4日
水曜日
恋のフガー
鼻息荒く男を追いかけて追いかけてすがりつきたいの……。
※台湾旅行第一日目
ゆうべは12時前に寝についたが、仕事して神経が興奮している
せいか、ベッドの中で輾転反側、なかなか寝付けず。
やっとウトウトしたが、3時半ころ目が覚めてしまう。
寝るのは飛行機の中でも出来るさ、とあきらめて起きて、
日記つけなど。
3時にもう一度寝て、4時に風呂使う。
ソーセージパンとカフェオレ、みかんで朝食。
山口A次郎さんがYOUTUBEにこないだのトンデモ本大賞の
オープニングをアップしてくれている。
まぎわまでその告知など。
あとは荷造り。
外、最初に起きたときは雨かなり強かったが
出るときは霧雨程度。
タクシーで新宿西口のリムジンバス乗り場。
しら〜さんなどの顔。
バスを一本早めて、5時45分のものにする。
こないだの大賞のこと、そこから派生させて立ち上げられる
もののこと、などをしら〜と話すうち、あっという間に成田へ。
空港入り口のパスポートチェックのとき、中国人らしい青年で
パスポートを持たず、ただホテルに帰るだけと強弁していた
乗客がいたのでちょっと手間取る。
空港に入り携帯をKDDIで交換、これもすんなり行き、
いつも旅行というのは間際までドタバタして
「あ、あれを忘れた!」
ということになりがちだが、優秀なナビゲーターである
K川、本郷のお二人が用意周到な予定表を作ってくれていたので
それにしたがっておればよし、ということで楽である。
やがてその二人含め残りのメンバーも到着、つつがなく
チェックイン、だがメンバーの一人が携帯電話をどこかで
紛失というアクシデント、
すぐ他の人の携帯でJRに連絡、成田駅で発見。
送り届けの手続き。
こういうシチュエーションはまず決してドラマなどには
取り入れられないが、システムとしてずいぶん進んだ、と
感心する。のび太くん以外がビジネスクラスなので、
チャイナエアラインのラウンジでしばらく休み、軽食などとる。
まもなく搭乗、3時間で台北空港へ。
これも幹事役の二人から、台湾と言う国は暑いから
(談志の『現代落語論』に“台湾に山火事のある暑さかな”という
俳句があったのを思い出した)サービスとして冷房をギンギンに
入れているので、長袖の羽織るものを必ず携帯のこと、と
あったが、まず真っ先に機内でそのサジェスチョンの有効だった
ことを確認、いや寒いの何の。半袖で搭乗していた斜め前の席の
乗客など、毛布を全身にかぶってふるえていた。
機内食はごく普通。パパイヤとシーフードのサラダ、
牛のソテー、マンゴーのアイスクリーム。
バスの中でも寝なかったのでもっと眠くなるかと思ったが、
赤ワイン小グラス二杯でちょいとウトウトしたのみで台湾着。
空港で名古屋から入台した明木先生、また『マンゴーと泥湯の旅』
という札を持ったツアコンの温さんという60がらみの人が合流。
空港のギンギン冷房から一歩外に出るともう、ムッとする熱気。
バスでホテルまで。途中、温さんが解説してくれる
台湾の解説はほとんどうわの空で聞き流していたが、
彼の話す日本語の中に、もはやわれわれの語彙にはあっても
使うことの無い言い回し(「さりながら」「残念無念なことで
ありますが」など)がありこの国と日本のつながりを思う。
また、一人々々を“先生”という敬称で呼ぶ。
さらには、ごくごく普通の調子で、“岸閣下”“吉田閣下”と
当時の日本の政治家のことを呼んでいたのが印象的。
先生はまだしも、“閣下”という敬称が現役で使用されているとは。
シーザーパークホテルに投宿前に、マネーチェンジもあって
免税ショップ『晶華酒店』に行く。
そこで現金を台湾ドルに変え、そこの向かいにある“香格里拉”
(クイズのようだが“シャングリラ”と読む)という仕立て屋に
向かう。今回の旅の私の主要目的のひとつで、ここで
“テレビとかの出演用のスーツを作る”のである。
生地を見せてもらい、日本だとまず今はない、薄緑の明るい
色の生地を選んで一着、スーツをあつらえる。I矢くんが
店員に、
「彼はTVタレントなので衣装を作りに来たのだ」
と説明していた。実際、衣装でないとちょっと外では
派手すぎて着られない(税金では楽に衣装と認めてくれる
だろう)色である。
ウインドウのところに、これまた明るいオレンジのスーツが。
K谷くんらが“着てみなさいよ”と勧めるので、試みに袖を通して
みると誂えたようにピッタリ。
みんなが“買え、買え”というのでこれも買う。
買ったって一着1万円なのだが、何か大きな買い物したつもりに
なる。あと、ワイシャツ、これもちょっと日本じゃ売ってない
色の生地で3着ほど仕立ててもらい、ベルトも一本。
これでチェンジした日本円の半分を使う。
服のオトナ買いをしたのも初めてである。
そこからホテル(シーザーパレス)へ。
明木先生と同室の栄に浴す。
最初のホテルの案内ではパソコン環境も万全、とのこと
だったのでモバイルをかついで来たのだが、
室内LANではなくワイヤレスらしく、私のでは駄目。
仕方ない、まあ日本でのことは忘れて3日間、台湾を
満喫することにする。
休む間もなく、みんな買い物に出る。
オタク物件満載の『萌萌動漫資訊館』にほとんどの
メンバーは行くが、私は本郷さん、S井さんの奥さま、
Uくんなどと、干物街(迪化街)で漢方薬を見に出る。
空模様ちと怪しいが、降り出すほどではなし。
ムンとする熱気と湿気は台湾かな、という感じ。
それに漢方薬の生薬の匂いがまじる。
まさに『オトナ帝国』でケンが言っていた、
「あの頃の街には匂いがあった」
その匂いである。
路上に幕が張られて、即席の舞台が作られ、そこで京劇を
やっていた。爺さんばあさんがウチワをつかい、茶を飲み
ビールを飲みスイカのタネをつまみながら見ていた。
なんか、うるうるしてくる。
日本が失った“生活圏としての街”がここにあるような気がする。
いろいろ買いたいものはあったが、初日から荷物を大幅に増やす
のはためらわれ、やや遠慮。しかし、最後に入ったスーパー
みたいなところで金華ハムと、卵の燻製、それと本郷さんが
見つけた、平べったい“扁桃”というのを二ヶ、求める。
そこからさらにパイナップルケーキを買いにいくという
本郷さんたちと別れ、S井さんの奥さんと地下鉄でホテルに
帰る。地下鉄の仕組が変わっていて、チケット代わりに
トークン(コイン)を買う。プラスチック製の、オモチャみたい
なトークンである。で、このトークンを改札機に投入するのか、
と思いきや、このトークンの中にはICが組み込まれており、
改札時にはこのトークンをセンサーにかざす。
そして、出るときには投入口に入れて回収させるのである。
ちょっとまごつくが、何とか駅にたどりついた。
帰宿。さすがにむくんだ足をマッサージ。
痛めた右足より左足の方がひどい。
今夜、台湾マッサージの店に行こうとさっきS井さんなどと
話していたが、それが楽しみ。やがて、萌萌動漫資訊館から
帰った明木先生、台湾版のケロロ軍曹やこち亀などの
本を山ほど買って、喜々として寄宿。
6時半、台湾第一と折り紙付きらしいレストラン『馥園』。
李登輝元総統お気に入りだったという店。
明朝時代をイメージした建物の中に通され、大きな丸テーブル
に全員がついて、台湾ビールでまず、乾杯。
料理、それぞれおいしい。台湾料理をフレンチの形式で
食べさせるのがこの店の特徴らしい。ことに、青豆のスープ
(燕の巣入り)が斬新な味だった。
途中で琵琶の演奏があり、演奏してくれたお姉さんがまた美人。
食べ終って、清朝の王族が座ったという椅子で記念撮影。
そこから、マッサージ班とビヤホール班に別れて、
台湾マッサージの店へ。床屋にあるような寝椅子に寝巻に
着替えて寝かされる。
「足裏と全身マッサージ、合セルカ?」
と訊かれたので当然合せ、さらに手足の爪磨きもオプション
でつけ、さらに顔面マッサージもつける。
そうすると、コースが90分で大体とっているのに、
みんなより帰りが遅れるのでは、と思ったが、これが日本と
まったく違って、コースを増やすと、一人のマッサージ師さん
が全部をじゅんぐりにやってくれるのではなく、
それぞれの担当がついて、いっぺんに施術してくれる。
つまり、私の担当には足裏、全身、爪磨き、顔面と、4人の
マッサージ師さんが私の体を取り囲み、いっぺんにこれらを
行うのである。何やら実験動物になった気分である。
一個々々の施術は気持ち良いのだが、それをいっぺんに
やられるとなると。
顔面は、ニキビ取り用具で毛穴を搾られ、
「ホラホラ、こんなにトレタ」
と、ティッシュに染みた脂を見せてくれる。
日本だとこういう悪趣味なことはしないだろう。
その悪趣味がサービスになること、面白し。
爪磨きは、足の爪がさっきホテルでいやに伸びてしまって
いたのでついでに切ってくれるなら、と頼んだのだが、
乱暴にチョキチョキ爪をつまれるのがちょっと怖かったが、
甘皮まで除去してくれて、さわってみろと言われさわると、
気味が悪いくらいツルツル。
マッサージも最初は痛かったが、日本のそれとはまったく異なる
もみほぐされ方に次第に思考停止状態になり、肉体を自分のもので
なく、他人にゆだねていいようにされるという快感に酔うように
なっていく。90分があっという間だった。
これは、これだけのために来台する価値あるかも。
ホテルに帰りついたのが11時半過ぎ。
考えて見れば今日は朝から睡眠不足だったのに、少しも
眠れなかった。やっとベッドに潜り込んで、
すぐにグー。