裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

日曜日

不謹慎の国のアリス

“まあ”とアリスは思いました。“早く焼き殺してしまえば、みんなスッキリするのに”。朝、スーパーヒーローが登場して活躍する夢を見る。そのヒーローの名前が、“変な顔X”。入浴歯磨如例。7時半朝食。クルミとスナックエンドウのサラダ、ゴマパン、それに豆腐とトクサノリの味噌汁。いつもコンソメだと飽きるから、たまには変化球で、とは母の言。パンと味噌汁は実際、よくあう。ただし、本当はこのごろ 食べているようなパンではなく、バタを塗ったトーストとが一番。

 今日も杉山公園から渋谷行きバス。27分(日曜ダイヤ)のものに乗って、スイスイと幡ヶ谷経由で行き、8時55分には渋谷着。ただし、これは道路が空いている日曜だからであって、せまい通りを中心に通るこの路線でラッシュになったら、かなり時間がかかるであろう。放送センター前で降りて、アムウェイの入り口前を通ると、まだ開館前の入り口のところに、若い男女が十人ほどタムロしている。本社ビルを、揃って“大きいなア”みたいな感じで見上げているのは、たぶん、休日を利用して深夜バスなどで地方を出て早朝に東京に着き、これからアムウェイの講習を受けようと いう連中であろう。

 イラク人質事件、みんな大騒ぎだが、私は政府が“自衛隊撤退はしません”と表明した段階で、表向きではそれほど大騒ぎする必要のない、平凡なニュースになったと思う。なにせ、向こうは戦場である。殺し殺され殺(や)り殺られなんてことは日常茶飯事で、しかも特Aクラスの危険地域として渡航自粛を何度も警告している。あの三人はそれを承知で出かけていった人間である。政府は今回の件では、根本的な部分での落度が何もない。方針が決まった段階で、この後は単なる邦人誘拐事件として各部署が専門的に処理すればよろしい。やたら騒いでいるのはイラク問題プロパーの、いわば向こうでの事件がメシのタネの連中(勝谷誠彦とか)と、あとはあの人質たちやその家族のイタタタぶりに興味があったり、自作自演情報を追いかけたりする裏モノ趣味の人たち(まあ、私もその一人だが)の範疇たるB級事件。

 12時半に家を出て有楽町。1時45分の待ち合わせに、少し早く着きすぎたので山野楽器あたりをブラつく。マリオンに戻り、落語会の看板などを眺めていたら、丁度そこにいた開田夫妻に、“田舎者が上京して、大きいなアって感心してビルを眺めているみたいだよ”と言われる。あのアムウェイの若者たちみたいに見えたか。

 11階にエレベーターで上がる。先日白山先生の誕生会をやった朝日ホールにて、『クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ』試写。快楽亭のおかみさん、入り口近くで待っていてくれて、招待状で入らせてくれる。今日は親子連れ用試写で、それ故に日曜にやるのだが、見ると案外ギョウカイジンぽいネクタイ族もいる。開田さんに訊くと、しんちゃん映画はいつも完成がギリギリになるので業界用試写をそう何度も行えず、こういう大規模試写に入れ込みにして収めようとするのだ ろう、とのこと。

 秀次郎がすでに席をとっていてくれたので、お土産にと、『ウルトラマンクロニクル』シリーズのダブりものセットをあげる。おかみさんの話では、この作品の水島監督がこのあいだ、“ブラック師匠はカラサワシュンイチさんとお友達なんですよね?ぜひ、お会いしたいんですが、自分からだと何か怖くて言い出せないんで、今度紹介してください”と言っていた、とのこと。うーむ、やはり“怖い”と思われているのか、と苦笑。優しくこそないが優柔不断な、ただの毒舌男なので監督、怖がらずに声 をかけてきてください。

 上映前に、テレビ朝日のアナウンス部のお姉ちゃんが台本丸読みで司会を務め、しんちゃんたちのぬいぐるみが登場して小コントみたいなことをやる。声優さんたちも登場して挨拶。みんな、地声と役の声を使い分けたり、ギャグを飛ばしたりしてウケをとっていたが、ひろし役の藤原啓治だけはそういうのが苦手らしく、普通の声でご く短く挨拶したのみ。こういうのもよし。

 さて、でこの『カスカベボーイズ』であるが、日本の子供アニメの概念をある意味書き換えた原恵一監督の『オトナ帝国』と『戦国大合戦』の後を引き継いだ水島監督の前作『嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード』は、本卦返りというか、純粋子供アニメとしてのスラップスティックの、王道作品であった。ああ、あの二作を突然変異的作品として、これからはずっとこういう感じでまた、やっていくんだろうな、商業的には当然そういくのが正解だろうなあ、と思っていたんだが、なんと監督二作目にしてまたまた方向大転換の、オトナ向け路線に戻ってきてしまった。オトナとしては非常に嬉しいが、いいのか、本当に? と、ちょっと素直になれずオドオドしてしまうところである(以下、例によりネタバレあり。また行換えをせず固めて書くからそこを 飛ばすこと)。

 路地の裏に、ぽつんと取り残された、閉館になった名画座『カスカベ座』。遊んでいて(この遊んでいるときのみんなの台詞がまた、ヤバいヤバい)そこに入り込んでしまったしんちゃんたちは、誰もいない映画館の中で、スクリーンに、どことも知れない荒野の情景が、ただ映し出されているのを見る……というのが発端。ああ、快楽亭がこの作品を“『オトナ帝国』以来の傑作”と呼んで大ハマリしてしまったのもムリはない、と思った。私や快楽亭のような青春を送った者には、涙なしでは見ることの出来ぬ、“名画座のスクリーンの中に入りこんでしまった者たちの物語”なのだ。『オトナ帝国の逆襲』が賛否両論別れたのは、テーマがテーマだけに、どうしてもひろしの活躍や台詞の方に力点がおかれ、しんちゃんがサブになってしまったことが原因であった。その轍を踏まないために、今回、水島監督は、例え舞台を西部劇の世界に置いても、主役をあくまでしんちゃんとねねちゃんたちカスカベボーイズに限定して、子供の目線を守っている。西部劇ファンをねらったお遊びはお遊びとして、本質的な部分はなんとか家に帰りたい、という思いをモチベーションとしたしんのすけたちのスラップスティック的大活躍。太陽までが運行を止めたこの世界を、ラストシーンまで引っ張るのは、オケガワ博士の発明した秘密のパンツを履いた、五人のカスカベボーイズなのであった。ファイヤー! お遊びも、ざっと見た限りではそれほど悪凝りしているようなもの(最初に出てくるチンピラ悪党がクラウス・キンスキーというのが一番マニアックか)はないので、普通にテレビで西部劇を見ている人なら大体わかる。みさえが凄まじいメイクをして『帰らざる河』のモンローばりにギター抱えて(でも、なぜかコスチュームは『七年目の浮気』)歌うシーンには大爆笑した。しかしながら、“ここまで凝ったが故に”逆にゲスト声優には不満あり。ジョン・ウェイン役が小林清志はないでしょう。ことに、ちゃんとジェームズ・コバーンが別の場所でカメオ出演しているんだから。……もっとも、小林昭二は亡くなっているし、納谷悟郎は『CASSHERN』のオープニングのナレーションであちゃあと思ったくらいモニョモニョになっちゃっているし、仕方ないのかも知れない。納谷氏の場合、実弟の六郎氏がよく、兄貴の代演をやっていたようなのでそっちで出来なかったもんかしら、と思う。他は『荒野の七人』の吹き替えキャストのうち、ブリンナーの小林修、マックイーンの内海賢治、ブロンソンの大塚周夫を揃えるというゼイタクぶり。どうせなら、小林清志含め、デクスターの森山周一郎、ボーンの矢島正明、ブッフホルツの井上真樹夫と、勢揃いさせてもらいたかったが、そうなると声優だけで予算がオーバーしてしまうかも。あと、ラストでゲストヒロインのつばきちゃんが、いったい誰だったのか、もっとすっきりわからせてくれるかと思っていたのだが……。

 ともあれ、大満足で見終わって、オミヤゲを声優さんたちが手渡してくれている列に45になって並んで、貰ってくる。エレベーターの中で、“敵がアメリカ人で名前が「ジャスティス」で、日本人たちに労働を強制させるってのは、監督の、今のアメリカに対する皮肉だよね”と開田さんと話していたら、一緒にエレベーターに乗って いた中年男性が、アッと言う表情で、
「ああっ、アレはブッシュだったのかあ!」
 と声をあげたのに驚いた。そんなに意外でありましたか? で、外へ出るとNGOの連中が“人質を殺すな、自衛隊撤退!”とビラまき。“小泉首相は、人質解放協力をアメリカに求めるという、最悪の決断を下しました!”と、拡声器でガナっているが、ほとんどの通行人はビラも受け取らず、カラ回りの模様。言っていることの是非はともかく、今日びにおいて街頭での拡声器によるガナり活動は、共同体参加意識が薄れ、個人主義の進んだ現在の日本ことに東京において、すでに国民へのアピール力をほとんど失っていることにいい加減、右も左も気がついた方がいい。いや、双方、気はついていても、一種の陶酔感でやめられないのか。路上のバンド演奏とあれは同 じなんであるな。

 おかみさんと秀次郎と、銀座のドイツビアガーデン『ケテル』で映画観た後のダベり。アルトビールにウインナーソーセージ。おかみさんは“今晩、焼肉なので”と、ビールのみ。お、『ヤキニクロード』ですな。秀次郎は私のあげたウルトラマンクロニクルがお気に召したようで、組み立ててずらり並べていた。あやさんが“今回のしんちゃんには定番のオカマが出てこなかった”というので、“マイク水野(いや、劇中ではただのマイクって名前でしたが)が出てたじゃないの!”と言うと“ああっ、あれでオカマOK?”と。あと、オケガワ博士のモデルがいったい誰なのか、これが よくわからぬと開田さんと話す。

 4時半、店を出て地下鉄乗り継いで帰宅。ビール効いていてややだるく、だらだらと資料本読んだりして過ごす。7時15分、バスで帰宅、8時家に着く。驚いたことにもう酒宴始まっていた。今日の客のモモさん、S山さん、あのつくんと、三人とも早く着いてしまったのだそうな。あと一人QPさんが遅れている。いろいろ遅れた理由を推理するが、予想した通り、マンションに着いたはいいが、部屋番号を忘れて、 マンションの前で立ち往生していた。

 カラサワ食堂、今日のメニューは冷しゃぶサラダ、豆のアスピック、鶏のホイル焼き、ピータンサラダ、焼きそば、芙蓉蟹(QPさん持参の烏骨鶏卵使用)、わんこ蕎麦、それにおこげ料理。おこげは唐沢家風に、ジャッと汁を上からかけるのでなく、揚げたおこげを個別にとって、自分の小鉢の中のスープにひたして食べる。そうすれば、あとからでもほとびてベトベトにならないおこげが食べられる。S山さん持参の酒と焼酎が実に旨く(酒が燗酒用というのがまたうれしい)、モモさん持参のワインも結構で、どんどんすすむ。イラク人質の自作自演説の真偽から、友人が宗教勧誘してきたときの対処の仕方(S山さんは、“とりあえず殴ってみる”派だそうである。“とりあえず”がいい)まで、多岐にわたること。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa