると、ストーリィ進行を引き受ける主役一人が目立つ座長芝居になってしまう。で、今回の舞台はその“下手をした”例になってしまったような気がする。作・演出・並ニ主演の村木藤志郎一人、目立って、他のキャラクターがもっと面白くなるはずのところでカスんでしまっているんである。コマの公演ならともかく、小演劇にはもっと、それぞれの役者さんたちの見せ場が欲しい。台本上できちんと見せ場がある島優子や高橋奈緒美はいいが、他の役者さん、例えばカメラマン役の堀井紘司(やたら背が低い俳優さんで、こういう人がいるとそれだけで舞台が面白くなる)など、も少し内面を見せるミソの場面があってもいい。同じことを音声さん役の阿部さんにも感じた。阿部能丸がキレない芝居なんて信じられますか。未熟で純粋で単純バカだけどいっしょうけんめい、という助監督見習い役の小栗由加が一番の好演だった。

 ……などと文句こそいえ、舞台が映画作りの現場、というのはヒキョウである(対私的に、のハナシ)。それだけで感情移入してしまい、すべてのセリフにうん、ワカルワカル、とうなづいてしまう。徹夜四日続きでスタッフ一同ハイになっている現場で、若いサードはゲルニし、ベテランのセカンドは倒れる。チーフ助監督(村木)はチーフ歴10年、実力・経験共に十分、現場仕切りに関しては絶対の信頼を置かれているが、あまりに現場慣れしすぎてカリスマ性がなく、それを自分でも認識しているので監督昇進の勧めに踏み切れない。一番クールで頼りになるスクリプターは“自分の娘に顔を忘れられないために”、この映画を最後に引退すると言い出す(“私ね、ずっと夢見ていたことがあったの。朝、起きるでしょ。そしたら、温かい朝ごはん食べるの。それから昼にランチを食べて、夜は晩ごはん食べて、12時前に寝るの!”“お前、そりゃシンデレラだよ、おとぎ話だよ、現実にはありゃしねえよ!”)。映画は斜陽で、資金を出してくれるというだけで映画のことなどわからない出版社の女社長にも気をつかわねばならないし、宝塚出身の美人女優は“月9”(月曜9時のトレンディドラマ)や『笑っていいとも!』出演のために、撮影のスケジュールを変えてくれと要求し、それに合わせなくてはいけない。そんな現場を取り仕切りながら、彼にとっては神の座であり、監督がいないときでもそれを現場に置き、他の人間にさわらせようとしなかったディレクターズ・チェアに、監督が急逝した、という報せがあったとき、彼はあえて腰をおろす。この映画だけは、完成させなければならないから……。安達瑤さんなんかに見せたら、何と言うかな、この舞台。やはりキレイ事だというだろうな、うん。

 観終わって阿部さんに挨拶(「シブかったですね」と言ったら笑っていた)、駅まで、近藤ゆたかさんと話しながら帰る。ちばこなみとの新婚生活、やっと9月に新居に引っ越したそうな。近くに臣新蔵先生が住んでいるそうで、今度インタビューに行く、と言っていた。

 帰宅、少し休んで仕事にかかる。バリバリと筆はすすむが体力はゆうべのトークがたたってどんどんゲージが下がる。北海道新聞コラムのみ一本仕上げ、夕食の支度にかかる。牛タンのポトフと、生麩とピーマンの炒めもの。ビール小カン二本に、日本酒ちょっと。ビデオで丹羽又三郎(ブラック将軍)主演(!)の時代劇『幽霊小判』を見る。愛した男と結婚できたのもつかのま、その男が事故死、悲しみにくれる女の前に、“私はお前の亭主だ”と、まったく違う男が現れ、しかも回りの人々は誰もそのことを怪しまない、という洋ネタを思わせるミステリ調時代劇。しかも丹波又三郎は主演のはずなのに、この妖しいニセ(?)亭主の役、いったいどうなっているの?と、こちらも目が離せず、そして後半に至ってのドンデン返しにアッと驚く。ネタばらしになるので詳しくは書かないが、気になる人は実際に御覧になるか、ココで見て いただきたい。ところでこれも音楽小川寛興、またまた赤影そのまんま。http://home.catv.ne.jp/nn/kotatu/movie/2000_02/000238.htm

Copyright 2006 Shunichi Karasawa