裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

木曜日

ナルニアには二羽、ニワトリがいる

ライオンと魔女だけじゃなくて?

※台湾旅行二日目 台南マンゴー市 関子嶺温泉

朝、7時起床。
明木先生に台湾の蔬菜ジュースをいただく。
かなりウスい。
お返しに蟠桃(扁平な桃だから扁桃、と思っていたが
扁桃ではアーモンドだ、と指摘される。しかし蟠桃というのは
孫悟空の挿絵に出てくるような、先っちょのとがった桃だと
思うが?)を二人で食べる。

外をブラつく。“女僕”という看板の店がある。
いわゆるメイド喫茶。
ホテルの周囲に朝飯を食わせる店が
何店かある。ただ、朝粥の店があまりない。
サンドイッチなど売っている。
Oさん、Uさんと合流、一軒、粥を売っている店を見つけて
入るが、粥ではなく豆乳だった。
甘と辛があり、甘いのはシロップを入れて。
辛いのは油状の細切り、塩、野菜などを入れて。
塩が入ると豆乳が固まって、食べているうちにおぼろ豆腐に
なるのが面白い。

スプーン(レンゲ)は塩化ビニール製のペラペラなの。
テーブル席の椅子は、丸椅子の、クッションも何もないもの。
この質素さというか、無駄のなさがいい。
店内にトイレットペーパーが吊るされており、
何かと思ったらマイ箸を持ってくる客がいて、その箸を
拭くためのものだった。

蒸しパンを学生らしい女の子が食べていたが、豆乳をレンゲ
で啜り、蒸しパンを箸でちぎって食べている。
不思議な喰い方である。

ホテルに戻り、ホテルの朝飯もちょっと経験しようと
朝食バイキングへ。お粥セットがあったが、さすがに
美味。ピーナッツ、赤く着色した魚ゾウメンのようなもの
などを入れて。

8時半、ロビー集合、チェックアウトをして
ホテル向いの駅に集合、台南に出発。ここで明木先生は別行動で
あちらの研究者の方々と会う。

と学会はオタ集団であるから当然鉄っちゃんも多く、
今回はぜひとも台湾新幹線に乗りたいという希望があり、
これに乗って台南へ。
車中、太った、ひと目でオタク、とわかる台湾の青年が
同じ匂いを嗅ぎ取ったか、近づいてきて、日本の鉄道の駅看板の
キーホルダーなどを見せてきた。

台南駅到着。かなり台南の中心とは離れたところに建てられた、
モダンな作りの駅で、日本などとまるで変わりなし。
サブウェイやセブンイレブンなども入っている。

そこから特別チャーターしたバス(車体の色やカーテンが
熱帯なるかな、である)に乗って玉井(ユィジン)のドライマンゴー
工場へ行く。農園の裏手みたいなところで、片端からマンゴー
が選別され、剥かれ、切られ、機械で干されている。
吸い込む空気全体に濃密なマンゴーの香りが含まれている。
今回、この玉井のマンゴー園を訊ねようということになった
のは、昨日出かけた廸化街の市場で、ドライマンゴーを
物色していたHさん、S井さんの奥さんらに、そこの市場の
おばちゃんが、ドライマンゴーならこっちのを食べてみなさい、
絶対おいしいから、と勧めて、S井さんの奥さんがその美味に
驚いて、ならこの玉井なるところに今度はぜひ訪ねてみよう、と
なったものらしい。

熱心に工場長に話を聞いているHさん、あやさんらを
眺めつつ、作業上内の注意書きなどを読む。
台湾のいいのは中国のように簡易文字でないので、
旧字を読めれば大体の意味がわかるところ。
それでも、日本の単語とは微妙に違うのが面白い。
消火器、ではなく滅火器、であり、品質ではなく質量、
であり、さらに言えば交通標識にあったが徐行、ではなく
漫行、である。

そう言えばマンゴーの表記はこちらでは“芒果”である。
ちょっと縁起の悪い字面だが、漢字文化圏の台湾の人々は
気にしないのだろうか。
“情人果”という色っぽい名前の箱もあったが、
これはまだ完熟しない青いマンゴーのこと。
酸味が強く、ツケモノのように食うことが多いが、
日本人でこちらの方が好みという人も多いそうな。
温さん曰く
「初恋の味、カルピスみたいな意味の名前であります」
と。

そこから、さらにバスで奥地の方へ。
細い路地のような道を大きな観光用バスが実に巧妙に走る。
後で運転手の張さんには特別チップを出したくらい。
さらに言えば、この台南でのレストランの選定も張さんで
あったとか。

檳榔売りの店があちこちに出ている。
昔のように、檳榔を噛んで吐いたツバで道が赤く染まるという
ことはなくなったようだが、長距離トラックの運転手たちの
眠気覚まし用に必需品らしい。一度噛んでみたいと申し出たが、
温さんのキツい反対にあう。残念。

昼はドライブインのような大衆餐廰(食堂)でとる。
“経済小吃”とウインドウに書いてある。
ザッカケない食事であるが、これが野趣に富んでいて、
昨日の高級中華より好み。みんなワイワイ言いながら平らげる。
肉とメンマの煮物、鶏の塩煮、芥子菜の漬物と鶏モツの
スープ、淡水魚の煮物、エビの冷製、貝かカマボコ様のものの
カツ、それから羊肉の炒めもの。
他のお客さんは老人会の旅行みたいな一行。
さらに特別室(会議室と書かれていた)からはカラオケが
聞こえてきた。

鶏や魚の骨を、こっちの人はみなテーブルクロスの上に直に
捨て(昔読んだ少年雑誌の一行知識“世界あべこべ話”といった
類いの本に、“中国の食事ではテーブルの上を出来るだけ散らかす
のがマナー”とあったな、そう言えば)、店員さんは皿だけ下げる
と、あとは食べ残しや使い捨ての箸などをテーブルクロスごと
丸めて下げる。
「ありゃラブホテルのシーツ類の取り換え方だね」
と誰かが。

またバスに乗り込み、近くのスーパーマーケット(そこにさっきの
作業場からのドライマンゴーが入っているという)に行き、
本郷さんがメンバー14人の、それぞれの希望数をまとめて
店の人と談判しているあいだに店の中をいろいろ物色。
医薬品売り場に、ハッカ棒とサルファ剤の粉薬があったので
買って見る。お菓子類には、中国製または台湾製であっても
日本語表記がなされているものが多い。こっちで英語やフランス語
が書かれているようなものだろう。探すと、
「不一様の幸福新感受」
「紫菜り風味焼」
「樂しいのつきひ」
といった、奇妙な日本語も散見できる。たぶん、わが邦の
英語表記、仏語表記も似たようなものならん。

などとノンキにかまえていたら、本郷さん近辺では
トラブルがあった模様。店中のドライマンゴーの在庫をかき
集めても、われわれの注文数には足りないという。
いったいこいつらは何モノか、と思われたことであろう。
付近の店からもかき集めて来るので、それまでマンゴー博物館
にでも行って待て、と言われた。

近くのマンゴー博物館で、マンゴーの歴史を写真と展示物
で見る。マンゴーを使った料理まで展示してある。
食堂の見本ケースの中みたいである。
熱帯としては今日はそんなに暑くないということだが、
しかしやはり温帯の住人にとっては暑い。
喉が渇いたのでヤシの実の汁の缶入りジュースを飲んだが
予想通りマズい。マズいところが嬉しかったりする。
向かいのレストランは海鮮料理を出すらしいが
「生猛海鮮」
と看板にあった。ウツボでも出てきそうである。

“便便屋(まあ、コンビニみたいなもの)”から
マンゴーのシェイクみたいなものが配られたが、
量がハンパじゃないので、冷房の効いた車内で飲むと
腹を下しかねない。マンゴー市場に到着するまで待つ。
商店街のような場所を巨大観光バスは曲芸のように
抜けていく。臭豆腐の屋台などがあり、屋台なのに
換気扇を回していた。
あと、もう本当にどこでも檳榔。

さて、いよいよ本日の予定の目玉、マンゴー市。
さっきもドライマンゴー園の近くで売っていた、奇妙な
ビン詰めのものが入り口のところで売られており、気になる。
温さんと本郷さんの説明によると、“樹子(木の実)”
というまんまの名前で、醤油漬けにしてあり、
酒のつまみに結構、なものだとのこと。
酒のつまみと聞けば放ってはおけぬ、と、お姉ちゃん
からひとビン、買う。

で、みんなよりひと足遅れてマンゴー市場に足を踏み入れた
のだが、いや驚いた。巨大なスーパーマーケットみたいな
面積の市場が、ことごとくマンゴー。赤いの、黄色いの、
小さいの、大きいの。それにバナナやドリアンやドラゴン
フルーツなども混じっているが、とにかく見渡す限り
ほぼ、マンゴー。

S井夫妻、本郷、K川の四人が、とにかくもう、
ハジけたようにマンゴーを買いあさっている。
籠イッパイで五〜六個から十数個。
それをいくつも買う。
「日本で買う一個分の値段でひと籠買えるから、
後は捨ててきてもいい」
のだそうである。
オタクとしての大人買い、箱買いはよく見るが
マンゴーの大人買いは初めて見た。
暑い。蒸す。この中で飲むマンゴーシェイクは最高だった。

南国の夕暮れをバスは走り、宿に到着。
関子嶺統茂温泉会館なるところ。
ロビーは立派なホテルだが、会議場みたいな老化は学校か
公民館。おまけに部屋が無闇に広くて……という、
奇妙な作りであった。

部屋でちょっと落ち着いた後、夕食の場の、
ドライブイン的な大衆食堂にまたバスで。
ここでの食事もコースだったが、昼のものとほぼ、
同じメニューだった。普通なら文句の出るところだが、
要するに、台南の地でとれる食材を使って作ればほぼ、
メニューが同一ということになるのだろう。
地鶏(土鶏と言う)、ハスの実のおこわ、タケノコ、豚、川魚。
ご馳走としてエビが出る。
大衆食堂らしく、ビールのコップはセルロイド製で
ペラペラ、お皿はなんと紙製で、これでスープも飲む。
今回一番感動したのは川魚で、昼に出たものよりも
小さい、7〜8センチの、フナかモロコみたいな
魚を、内蔵も抜かずに丸ごと煮てある。
泥臭さは全くないので、煮る前に蒸しているのかも
知れない。骨まで柔らかく、頭から食べられる。
それを、納豆のような豆と一緒に煮付けてある。
これをご飯の上に乗っけて、がつがつとかき込むと、
これがもう美味いのなんの。
内蔵のほろ苦さと身の淡泊なうま味が合わさって、
台南の野味、であった。
それにしても、テーブルの上にさりげなく蝿帳があった
のに感動。これ見たの何年ぶりだろう。

まだ日記続く。書いても書いても終らない。
ホテルに戻り、ここの名物、今回の旅の『台湾マンゴーと泥湯の
旅』という名称にもなっている、関子嶺名物の濁湯に入る。
ここ以外では鹿児島とシシリー島にしかない水質のものらしい。
温水プール状になっていて、外で情事補給される泥を体に
塗って、少し乾かし、それから湯につかる。
藤倉珊さんやOさんは泥人形のように全身に塗りたくっていた。
むくんでいる足にスリこんで私も入る。
面白いことに、今日一日、かなり歩いたのがリハビリに役立ったか
右足(つまりヒビの入っている足)の方はほぼ、むくみ完治。
左足がまだ異様にむくんでいるのは何故?

そして、温泉から上がり、いよいよこれからが本日の
クライマックスたる、大マンゴー飽食会である。
K川さんの部屋に集合、山盛り(比喩とか誇張に非ずまさに
山盛り)のマンゴー、愛文、象牙、金煌、台農1号、同6号
などを、片端から皮を剥いてむさぼり食うという、
一般の観光旅行ではありえない趣向。
これらのマンゴーは蒸熱処理をしていない、まさに生の
マンゴー。日本では食べられない味である。
それぞれのマンゴーを品評しつつ食すが、ここでも今回の
感じは行き届いているというかよくそこまで準備をと
言うか、マンゴーにかぶれないように(マンゴーはウルシ科の
植物なので皮を剥く際の汁に触れるとかぶれる恐れがある)
ビニール製の手袋まで用意している。

一方で、私としら〜は近くの雑貨屋でコウリャン酒の強いのと
台湾ビールも用意して、酒盛りも。
マンゴー、象牙は身も白くてさわやか、愛文と金煌はさすがの
甘さ、しかしお気に入りでみんながうまいうまいと喜んだのは
土芒果(野マンゴー)に近い台農だった。
ワイワイ言いながらみんなでマンゴーと酒に酔いしれて
いたが、さすがに昼間の強行軍の疲れで眠くなり、
11時くらいに部屋に戻り、ベッドにもぐりこむ。
窓の外に、街灯に照らされて熱帯ヤモリが、集る虫をねらっていた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa