裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

金曜日

チロリンの壁

平和だったチロリン村も、この壁で東西に分断され……

※ミリオン出版原稿 千歳烏山食事会

朝、8時半までぐっすり。
ケガの回復期にはそう言えば以前も本当によく寝られたが、
このごろ眠れるのもそれだろうか。
それと、さだやんさんが足を攣ったという日記を
読んで水を飲めばいいとアドバイスして、自分も意識して
やるようになってから、奇態に攣らなくなっている。

入浴、シャワーのみ。湯は溜めているので、
出勤前に飛び込んで行くつもり。
9時朝食、ソルダム、グレープフルーツ。

日記つけ、メールチェック。
K子と土曜の代々木上原での飲み会について
やりとり。
こうでんさんから送られたサザエを持っていって料って
もらうつもり。
メトロン星人さんからのお中元の8番らーめん、
マイミクのよっちんさんの伯父さんが社長だと聞いて驚く。
世の中せますぎ。

昨日、YouTubeの『ハードウェアウォーズ』を
紹介したが、スターウォーズパロディもすでに30年の
歴史があり、技術もセンスも格段に進歩している。
97年に作られた『TROOPS』が最高傑作だろう。
http://www.youtube.com/watch?v=CO3WRkVMF2M
↑TROOPS
銀河帝国にだって日常はある。
ストーム・トルーパーズも毎日の業務が大変なんだよね、という
地味なドキュメントみたいな記録。ジャワズの盗品売買も
取り締まらなくちゃいけないし、若い甥が姿を消したとかで
騒いでいる夫婦のケンカの仲裁にも入らないといけない。
タトゥイーンの砂漠にニューヨークなど大都会の人間模様が
重ね合わされてくるところがミソ。

http://www.youtube.com/watch?v=vFWfZKLS1wU
↑ショッカー戦闘員のリクルート
似たような発想で作られた有名な日本のCM。
70〜80年代に仮面ライダーやジェダイの騎士に
疑うことなく自分を重ね合わせていた子供たちが、
90年代以降、
「自分は所詮、ストーム・トルーパーズや戦闘員なんだよな」
という半ばのあきらめを持ったオトナになったということ
なんだろう。日米問わず、この閉塞感は同じなのだ。

それにしても、なぜ若者はそこの職場で努力して、
輝けるようになろう、とは思わず、最初から輝くことの
出来る職場がどこかにある、と信じたがるのか。
同じ戦闘員でも、『快傑ライオン丸』のドクロ忍者三兄弟
は偉かったぞ。
http://park8.wakwak.com/~tokusatsu/kaiketsulion-c.htm
↑29話『影三つ・怪人ドクロンガ』
そういえばこんなの、買っていた。
買っただけで満足して、まだ見てない。
http://www.dmm.co.jp/mono/dvd/-/detail/=/cid=33yuk002/view=package/
↑『愛壊れたショッカー夫妻』

昼は母の室でかき揚げソバ。
食休みの読書は徳齢『素顔の西太后』(東方書店)。
ヨーロッパで教育を受け、清朝末期の中国で西太后の
女官長となった女性の手記。

「これまでの経験でわかっていたことですが、いざ旅行と
なると、公使館の連中やお手伝いは、誰も頼りになりません。
そこで、みんなの世話をするのは、いつも母でした。
母は物事の始末や難問の処理では、たしかに一行の中で
一番のやり手でした」

「やがて太后陛下が庭園係の宦官をお前らは怠け者だと
叱っておられるのが耳に入りました。それはあちことの樹の
枝を刈取らねばならぬのに、放ったらかしにしていたからです。
そこで私たちが陛下のところにまいりますと、陛下は私たちに
“ごらん、何から何までわらわが気を配らねばならないのだ。
そうしないと、わらわの花がだめになってしまう。こんな連中
はとてもあてにはできない。(中略)連中はここ数日罰を
受けておらぬので、罰を待ち望んでおるのであろう”と
いわれ、笑いながら、続けて“あれらを失望させぬよう、
望みのものを与えて遣わそう”といわれました。
鞭打ちの刑を望んでいるとは、この連中は間抜けにちがいない
と思いました」

という文体が妙に懐かしいな、と思ったら、岩波少年文庫の
『ドリトル先生航海記』や『赤毛のアン』の、あの文体だ
と気がついた。ですます調ばかりでなく、“そこで”の
使い方など、これは戦前生れの人間の文章の特徴のような
気がする(役者の井出潤一郎は1921年〜大正10年〜生れ)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4497871878/karasawashyun-22

一方で、現在トイレ読書にしている岩下尚史『名妓の資格』
(雄山閣)の、古風というか明治調の文章にも驚く。

「この難しい世の中に、校書(げいしゃ)の盛衰、狭斜の栄枯に
ついての詮索など、天下に無用の仕業とは存知ながら、
行けも知らぬ花街の末の、白々として暁の月を眺めるが
如き心細さを前にして、何ごとも時世時節とは諦めきれぬ性分は、
明治生まれの新橋の名妓に接した覚書を筐底から取り出し、
これを参考に東都近代の花街の興隆の概略を窺い、知識の不足と
文の鄙俚も顧みず……」

という端書の文章も見事だが、初編書き出しの

「柳橋の元名妓の出端(では)に当り、何を申すにも、芸者の発生
と変遷について、先ずこれだけの前置きはどうしても必要かと、
ごく大まかなところを案配して露を払う後退屈を許されたい。
 神々の後朝(きぬぎぬ)の名残は消え遣らず、大江戸の夢の
中空に、王朝の後宮を翻案した楼閣が再現され、これを舞台に
神と巫女に扮して執り行われる翠帳紅閨の振舞いは、人々の
和魂(にぎたま)を清め蘇らせるものと認識した将軍家が、
吉原の名主どもに神婚の祭祀の許可を与えたことにより、
千代田城の鬼門に、大奥と同じ機能を持つ秘儀の備えが常設
されたことは、史上に画期的なことであった」

などという文章はどう読んでも現代のものでない。
いずれ俗界のことどもにも造詣の深い博識高見の老粋人の文章かと
思って奥付を見ると昭和三十六年生、とあって一驚を喫する。
私より年下ではないか。
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3時、事務所に出る。
昨晩はO編集長、次のカラオケの店がアヤシゲで、メインと
思っていたらしい。しかし、私もNくんも(特にNくん)もう
かなり酒が回って、あそこあたりが限度。
Nくんも帰り、それからオノはOさん行きつけのバーに
連れてってもらって高い酒を強引に飲ませてもらった模様。

気圧の変化じんわりと来て、テンションが上がらなくなる。
それでもがんばってミリオンの原稿、5枚を何とか
書き続ける。

某企画の件、打ち合せをと先様に都合のいい日付の問い合わせを
出してもらうよう頼んでいたが、空いているのがピンポイントで
7月中に1日しかない。さすが、売れ出してきている人たちは
違うものだと感心。出版社やこっちの都合が合うかね?

6時半、やっと原稿完成。
こんなペースでは食べていけないな。
まあ、途中でYouTubeに逃避してしまったりしたから
であるが、やはり気圧だ。
メールし、来週のことをオノと打ち合せした後、
家を出て、京王線で千歳烏山まで。
乗り過ごして調布まで行き、戻る。やれやれ。

千歳烏山『広味坊』ではれつ、QPのお二人と会食。
http://www.koumibou.com/
『料理の鉄人』で有名になった店らしい。
リンゴの肉巻、イベリコ豚とフォアグラの蒸しギョウザ、
角煮の蒸しパンはさみ、トロ湯葉とウニの卵白身あえ、
最後がアワビのリゾット風。
こういう食事をしながら話題は段ボール肉まんだったり。
ペルーのクイの食べ方だったり。
http://kiokitok.hp.infoseek.co.jp/peru2.htm
あと、『仁義なき戦い』の話で盛り上がる。

広味坊、味はまず、さすがと言っていいと思うがお値段と、
チトカラまで出るという面倒を考えると。
10時過ぎにもう店を追い出されるのも不満。
そう言えば今度、友人がチトカラに引っ越すはずだが、
彼ら夫婦にはいい店かも。教えてあげよう。
店の女の子たちが妙に可愛かった。

すでにここまでで青島ビール数本と紹興酒2本空けているが
はれつさんの誘いで、笹塚で煮込み屋に入ってホッピー。
いろいろな人物月旦など。
某所におけるアヤシゲ極まる話についても。
タクシーで12時40分帰宅、水だけ飲んで寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa