裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

土曜日

わだしンじ

 麻宮サキ家のほのぼのとした日常を描くマンガ。朝7時起床、入浴、歯磨、服薬。7時半、新聞取ってきて台所にて朝食。母は朝食終えてすぐ、荷物持って羽田まで。GWで混み合う前に、札幌の孫の顔を見に行くのである。飛行場に行く、というだけでいいな、と思ってしまう。ここのところ、旅行を全然していないので、テレビで長野が映ると“長野行きたい”、岩手が映ると“岩手行きたい”、ニューヨークが映ると“アメリカ行きたい”とわめいてK子にダメ、と言われているんである。

 土曜につき弁当はナシ。31分のバスで渋谷行き。代々幡のあたりで、水木しげるソックリの爺さんが乗り込んできて、驚く。似てるというより、ウリ二つであって、あわてて左腕の有無を確認したほどであった。……もちろんあったわけだが、それでもしばらく、“ああいう人だから、生えてきたのではないか”などと首をひねったく らい、似ていた。

 仕事場に着き、ざっとゲラやお仕事関係のメール等のチェック。それと、昨日書きかけだった『漢字天国』の原稿書き上げて編集部にメール。ざっとこれだけ仕事をして、仕事場に置いてある大きめのカバン抱えて、出る。恒例の神保町古書展参拝。今日は書友会であったっけ。やはり棚の品揃えかなり濃く、“黒っぽい”本で面白そうなもの、かなりあり。

 大正時代の『友子の空想旅行双六』などというのがあり、和装のいいところのお嬢さんなのに、妙に食い気の旺盛な友子さんが、天女からもらった飛行機煎餅(芭蕉煎餅の類で、焼くとふくらむお菓子)に乗っかって竜宮や天国を漫遊、最後は夢に見た“理想の島”にたどりつく、というストーリィ。その理想の島というのはバナナや葡萄ばかりかサイダー、せんべい、うな丼、コロッケ、ありとあらゆる食べ物が木に鈴なりになっている島で、
「此の島こそは其の名を御馳走島と云って、海十萬里、陸百萬里を越えなければ行かれないという島なのです。上がった方は誰方も胃腸のお薬御用意御用意」
 というのがオチ。いかにも大正的なノンキさで結構。アレモコレモと抱え込んでいるうちに、値段を試算してみたらアッという額になってしまい、1/3は泣く泣くあ きらめたが、それでもウン万円が財布から消える。

 双六などは軽いからいいが、箱入りの古文献翻刻版なども買い込んでしまい、カバンがかなり重くなる。ウンウンとうなりつつ、古書センター2階のボンデイで昼食。昼時で繁盛、少し廊下で待つ。若い母とその娘、それに60代の祖母の三人が私の前で待ちながら、渡されたメニューを見ていたが、子供が何かでぐずりはじめた。若い母は注意もしないでいたが、お婆ちゃんが、いきなりメニューで孫の顔をパシッ、と大きな音を立ててはたいて、“グジグジ言わない!”と一喝。子供はびっくりしたのか、ホントにそれきり黙ってしまった。カレーは定番、海老の甘口。このところ、こ の間までダメだった飯の炊き方もよろしくなり、また味が上がった。

 食って地下鉄半蔵門線、銀座線に青山一丁目で乗り換えて虎ノ門へ。ネットで見つけた『ジオサイトプロジェクト2・沈黙のシールドマシン展』見学。要するに麻布・日比谷の地下共同溝工事現場を見学させてくれるイベントで、地下工事の現場に直接もぐってみられる機会など滅多にあるもんではない、と出かけたもの。すでにズラリと見学者並んでいて、2時の段階で120分待ち。見学は4時までだから、実質、私が並んだあたりから100人くらいが最終見学者になったわけ。ラッキーであった。

 とはいえ、その行列がいっかな進まない。ただでさえ重い古書展の戦利品を肩にかついでいるのだから、最後には痛いのを通り越して、そこらあたりがボーッと感覚麻痺の状態になる。明日はマッサージに行かねば。ただし、待っている間読む本には不自由しない。2時間内に添田知道『流行り唄五十年』(朝日新聞社・昭和30年)一冊と前原大輔『らしゃめんスパイの生涯』(ヤング友の社・昭和52年)半分を読了してしまった。ふと目を上げたら、先に出てきたメンツの中に、大魔王ことアカギくんがいた。よく、あの巨大な頭に既成のヘルメットをかぶれたものだ。……とはいえ 以前に比べるといささかスマートになった気がする。

 それにしてもこれだけの人が地下に興味があったのか、というくらいの数。親子連れもいれば若い女性たちもいるし、もちろん、カメラ抱えたオタクたちもいっぱい。すぐ後ろでは典型的なオタクしゃべりの会話が(彼らがこの日記読んでいる確率はかなり高そうである)。やっと順番が来て、カバンは預かってもらい、ヘルメットと軍手をもらって着用(帽子を脱いで被ろうかと思ったのだが、見学中に落とすといけないので、出来るだけモノは身につけるよう、と言われたので、帽子の上からメットと いうヘンテコな姿になる)。

 ただの監視小屋だと思っていたプレハブの小屋が入り口で、そこから螺旋階段を下りて地下洞へと降りていく。期待したいた通りの巨大ダクト、巨大パイプが視界いっぱいに這い、機械音が響き、人工照明の輝く地下の世界。意味もなくうれしくなる。スピーカーから“あァらこれなるはァ……”という、異様なイントネーションの声が響いていて、何かと思ったら以前このプロジェクトでやった、地下で狂言を見る会の録画の、野村萬斎の声であった。なんとなく、この地下の、どこか宗教的感覚さえある場の雰囲気に似合っているのが不思議である。携帯のカメラ機能でパシャパシャと撮る。普段はデジカメをカバンに常に忍ばせているのだが、今日は古書展のためカバンを変えたので忘れてしまったのが恨めしい。撮ったところで、私はサイトに基本的に写真を載せない主義なんで意味ないのだが、撮らないのはあまりに勿体ないような 気がしたんである。

 そこからエレベーターに乗って、さらに下に降りる。このエレベーターというのがまた、単に金網張った鉄の箱がレール一本で支えられているもので、地下から眺めるこの昇降の様子が、今回見た最もカッコよかった光景のひとつであった。鉄腕アトムの人工島か、007の悪党の秘密基地か。鉄製の階段を下りつつ、一番先に連想したのが、デビット・リンチ監督の『砂の惑星』のハルコンネン男爵の館で、古い工場のイメージを模したあのデザインは秀逸であり、男爵のブレーン役のブラッド・ダーリフが、鉄の階段を足早にカンカンカン、と音を立てて降りるシーンには痺れたもので あった。

 最下層には本尊たるシールド・マシンが鎮座している。遠くからの見学でなく、すぐ脇に寄って、ぺたぺたと手で触れるのがまた楽しい。説明係がヘルメットを被った小柄なお姉さんで、彼女はやはり人気らしく、先に進んでいた男性が、“もう一回、あのヘルメット美女のお姉さんを撮ってくるから”と引き返していたくらい。巨大メカと美女をちゃんと取り合わせて配置してくれるところが、この見学会を企画した、その名も“前田建設ファンタジー企画部”の、ワカッテラッシャル部分なのだろう。とはいえ、シールド・マシン自体は、あまり好きなデザインではない。ドリルはやはり先がトンガっていなければダメ。これはオタクというより、ドリルに男性自身を重ねあわせて連想せざるを得ないオトコのロマンなのである。子宮のメタファーである地下洞をドリルが突き破って掘り進む、これがSF・冒険作品における地下モノの需要の大きい秘密なのだからして。

 最後にのぞいた共同溝の完成部分がまた、映画の撮影に使いたいくらいにムードがある。ただし、やはりムッとする熱気と、地下独特の湿気がかなり感じられた。壁に“及川奈央参上!”とサインが書かれている。人気AV女優であるが、ここでAVを撮影したのか? そうだとしたら、さっきのドリルじゃないが、まさにファンタジー企画であるが。

 ここで見学も終了、修学旅行のようにガイドさんについてゾロゾロ歩くのでなく、諸処に説明役の人がいるだけで、あとは基本的に自由に歩き回れるというのが非常によろしかった。展示されていた“建築のグラビア誌”『日経コンストラクション』、ぜひ購読しようと決意。地上に上がり、メットを返す。軍手はなんと記念にくれるのだそうだ。無料イベントにしては驚くべき太っ腹である。いったい、どれくらいの予算をかけたのだろう。地上の空気はやはりウマいなあ、と深呼吸したあと、また地下に潜って地下鉄に乗り込む。

 そのまま乗って銀座線上野広小路。広小路亭での立川談笑独演会、たどり着いたら開演5分前であった。スケジュールを合わせたような完璧な時間割。会場には知り合いの顔、QPハニーさん、IPPANさん。『Pマン』の山口A二郎さん。あと、遅れて傍見頼路さんが来た。トイレのところでカワハラさんと挨拶。この人も、何故か決まってここではトイレから出てきたところに出くわす。客数45人ほどだが、例によって駆けっこスタイルで高座に上がった談笑、“うわ、意外に多いですね”と驚いていた。

 真打昇進が間近だということで、どこでどう上にチクる奴がいるかもしれないので噺の内容は書かない。“今日は三席とも古典です。……いや、古典でした”という傑作な前置きが全てを物語っている。しかし、『そば清』の冒頭のギャグでは客全員、ひっくりかえるほど笑っていた。二席目は『居酒屋』(なのか?)。三席目は『たがや』。これを談笑がやればたぶんこうなるだろう、とみんなが思う通りの内容になっていた。最初の二席を通してやって、中入りのあとトリネタだが、やけにトントンと進行して、なんと、終わった時点でまだ7時になっていなかった。こんなに早く終わ る独演会も珍しい。

 打ち上げは名前忘れたが、白いアゴヒゲの爺さんがやっている居酒屋。見ばえの割には料理も酒もまあまあなところで、おすすめの酒が『こなき純米』。ラベルが水木しげる描クの子泣き爺いという酒(やっぱり境港の酒)で、なんだよタイアップ商品かよと思ったが案外これがうまい。半升残っているというのを丸ごと買って、QPさん、傍見さんと飲み干した。今朝、水木先生そっくりの人物に出会ったのは、夜にこの酒を飲むという前兆でありしよな。……そんなこともないか。話題は真打ち昇進計画、ネタのこと、怪我のこと(東京駅のエスカレーターで転んで談笑さん、かなりの怪我をした)、そしてずいぶんとアブナイ方に流れるが、ワイワイと楽しく。

 途中でQP、傍見、山口の三氏と連れだって出て、大昌園で焼き肉。映像の話など飛び交う。山口氏、次のPマンに平田昭彦みたいな役で出て欲しいと言う。こないだの山田誠二氏に続き、そう言われたのは二回目。ここでも真露一本、三人で(山口さんは飲まない人)空ける。地下鉄で帰ろうとフラフラ歩き出すが、虎ノ門で並んで草臥れていることもあり、上野に向かう途中でめんどくさくなって、タクシー乗ってしまう。5000円かかった。11時帰宅、寝入りかけの半ころに“おれんち”から、これもご機嫌で帰宅したK子が、何かやめきながらベッドに潜り込んできた。夫婦で酔っぱらい同士、そのままグー。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa