裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

木曜日

永楽帝ブラック

 マンコウ貿易。朝の夢、貸本マンガ、というよりさらに時代の古い描き版の赤本マンガの絵柄で見る。福祉の意欲に燃える青年が、巨万の富を持つが自分でため込むばかりの世界的科学者を殺害し、自ら老化薬を飲んでその科学者に化け、学会から引退して後の人生を貧しい人々に尽くす、と宣言する。しかし、その青年には美しい恋人がいて……てな話。起床入浴如例。朝食、コンビーフとキャベツの炒め物。その前にタマネギ皮スープ。健康のためにマズいものを飲む、というのが案外好きなタイプで あるが、なるほどこれはマズい。

 家を出る前にK子と通勤問答。K子は、地下鉄乗り継げば歩く時間を含めて30分で仕事場に行けるのに、バスで40分もかかるのはムダだ、という。私は、しかし地下鉄乗り継いで400円もかかる方がムダだ、と言う。で、今日は休日ダイヤの27分のバスに乗ったのだが、休日であまり乗客がいないので、飛ばす飛ばす。25分で 放送センター前に着いてしまった。時間調整とか、いいのか?

 アムウェイ前、やたらたくさんの人が集っている。観光バスを仕立てて田舎から会員が上京してきているらしい。バスに“ドームツアー”とか書いているから、講習の後巨人戦でも見に行くんであろう。仕事場着。日記などやや、のんびりとつける。連休初日だし、編集部からの連絡とかもないだろうと思っていたら、小学館『週刊ポス ト』から書評原稿一本依頼アリ。みんな休日返上で働いているんだなあ。

 笹公人さんからと学会東京大会パンフに掲載する短歌5首、送られてくる。パンフ編集も急がないと。と学会員で中国語の専門であるA先生から、昨日のトリビアの泉のネタについてツッコミあり。“中国にはにゃんにゃんという神様がいる”というトリビアであるが、中国語で“にゃん”は娘を意味する、という説明があった。正しくは娘(にゃん)は中国語で“お母さん、おっかさん”を意味し、それだから子供を授ける女神への親しみを込めた尊称になると。まことに尤も。スタッフにメールしようかと思ったが、これまでもそういう具申、ひとつも取り上げてくれたことがない番組だしなあ。あの番組のスーパーバイザーという肩書きは、“ネタ元”以上の意味を有 しないのである。

 日記つけて弁当、塩サバ焼きと卵焼き。そろそろ発酵茶が切れる。買ってこないといけない。本の資料にと、イラク人質事件関係で論争が起きたあたりの掲示板をいくつか回るが、残念ながら大体ステロタイプのネット論争パターンで、あまり論点が明確になったところはないような印象。もう少し探してみたい。全然関係ないが、某所で山形浩生氏が、パリ行きの飛行機の中で観た映画として、『ペイチェック』『ビッグフィッシュ』『ラブ・アクチュアリー』『大魔神』『アルマゲドン』の5本を挙げていた。他のはともかく『大魔神』てのが凄い。こういう映画を国際線の、しかもパリ−東京間の機内で上映するのですか。誰が選んでいるのだろう。これを観たフランス人の感想が聞きたいものである。ちなみに山形先生は『大魔神』を“初めて通しで見たのだけど素晴らしい”と絶賛。『アルマゲドン』はそれにひきかえ“頭痛もの。 ひでえ”とのこと。まあ、どなたに聞いてもまず、そんなとこかと。

 3時半、家を出て、東急本店にて買い物少しして、タクシーで新宿へ。紀伊國屋本店4F紀伊國屋ホールにて、明日の舞台作り中のうわの空藤志郎劇団に、と学会のチラシを渡して、折り込みをお願いしておく。受付のベギちゃん、ちゃんと(やっと、か)妊婦の体型になっていた。差し入れのケーキなどを渡す。“見ていきますか?”と言うので、舞台設営の様子、ちょっとのぞかせてもらう。小劇団のこととで、役者さんはじめスタッフ総出でトンカチトンカチの最中。ティーチャ佐川氏まで、半ズボ ン姿で走り回っていた。私のことを知らないスタッフに小栗由加曰く、
「こないだ蛇を御馳走になった先生でーす」
 と。ナニモノかと思ったろうね、みんな。しばらく眺めていたが、こういう、みんなでものを一から作っていくという集団作業、集団芸術の魔力をどーん、と感じ、少し、いや、正直に言うとムチャクチャにうらやましくなる。モノカキなんて個人営業は、所詮地味仕事で、舞台の華やかさに比べれば……とひがんでしまう。昔、舞台に関係していたときには、その集団作業のややこしさに疲れ果てて、個人営業がなによ り、とペンの世界に逃げた身のくせに。

 また受付に戻り、ベギちゃんにプログラムの原稿見せてもらう。この劇団プログラムには演出補の土田さんによる出演者の似顔絵(これが毎回傑作)が添えられるのだが、今回、一応“スーパーバイザー”という肩書きで参加させてもらっているご縁で私の顔も描かれている。ベギちゃんが“いやあ、似てる! リアルなカラサワさんの顔としては今までの中で最高!”と絶賛。私個人としては、“オレって、こんなおじ さんかねえ”という感じなのだが、それでもかなり嬉しい。

 では明日の初日、ガンバってね、と別れてちょっと新宿サブナードを歩く。『伊太利亜市場B・A・R』という店で、イタリアから直輸入! と宣伝していたのが、モツェレラ・チーズのひとくちサイズのもので、その名も“ボッコンチーニ”。ネラッたんじゃないだろうな。福家書店で『黒のトリビア』(新潮文庫)という本を発見。冒頭、連続殺人や自殺、検死解剖などに関するトリビアが書かれていて、しまった、やられた(似たような企画を立てていた)と思ったのだが、二章目以降はもうネタが尽きたか、白バイはもと赤バイだったというような単なる警察ネタトリビアになる。根性がない。この店、女流エッセイの棚があるのだが、その最上段に並んでいるのが 美輪明宏の本。

 新宿ジョイシネマで『キル・ビルVOL.2』を観る。場内はほぼ満席の入り。前後編に分けたというだけで何故か烈火の如く怒った福田和也が“コケろ”と週刊新潮で罵っていたことは1のときに紹介した。福田氏には気の毒だが、大方の観客は大喜びしたようだ。だいたい、面白いものの数が増えるのなら単純に喜ぶのが正常な映画ファンでしょう。ひょっとして、あれは“前半だけでは評論しにくいじゃないか!” という、仕事上の怒りだったのだろうか。

 で、今回のVOL.2は、1のファンの間では評価が別れる、というのがこれも、公開以来の大方の趨勢のようである。すごく“まとも”なのだ。1のような、どマニアックでパンキッシュでカラフルでむちゃくちゃにポップでリズミカルでスプラッタで、という映像を期待していくと、肩すかしを食わせられる。今回、最初に主人公のブライドが狙うのはマイケル・マドセン演じる“サイドワインダー”だが、このキャラクターも、1のルーシー・リューなどに比べるとずいぶん地味なキャラクターであり、うらぶれて今は客のまったくいない荒野のストリップ・クラブの用心棒をして、そこもクビになりかけているという設定である。実は殺し屋としての腕はまだ衰えておらず、ブライドを返り討ちにしてしまうほどの猛者ではあるのだが、その戦いも、一般のアクション映画の一シーンとして観て、全く違和感を感じないきちんとした作りになっている。……面白いのだが物足りない、と思う人も多かろう。

 しかし、私はこのVOL.2の方に、より、タランティーノの美学と狂気を感じた気がした。周囲のワクをきちんと丁寧に作っているが故に、そこの中で、ひょい、と持ち出される、キャラクターたちの“ヘンさ”が際だつのである。ブライドを生き埋めにしようとしてマドセンが墓穴を掘らせる男がやたら小男だったり、彼女の結婚式のときのダンドリを説明する牧師が意味もなくマザコンだったり(ちなみに、この牧師をさりげなく演じているのが、『ブレーキング・ポイント』『復活の日』のボー・スヴェンソンなのには参った!)、4歳の女の子が母親と一緒に見ようとせがむビデオが『子連れ狼』だったり、また、ダリル・ハンナが、自分の仕掛けた毒蛇の毒で苦しみもがく男の前で、その毒蛇の特性についてのメモを執拗に読み上げる芝居もキていることこの上ない。つまり、タランティーノ世界の時空のゆがみを、前作はその時空そのものの中に入り込んだ視点で描き、今回は、通常の世界の中で、そこかしこに漏れだしている(中盤の900歳の老師パイ・メイの登場場面は漏れ出すどころかダダ漏れであるが)狂気を舐めるように味わう作品になっているのだ。映画のラスボスたるビルがこともあろうに、自分の命を狙いにきた元愛人の前で、最近日本でゾロゾロ出てきている高等マンガ評論家もどきの、スーパーマンとバットマンの精神性の差について講釈をタレはじめるあたりの馬鹿馬鹿しさ加減は最高で、ヒーヒー言って私 は映画館の椅子の中で身をよじってしまった。

 1に続き映画からの引用も相変わらず多々で、それらの元ネタ指摘は町山智洋や柳下毅一郎氏にまかせた方がいいだろうが、あの、ブライドの墓場からの脱出シーン、棺桶を突き破った彼女が、地上へともの凄いスピードで上がっていくってのは、あれはひょっとして『ゴジラ対メガロ』の、メガロの出撃シーンか? まあ、ダリル・ハンナの最後が『海のトリトン』のレハールのやられるシーンからのインスパイア、ということはさすがに(いかにタランティーノが日本アニメオタクでも)ないと思うけれど。とにかく、観ていて、妙に“映画的に”居心地のいい、そんな感じの作品だっ た。大いに満足。

 見終わって丸の内線で帰宅、今日の晩飯は魚づくしで、スーパーで安かったという稚ダイの兜蒸し、身の方の塩焼き、それから四谷の『まさ吉』のイワシしそ揚げをうちの母風にアレンジした、塩サバのしそ揚げ。イワシよりサッパリしていてこれは意外な美味。あと、○寅からいただいたタケノコの、最後の残りのワカメとの炊き合わせに、庭に植えた山椒の木の芽をちぎって。庭の山椒の木の芽、などというと風流だが、なに、今日買ってきた鉢植えからちぎったもの。酒の方はビール、日本酒、焼酎と順次。DVDで『アタックNO.1』。第五話『鬼コーチへの挑戦』。ハンサムな本郷先生が、こずえとみどりとの対立でバレー部が空中分解することを懸念し、自らコーチに志願して(それまでいなかったのか)、部員をしごき抜く。憎まれ役を演じるわけだが、その笑い声(仲村秀生・演)がまさにアニメ悪役の笑い声そのままで、見ていると、その顔と声とのギャップがスゴい。

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