裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

金曜日

クェンティン小僧タラ之助

 浜の真砂とキルビルが、映画に残せしオタネタの、タネは尽きねえ前後編。明け方四時半に見た夢。自分がお色気ビデオ業界人で、作ったビデオをビデ倫に提出。同業者二人も同時に提出したのだが、私のはスンナリ通り、二人のは引っかかってボツとなる。鼻高々で、商品としてエロを売るには、と嫌味な説教を二人にして嫌われるというもの。ヘンな夢を見た、とまた寝ると、今度はミステリものの夢を見る。瀬戸内海みたいな小島の浮かぶ海で殺された子供の遺品である鉄人28号のオモチャが、土地の漁師に“ここらへんは一旦海に沈むと底の潮流のせいで絶対浮かびあがらない”と言われていたにもかかわらず浮かび上がり、そのことが元で海底火山の噴火が予知できて、大勢の人が助かるが、事件はウヤムヤになってしまう。刑事が、“これだけの人々が助かったのは、殺人犯のおかげなのか?”と悩む、というもの。

 6時45分起床。入浴、体質水飲み、食事。黒豆サラダ、野菜コンソメ煮、服薬ひと通り。新聞に大きく、イラクで邦人3人が人質との報。また外務省関係か、と思って記事をよく読んでみると、絵本作家、高校出たての18歳、それからフリーカメラマンという民間人とやら。呆れる。これは言ってみれば自業自得で、自分たちの生命を自分たちの責任において危険にさらした結果に過ぎぬ。政府はイラク戦争開始以降繰り返し々々、現在のイラクへの入国は危険極まりない、自粛してほしい、と警告を発している。彼らはそれを無視して勝手な行動をして勝手につかまっただけのことであって、それで政府が引っかき回されるのはハタ迷惑意外の何物でもなかろう。記事をなお続けて読むと、首相はじめ政府も、犯人の要求に従って自衛隊を撤退させるつもりはないようで、まず冷静な反応。まず、以前のダッカ事件などのときに比べ、政 府も国際常識をわきまえたようだ。小泉首相、バカではない。

 オタク的にはまず、思い出すのは『ガメラ対深海怪獣ジグラ』である。あの映画では、やはり勝手な行動をとった子供二人とその親の(ここらへん、記憶あやふや)計4人が宇宙人につかまり、悪の宇宙人はその4人の人質をタテに(!)地球に降伏を要求する。すると地球防衛軍の隊長は、“降伏するしかないでしょう”と、たった4人と引き替えに地球をあけわたす決心をしてしまうんである。オタク的推理ではこの犯人グループは40歳代の引きこもり怪獣映画マニアで、世間を知らないため、日本人というのは3人とか4人の人質の命と引き替えに降伏するもの、とあの映画を観た印象で思いこんでいたのではないか、とアホなことを考える。……いや、しかしアホと言うが、こんなチャチなストーリィの映画になったのも、大映がすでにこのとき倒産間際で、金がとにかくかけられず、スケールの大きい映像を撮れなかったせいである。イラクのテロリストが、大規模な建物占拠などではなく、こんな、たった数人の人質をタテに一国の軍隊の撤退を迫るような実現性の乏しいチャチな計画をせざるを得ないのも、すでにテロリストたちの資金ルートがずたずたになっていて、系統だった動きがとれなくなっているためと考えられるのである。怪獣映画からだって、世界 情勢を読むことは出来るのだ。

 弁当貰って出勤、バス19分か22分の筈が遅れに遅れて30分。仕事場到着9時25分。たまっているゲラ直し類をしばらく片づける作業に没頭。メールチェックするが、ウイルスメール、相変わらず多々。これまではアヤシゲな英語のメールばかり だったが、今日はなんと、漢字のウイルスが来た。
「栖徭利叟窒継喨?hongfei@126.com議徭強指 」
 というヤツである。いよいよ中国からも来たか、と一瞬思う。

 ニュース続報をテレビで見る。助かって欲しい、とは切に願うものの、やっぱりこの人質たち、同情できない。ましてあの北海道の家族。私の言うこっちゃないとは思うが、少しは“公”という精神を持て、と古いことのひとつも言いたくなる。福田官房長官の、情に一切ホダされない態度というかモノイイというかが印象的だが、この人は親父の赳夫が、ダッカ・ハイジャック事件で“人間の命は地球より重い”とテロリストの要求をのみ、政治家としての国際的評価を一気に下げた痛い経験を見てトラウマとしているはずである。その轍は踏むまい、と決意しているのだろう。

 朝日新聞とメール。天下の大朝日と、こういう事件の起こったときに交わすメールが“萌え”のこと、というのが実に結構。講談社とメール。Web現代新連載の件について。12時半、弁当。シャケ粕漬けとキンピラ。食べながら東京かわら版発行の『寄席芸人年鑑』2004年版をパラパラめくっていたら、“2003年に出版された演芸本”のコーナーに、竹書房の官能小説オムニバス『狂艶』が取り上げられてい たのに驚く。
「中に落語を題材にした『タレきどり』(開田あや)がある。若手落語家の追っかけOLが、“あたし、今夜、カかれたいわ”ってな話」
 という、それだけの解説だが、これは官能クラブパティオであやさんが談之助さんの指導を仰いでいた作品。博捜というか、凄いところまでチェックしているなあ、と ちょっと呆れるというか、感心したというか。

 食後の散歩にと東急ハンズまで出て、カバンの肩掛けベルトのすべり止めと、蛍光マーカー(太田出版のゲラのチェックに使うため)を買う。蛍光マーカーなるものを買ったのは受験勉強のとき以来かも知れない。その他しばらく店を回って帰宅、日記メモつけ。昨日の『キューティーハニー』評の中の“見守るしか出来ないもどかしさの快感”の男女逆転バージョンは、市川実日子とその部下の男性刑事二人のやりとりに最もよく表れていた、と記憶を新たにする。サトエリより彼女の方がずっと印象に残ったのはそのためであろう。

 6時45分、新宿に出て西武新宿線駅でK子と待ち合わせ。今日は快楽亭の勧める沼袋の寿司屋『中乃見家』での会食。この路線くらい、新宿からホンの数駅しか離れないのに“郊外”“私鉄沿線”という雰囲気を味わえる路線はないと思う。沼袋は快楽亭が結婚前に一時住んでいたところで、いきつけの銭湯がまだあるとかで、駅では奥さんが一人で待っていた。秀次郎と快楽亭はその銭湯に行っているそうである。

 開田さん夫婦を少し待ち、そろって商店街を通り、中乃見家へ。ちょうど風呂上がりのツヤツヤした顔の快楽亭・秀次郎親子と合流。“湯上がりの男”と言えば圓楽サンのキャッチフレーズではないですか、と、ロートルの『笑点』ファンにしかわから ないツッコミをお約束で。

 まずはホタルイカ、酒蒸しのタコ、まぐろのおつまみで乾杯。開田さんはモゲさんの葬儀に昼間、参列してきた由。私の名前の花も飾られていたと確認。43歳、まだまだ若いなあ、と改めて。開田さんはこないだの日記の『CASSHERN』評が面白かったと褒めてくれる。そこから『キューティーハニー』ばなし、あやさんには、例の寄席演芸年鑑のことを教えてあげたら、エーッ、あの作品、どこからも反響がないんで悲しがっていたのに、と驚いていた。快楽亭とは歌舞伎ばなし、『弁天小僧』を立川流でやれば誰をアテるか、というようなお遊び。弁天小僧は細面でなきゃいけないから左談次か談之助、番頭は土橋亭里う馬が番頭面、鳶の頭が談春で、小僧はやはり風吉、玉島逸当は押し出しでぜん馬かナ、というのが快楽亭の見立て。私が、いや、押し出しなら快楽亭も充分逸当できますよ、それにその顔で日本駄右衛門、というのはウケますぜ、小僧も秀次郎にすりゃアいい、お茶をひっかけられて泣きながら下がるところは美少年じゃなきゃ、などと、世界情勢忘れた太平の逸民の駄話の楽しさよ。風吉、昇輔、昇太など小さい噺家集めて『ロード・オブ・ザ・リング』をやれないか、などとヒドい見立ても。シカ芝居指輪物語。

 快楽亭が『オトナ帝国』に匹敵、と大推薦の新作クレヨンしんちゃん、おかみさんと秀次郎が日曜に行く試写の券があまっているというので、開田夫妻と一緒にお相伴にあずかることになる。わが映画日記も充実することである。で、肝心の寿司であるが、これまで食べたどこの寿司ともまた違った、実に結構なものであった。紫をネタに塗って出す方式はあまり好みではないのだが、少し甘めのその下地が焼酎にはむしろあう。ネタがとにかく新鮮で、かつ、サビがそのたびごとにおろしたものを使用していて、きくこときくこと。この次はK子には徹底してサビを少なく、と注文しなければなるまい。いちいち、サビの部分を箸でつまんでゲタのわきに置いていたのが、しまいにはそれで一個握りが出来るくらいにたまっていた。お勘定、快楽亭一家への 御礼として、酒代だけ出させてもらう。

 帰宅、まだ早かったのでメールなど見る。のざわよしのりくんから送られたメールで、告別式参列者に説明されたモゲさんの死因の詳細を知る。彼は銀座の写真現像所に勤めていたのだが、口が狭く、中が広がっている現像液のタンクにフィルムを落としてしまい、口から身体を突っ込んで、フィルムを探している最中に落ちてしまったとのこと。現像液を落ちた衝撃で飲み込んでしまい、それで更にむせて、肺の中まで現像液が入ってしまったようだ。同僚が急いで引き上げようとしたが、タンクの入り口が狭いところに加えて、オタク的な巨体。一人では引き上げられず、レスキュー隊の到着を待って引き上げたものの、すでに手遅れだったとか。傷ましい事故なのではあるが、おおいくんものざわくんも奇しくも口を揃えていたように、どこか、モゲさんらしいと言える。責任感が強く、自分の失敗は自分でフォローしようとするところとか、にも関わらずドジであるところとか。泣くに泣けない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa