裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

日曜日

ロリロリのうた

「いとけなき童女の裸身輝きてわがデジカメのレンズふるえる」
「つるぺたの胸まさぐりし指先の妄想(おもい)秘かにひとり籠もれり」
「あの人はロリですからと指を差す白い視線にいつか慣れし身」(大岡信・選)
 朝、さすがに7時に起きるのが辛い。なんとか目覚めて入浴し、肉と脂の匂いを流し去る。7時半、朝食。黒豆サラダ、グリーンヴィシソワーズ。イラク新たな人質二人解放、さっぱり盛り上がらず。昨日も談之助さんが言っていたけど、“何でも最初 でなきゃダメです。二番は誰も覚えてくれません”というヤツ。

 日曜なのでバスは27分のやつ。ガラガラで途中までは私が独占状態だった。眠気はもうないが、全身、異様な凝り。外で飲んで寝ると、起きたとき上膊部が筋肉痛みたいな状態になっているのはどういうものか。寝ぼけて夜中に腕立て伏せでもやって いるのだろうか。

 桐生祐狩さんが、メールで“ショタの元祖としての横山光輝”という視点を示唆してくれた。確かに、ショタコンという言葉の語源が“正太郎くんコンプレックス”であるという説は以前、『トンデモ美少年の世界』(光文社文庫)で紹介したが、そのとき、その正太郎くんがオリジナルのではなく、リメイクの『太陽の使者・鉄人28号』のソレである、という指摘がメインの原稿であったため意識が逸れ、横山光輝作品自体とショタを結びつけて書かなかったのは手落ちであった。初期少年愛ブームの中心人物だった栗本薫自身が、自分のそういう嗜好の元祖は『伊賀の影丸』の村雨源太郎の拷問シーンであると語っているのである。やおい第一世代のイメージの底に横山作品が深く横たわっていることは事実だろう。手塚や石森と違い、少年マンガにヒロインを出すことをほとんどしなかった(鉄人にも影丸にもバビル二世にもマーズにも、ヒロインらしいヒロインは登場しない。『あばれ天童』には女性キャラが何人も出てくるが、彼女たちはみな“○○の君”と源氏名で呼ばれる、たぶん現代劇では最後の存在であろう“そうじゃなくて”などとしゃべる、人間味の薄いお嬢さまたちばかりであり、主人公の天童に惚れてぴったりとくっついているのはバビル二世そっくりな女言葉の美少年、木崎なのである)横山作品の、少年たちだけの閉じた世界に、自分たちが完全には入っていけないもどかしさが、彼女たちに、倒錯した性関係をそこに当てはめるというシステムを考案させ、そうすることではじめてこの作品世界に“感情移入可能”になったのかも知れない。……もちろん、他の解釈がいくらでも可 能ではあろうが。

 講談社FRIDAYのTくんから送られたゲラなどを見る。一時半、弁当。桜エビの掻き揚げの天丼弁当。あとはシャケと自衛隊糧食のつぼ漬けたくあん。人生、この天丼弁当があれば大抵の嫌なことは耐えられるような気がする。食べ終わって、また原稿にかかる。しかし、肩がキリキリ痛むまでになり、こらあかん、と、公園通りに出て、数年前によく通っていた、パルコ向いのタントンマッサージに行く。30分のコースを頼んで揉んでもらうが、アゴヒゲを蓄えた、ちょっとジャン・ロシュフォールに似た先生で、ツボをぐりぐりと押して、痛いのなんの。しかし、それで脳内にエンドルフィンが大量に分泌されたと見えて、身体がほぐれたばかりか、しばらく多幸感にボーッとしたほどだった。ここまで揉まれた後が気持ちよかった経験は、新宿の 店でもないかも知れない。

 公園通りで、イラク派兵反対、自衛隊は引き返せのデモ。たぶん、今回の三人が捕らえられてすぐにデモ申請して、参加メンバーに告知したんだろうが、すでに三人が帰ってきてしまったんで、ずいぶん間抜けに見える。意気も当然上がらず、周囲を固める機動隊の数が多すぎて、神経過敏すぎるようにすら思える(こっちの方も臨機応変さではとても褒められたものではない)。大体、スピーカーで大きく“アメリカのパウエル国務長官も、日本国民はあの三人を誇りに思わなくてはならないと言っています!”と繰り返しているが、ナニを考えているのか。あの発言の中でパウエルは、日本の自衛隊の派遣も肯定しているのだぞ。その言葉を引用しながら、自衛隊撤退せよ、と叫ぶことの矛盾になぜ気がつかないのか。新聞の見出しあたりから引っ張ってきただけで、あの発言の全文に目も通さずにものを言っていることがまるわかり、というのはずいぶん彼らに優しい見方であって、あえて後半の部分を隠して、国民を詐術にかけようとしている、と悪意でとられても仕方がない行為である。

 おまけに、参加者全員、手に“NO KOIZUMI”と、例のビデオの中で人質が首にナイフを突きつけられて言わされたセリフを書いた札を持っていたが、このビデオのこの部分はヤラセであったことは、もうとっくの昔に報道されてしまっているんである。日曜の公園通り、人通りは多かったが、普通の家族連れやアベックはほとんど感心を示さず、情報をすでに知っていそうな学生や社会人はその間抜けさに呆れ顔で横目で見ているだけ。彼らの言うことを全く否定するわけではないが、しかし、まとめて結論を言わせていただければ、自分たちがいかにダメかを宣伝して歩いてい るとしか思えなかった。

 事件発生以来の人質たちの発言に対し、あちこちで非難が高まってきていることに対して“思想の自由、発言の自由は憲法で認められている権利であって、それを封殺しようとするのはおかしい”と反論している声がある。残念だが、私の友人のサイトでも、そんなことを書いているところがあった。全然違う。大衆が怒っているのは、彼ら人質(いや、元・人質か)たちが自衛隊撤退を唱えているからではない。彼らがどういう思想信条でいようと、それを発言しようとそれはかまわない。問題は、彼らのその発言が、その内容故ではなく、彼らが(自業自得ととられて仕方のない軽率な行動によって)被った状況故に特別扱いされて、全国の注視が集まるマスコミのトップでとりあげられるという、発言の機会の不公平さであり、また、彼ら三人とその家族が、それを当然の権利の如く行使しているというカン違いぶりを露骨にしていた、 そのことなのである。

 6時から今日は堪能同人誌座談会があるので、そのために使うMDレコーダーの使用の練習をする。FKJさんからいただいたマイクはうまく使用できた。5時半、家を出て、座談会会場の『滝沢』に向かうべく、新宿までタクシー。タクシーの運転手さん(50代)と雑談、参ることが多いですよ、というような話。先日、夜の新宿で三人組の若い女性が乗り込んできたそうな。かなりご機嫌なその三人、セックスばなしになって、“ねえねえ、運転手さんはどう?”とかフラれたので、自分の体験談などを話すとキャアキャアと言ってウケ、しばらくそのノリで会話しつつ車を走らせていた。やがて途中で一人降り、二人目が降りて、最後の一人とも、最初の調子のままで話を続けていたら、翌日、会社にその最後の一人から“運転中、一対一の密閉された社内でずっと卑猥な話を続けられ、精神的苦痛を感じた。しかるべき謝罪がなければ訴える”という配達証明付きの手紙が届いたそうである。“確かにこっちも調子に乗ってましたけどね……そりゃないだろうと思いますよまったく”とのボヤきに、悪 いが腹を抱えた。

 新宿東口『談話室滝沢』にて、この前の神戸旅行、『あら皮』ステーキ勝ち組座談会。S山さん、T橋くん、I矢くん、私ら夫婦。1時間半にわたり、あら皮の竈焼きステーキの旨さを語る。読む人間にはかなり腹立たしい内容になるのではあるまいかと思える。唯一、行ったメンバーが悔しいのは、地元の人の“ぶらりと気分で立ち寄 る”という真似が出来ないこと。
「カウンター席みたいなのがありましたよね?」
「いや、あれはぶらりと立ち寄った客が、テーブルのセッティングを、マティーニなどを食前酒に飲みながら待つバーです」
「うーん、こんどそれ、やってみたい!」
 と。どんな話の内容か、夏コミの同人誌をお楽しみに。座談会後、そこから地下鉄に乗って新中野まで。さんざうまいものの話をした後で、うまいものを食おうという算段。S山さんに、“昨日解放された人質は、毎日、山盛りのご飯の上に煮たチキン を乗せた料理を食べさせられていたそうですね”と言ったら、
「それ、うまそうですね。うーん、食ってみたいな」
 とマジな顔で言う。人質ライスとでも名付けてメニューに加えたらどうだろう。

 QPさんも後から加わり、家でみんなで晩餐。テーブルにはすでに軽く焼いてバタを塗った薄切りのバゲットが山と積まれていて、これに自家製レバーペースト、塩イクラ、ナスのペーストなどをなすって食べる。それにサバの焼いたもののトマト煮、酢漬けのニシンが出て、ビールとワイン(I矢くんの持参)で乾杯。その後、冷凍のフォアグラを乗せたミニステーキが出る。肉の質はあら皮とは比べものにならないがこっちも充分、肉の快楽を味わえる。それから、その肉の切れ端を使ったガーリックライス、恒例、QPさんの烏骨鶏卵を使った椎茸のオムレツ。みんな食欲旺盛にぺろりと平らげ、しまいには、まだ酒が残っているのに食うものがない、と、自衛隊糧食の缶詰をあけて、タクアンでワインを飲む。11時45分お開き。今日のメシは実に 充実していた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa