14日
水曜日
肉と猫と蕎麦、の記
朝7時起床。入浴してまた寝転がってだらだら。この体力落ちている時期に明後日から公演というのもなんだが、公演中は遠出の予定や重なる打ち合わせなどは当然入れてないわけだから、むしろ休めるかも、と思う。
9時朝食。ブドウ、リンゴ、コーンスープ。明日から母は真琴の結婚式でアメリカ。日記つけ、メール連絡など。今日は『Memo・男の部屋』の取材で新橋のあら皮なので、昼は抜く。
2時、タクシーで新橋三丁目の日比谷パークホテルに。日比谷パークホテルなどというからどんなホテルかと思えばビジネスホテル。担当Mさん、ムック自体の企画者Iさん、カメラマンYさん、それにK子と揃っていた。K子、ちょっと興奮気味。
「あら皮の近くなのに牛丼屋があるのよーッ」
などとわめいている。ざっと打ち合わせして向かう。高級ステーキと言えば田村町あら皮、と代名詞みたいに言われているが、そんな店が昭和の香りただよう雑居ビルの地下食堂街みたいな中にあるのが凄い。
ランチ終わって夕方からの営業が始まるまでの間にお邪魔。社長のK氏、その他スタッフの方々に挨拶。厨房の中にすでにどん、と置かれている三田牛のロースのかたまり20キロを、中に入れてもらってしげしげと眺める。熟成(このあら皮では“なじむ”と称する)が進んで、おいしいハムのような香りがあたりにただよっている。
開店以来39年使っているという窯の前には、肉を置くまないたと、肉切り包丁、筋などを切り取る小包丁、窯に入れる肉を刺す串、それに塩と胡椒の瓶、プラスチック製の秤と、まあこれだけしかない。窯の他は、ひたすら素材である肉だけが存在感持って鎮座している。やがてその肉を肉きり包丁でサクっと切る。赤身と脂がまざった、赤い大理石のような切断面の美しさにしばし陶然。そしてそれを窯に入れ、こちらが驚くほどの早さで取り出す。窯の中からはもうもうたる煙。脂がよほど滴り落ちているのだろう。すぐ取り出すのは、焼き加減を見るためと、脂に火がつくのを防ぐため。煙は肉を軽くスモークするために必要だが、火で焦がしてしまってはいけないのだという。
事前の話では二、三回取り出して焼き加減を見るということだったが、今回は四、五度は取り出していた。そこらで席の方に移動。K社長の話は哲学的というか宗教的というか、すでに40年肉を扱っていると、自分が肉と一体化するというか、心底牛肉を、ステーキを愛しているという風であり、一種感動を覚える。
「おいしい、自分が惚れた牛に出会うと、心が瞬間に伝わるんです。自分が惚れるばかりじゃない。向こうもこっちを見つめて惚れてくるんです」
……“自分を食べて”と言う心を牛(三歳の処女牛)が持つということになると、これは究極の愛である。誰か小説に書かないか。
皿に置かれた、芸術品のような肉にナイフを入れる。さくっという、焼けた表面のかすかな抵抗と、やがて現れる、赤いゼリーの固まりのような、ほとんど生の状態の肉。……ここから先は刊行されたムックを読んでいただきたい。本来は御予算から言って、肉の他に金をかけられず、ワインも一番安いものを、ということだったが、K社長が
「一番おいしい肉(この肉は品評会で一位をとった肉を最初の取材時にキープしておいたもの)には、一番合うワインを飲んでいただきたい」
という要望で、一本提供してくれたもの。渋みが肉の脂の染み渡った口の中を洗い流してくれる。私らだけ食べるのはやはり罪悪感なので、切り分けてもらい、カメラマン氏、編集の女性二人にもお裾分け。K子が
「来世は牛になって食べられてもいい」
と漏らした。
取材終わり、タクシーで渋谷。さすがに夏バテの体にあれだけの肉は少しもたれる。今日は6時からまた大事な打ち合わせなので、パルコ前で降りてタントンに駆け込む。先生がもみながら
「今日はまた変わった凝り方ですね、仕事の凝りですか?」
と訊いてきた。
「いや、今日のこれは“肉凝り”です」
と(笑)。
1時間揉んでもらい、その足で時間割。イマジカSくん、Wさん、エースデュースK氏、ウッド(編集プロダクション)の人、それと六花マネ。10月に入っての予定を組み、特典映像収録と、紙芝居撮影、編集のダンドリをざっと組む。それからSくん、Wさんを相手に、このDVDの宣伝法について。私があちこちに顔を出したり、また出演したりすることになると思うが、20年くらい前から、監督が露出しない映画はヒットしないという原則が出来ていると思うので、それはどんなところでも。
さらに、この紙芝居DVDをもとに広げていく“次の企画”につき、その構想を話す。すでに書かれた企画書を読み上げるかの如き自分の名調子(?)にちょっと酔う。
「その線でだいぶ見えてきました。企画書まとめましょう」
ということになる。
肉、食ってセイつけただけのことはあったか。六花マネと東武ホテルで少しスケジュール調整打ち合わせ、仕事場に帰り、FRIDAY四コマネタ三つ、書いてメール。
鶴岡から電話、ちょっと話して出る。9時半。なにしろ昼が昼なので滅多なものを食べられず。麻布十番の川上庵にひさしぶりに行き、冷や奴、野沢菜、刺身湯葉など。突き出しの板わさがうれしかったりする。日本酒とそば一枚。胃に滞留していた肉の脂が流されてさわやかになった。このままだと消化の方に全部血が行って、眠れないところ。
この店、以前は蕎麦はうまいが他の料理はちょっと、だったのだが料理、ちょっと見違え(食べ違え)た感じ。