裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

土曜日

舞踏会の駝鳥

 誰だっ、こんなもの連れてきたのはっ! 朝、6時50分起床、肩凝りちょっとあり。入浴、歯磨、猫の水やり如例。朝食、ゴマパン、サラダ、野菜コンソメ。イラク人質事件、これまで(ほんの一年前まで)に比べ、日本の対応というものが政府も国民も含めて、だいぶ変化してきたんじゃないか? と新聞、テレビの類を見ながら思う。もちろん、“何が何でも彼らの命を助けて、これをいい機会に自衛隊撤退!”とかわめいている連中がまだ大部分だろうが、何か、これまでと違う。世界の現実、というものに戦後たぶん初めて日本が対峙しているさなかでの、彼らの行動の身勝手さとハタ迷惑さに、一般国民が薄々感づいてきたのではないか、という予感がする。

 そのキッカケになったのは、あの18歳の人質坊やの、ちょっと異様な目つきの悪さでであると思う。どう見たってフツーの目じゃない。宇宙人かと思ったくらいだ。どうも彼を含め、あの人質のうちの二人は明らかなプロ市民だったようで、ネットでは早くも、“自作自演だったのでは?”という疑惑が浮上している。まあ、怪説に過ぎぬとは思いたいが、こういう話にみんなが“何となく”納得してしまうのも、平和だ友好だ子供たちのためだという反論を許さぬ楯をふりかざして自分たちへの同調と協力を強制してきた彼らに、一般人が心の底のどこかで感じていたアヤシゲさが噴出 しはじめている証拠なのではないか。

 土曜は弁当ナシ。初めて杉山公園まで歩き、幡ヶ谷経由渋谷行きの京王バスを利用してみる。直前で見逃してしまい、次のバスまで10分チョイ待って、8時31分のやつ。通過時間を書き留めておく。しばらく両者を比較してみるつもり。

 仕事場着。藤沢在のファンのIさんから、以前お願いしておいたものが届いた。嬉しい々々。さっそくお礼のメール。あと、今月の社会派くん収録を月末で日取り調整する。月末どころか、この人質事件に関してはすぐにも実況でやりたいくらいであるが。談之助さんからは、6月12日の日本橋亭、18日の木馬亭が押さえられたという連絡。と学会東京大会(19日)の前夜祭に会場を探していたのだが、どうも今回の九段の会場は初めての場所でもあり、いろいろと準備が大変そうだ。前夜に別のイベントは少しムリなのでは、という声がある。12日がちょうど一週間前なので、で は前週祭ということにしましょう、と返信しておく。

 11時45分、外出。ハンズ方向に坂を下っていく途中に、大向小学校があり、そこの門の桜が、このあいだまで盛大に花びらを散らしていた。今日見ると、すでに若緑色の葉が出そろっている。ハンズ前の通り、陽光燦たり。いい気分で地下鉄半蔵門線に乗り込むが、陽気のせいでボケたか、反対方向の電車に乗ってしまい、三軒茶屋 あたりで気がついて、あわてて引き返す。

 半蔵門線神保町駅で降りて、まず今日はこのあいだIPPANさんに教えて貰った『松翁』に行く。幸い空いていた。天ざるを注文。今日は薄口のつゆにしてみる。こないだの濃口が濃いめのつゆだったので、薄口というのは普通のソバつゆなのか、と思ったのだが、これが本当の薄口、大阪のうどんのつゆのようなもの。みりんのせいかダシのサバブシのせいか、ツンと舌にケミカルっぽい味が響く感じがどうしてもある。蕎麦が抜群にうまいだけに、これだけが残念。天ぷらは海老と穴子とシシトウとナスだが、いちいち揚がるたびに親父さんが天ぷら屋のように持ってきてくれる。しかしながら、天ぷら屋のように、そのシステムに特化していないので、そのたびに厨房から狭い出入り口を通って出てくるのが、非常な面倒のように見えて、なんか申し訳なく思える。穴子がサクサクとしてホクホクとして、絶品。……とはいえ、天ぷら蕎麦一枚にてお値段が二千二百円。ちょっとお昼には高上がりである。

 そこから改めて古書会館、下町書友会。暑いので蕎麦屋を出たところから、コートは脱いでいた。カバンと一緒に預ける。あまり“黒っぽい”本はないが、適度に面白そうなものがいろいろあって、つい、ひょこひょこと手に取っていたら、かなりな分量になってしまった。今日は会場に入ったとたんに目についた、戦前の肺結核の医学模型が安くて、これを買おうと決めていたので、あまり他の荷物を多くしたくない。半分くらいに減らす。それでも一万円札数枚があっという間に消えた。会場で坪内祐三さんに会う。まあ、当然の人に当然の人が当然のところで会ったということ。

 重いカバンと包装された模型を抱えて、半蔵門線で渋谷まで帰る。しばらく横に、と思ったが、寝てしまったりすると3時の山田誠二さんとの打ち合わせをスッポかす恐れがあるので、パソの前でしばし仕事。タクシーで3時、アルタ前に。しばらく待つ。コート着ているとやはり暑い。このコートは春物で白なのだが、だいぶ以前(まだデビューする前だったか?)に未知の人と待ち合わせたら、時間を守って両者とも待ち合わせ場所にいたのにしばらく気がつかれなかったことがあって、その人が
「カラサワさんには何故か黒づくめ、というイメージがあったんで、そうじゃなかったんで気がつきませんでした」
 と言われたことをぼんやり思い出していた。そしたら、山田誠二さんが声をかけてきて、挨拶。山田さん、私の姿を見て、
「カラサワさんと言えば黒づくめかと思ってたんですが、今日は白ですね」
 と言う。これも一種の西手新九郎か、と驚いた。

 山田さん、若い女性を連れていて、次のビデオに出てもらう予定の泉さんという女優さんであるという。三人で中村屋地下のマシェーズに入り、打ち合わせ。要するに山田さんの次回作のホラービデオの題材に貸本マンガを取り上げたいということで、その具体的な作品の絞り込みやなんやかや。まあ、まだ具体的なことがあまり決まっていないので、初顔合せの山田さんと私の雑談になる(山田さんは『必殺!』仲間でなをきとは知り合いであり、そこから連絡先を教えてもらったとか)。

 まあ、まだあまりハッキリしたことは決まってないので、すぐ雑談。日本のVシネの普及をはばむ大きな壁は、ビデオ屋の親父の趣味、だそうだ。要するに、どんなに面白いビデオを作っても、レンタルビデオ屋の親父がそれを買って店に置いてくれないとみんなに見てもらえない。ビデオ屋の親父がVシネを購入する基準は、“自分が知っている名前の役者が出ているか”。とはいえ、レンタルビデオ屋の親父の映画やドラマの知識や趣味というのは非常に限られており、したがって、同じ俳優(哀川翔 や竹内力)ばかりがVシネで主演することになるという。

 山田さんの作品には京極夏彦、木原浩勝といった人がゲスト出演している。私にも出ろというので、“いいですね、狂人役でも死体でも出ますよ”と言うと、いや、やはり平田昭彦の線で行って欲しい、と言われる。要するに、映画のラストで出てきてそれまでの不条理的な出来事を一気に解説して、ドラマを強引に終わらせる役。つま りは『サイコ』のシモン・オークランドや、『怪談蚊喰鳥』の丹羽又三郎。
「昔はとにかく、どんな怪獣の出現や怪奇現象の発生でも、平田昭彦が“これはこういうことや”と説明したら、どんなしょうもない説明でも、納得せなあかん、という気持ちになったもんです」
 と。私と全く同じ意見なので心強くなる。なんと、山田氏、イラクの人質事件を見て『深海怪獣ジグラ』を連想した、というところまで私と同じであった。

 脇でオタクの会話を聞いている泉さんに、私たち二人が笑いあったことを、いちいち交互に説明する。わかっていただろうか。それでも泉さん、“『トリビアの泉』が大好きで、そのスーパーバイザーの人がこうして目の前に座っているってだけで、何か信じられない気持ちです”と言う。うーむ、そんな女の子がいるってことが、私に は何か信じられない気持ちであるが。

 5時過ぎまで話し込み、そこで新宿のトークライブに行くという山田さんたちと別れる。帰宅して、仕事の続き。7時半頃切り上げてバスで帰るつもりが、ちょっと原稿のキリが悪かったので延び、仕方なく8時10分くらいまで仕事して、タクシーで帰る。道が空いていて、いつもの料金より500円ほど安かった。夕食、送って貰った『十時半睡』のビデオを画質確認のためにちょっと見ながら。牛モモ肉のミニ・ステーキに甘鯛の塩焼き、カブとワカメの酢の物、生麩の煮物。途中で、出雲土産のわんこ蕎麦がちょっと。後はキンピラゴボウでご飯。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa