24日
金曜日
キョンシー危うきに近寄らず
臆病なお化けだな。朝7時に目が覚め、しばらくウトウト。舟に乗ったギリシアの亡霊に(なんでギリシアなのか?)周囲を取りまかれるという夢を見て、ちょっと怖い思いをする。朝食、イチジクとヨーグルト。朝を基本的にベジタリアン式にしてから、体調がすこぶるいい、ような気が、しないでもない、と言っても過言ではない、のではないか、と時折ふと、思ったりもするのだが。
作家・天文学者フレッド・ホイル死去。86歳。ビッグ・バン理論というのは、彼が定常宇宙理論の立場から、悪口として“あんなもの、ドッカーン理論じゃないか”と言ったセリフから定着した。思いもかけず、その語呂のよさが受け、いまや提唱者たちまでがその名称を使っているのを、どう思っていたか。皮肉な結果である。鶴岡から電話。後楽園ジオポリスのサイトにトラッシュポップフェスティバルの内容宣伝が載ったのだが、そのトークメンバー紹介が、内部資料用として渡したものをそのままアップしているという。驚いて、すぐAくんに連絡。とりあえず削除して、こちらから正式なものを送るまで待ってほしい、と申し入れておく。いろいろあって頭が痛いよ。
昼は新宿に出て細かな用事を済ませ、昼は小田急で天ぷら定食を食べる。何も考えずに入って、席についてからしまった、今夜はK子と伊勢丹で天ぷら食べる約束をしているんだった、と気がついたが、幸いにも(?)昼の定食のことで、干からびたようなものばかりで、天ぷらを食ったという満足感がまるでなし。重なっても大丈夫。
店内をぶらついていたら、山野楽器で中古ビデオ市をやっていたので冷やかす。若松孝二監督の『スクラップ・ストーリー ある愛の物語』のビデオを見つけた。80年代半ばに当時のロリコン業界に熱狂を巻き起こした少女M(田中みお)が14歳で主演した作品で、当然ながらヌードもセックスシーンもある。児童ポルノ法案時代にこういうものが売られているのは頼もしい。これと、『典子は、今』の二本を安く購入。共にゲテ映画、というと怒られるか?
帰宅したら永瀬唯氏からふにゃふにゃと電話。SF大会でトンデモ本大賞に欠席したのは、コマツミノルの漫画復刻決定の部屋に出て、あまりの興奮と緊張に、全ての力が抜けてしまったため、だそうだ。東浩紀氏と出たパネルディスカッションの話。
「いやあ、何も知らないけどいい子だよ、頭すごくいいしさあ」
と、かなりの好評価である(山形浩生氏嫌いで意気投合したんじゃないか?)。
「彼に対するカラサワさんの評価の低いのはさあ、回りがどうしようもない連中ばかりだからだよ。彼本人は、わかってるよ。ちゃんとものを教えてやれば、かなり凄いことになるよ。教えてやるべきだよ」
と何度も勧めてくる。思わず苦笑して、ソーダネエ、マア、考エテモイイガネエ、と答えておく。いや、実際私の方には何のわだかまりもないのだからして。
放っておくと際限なく話が続くので途中で悪いが電話切り、急いで芝のJCMまで行く。週末で道が混み、30分弱の遅刻。Mくんが下で待っていた。最上階のJCMで、ネット配信事業のコンテンツをチェック。K子の絵がアニメで動いている。地味だからもっと派手にせい、という上からの命令で作ったというオープニングのアニメが傑作で、大笑い。これに関して詳しいことは、契約書を取り交わしてから。それにしても、芝でビルの最上階にある会社というのは豪儀だ。眺めが実にいい。
その帰りに乗ったタクシー、運転手さんと話がはずむ。中国系のタクシー強盗に襲われた話、タクシー代詐欺にもう少しでひっかかりそうになった話。夕方6時ころにとめて、“悪いけど喜多方まで行ってくれる?”と訊いてきた客がいた。喜多方というと東京から300キロ、だいたい7万から8万くらい料金がかかる。それでもいいと言い、ただし、悪いけれど今、現金がないと言う。喜多方に行けばあるかというとそれも不確定で、ひょっとして2万かそこらは足りなくなるかもしれないが、その分は責任を持って後で送るから、とのことで、この、金がないかもしれない、と正直に言うところで、ちょっと信用しかけたのだそうな。
「うちはカードでもお支払いできますが」
というと、いや、自分はカードは持たない主義で、それだから新幹線のキップも買えないんだ、と言い、やってくれるか、ともう一度念をおしてきた。そりゃ、やって もかまいませんが、と半ば乗り気になると、今度は逆に向こうが
「でも、それじゃ悪いな」
と引いて、向こうで金が足りなかったら、その分はどうするの、と逆に訊いてきたそうな。それは会社に自分が立て替えておきます、と答えると、いや、そりゃ悪い、運転手さんが会社に対して立場が悪くなる、と遠慮しだし、
「そんなくらいなら、いま、ここで直に金借りて、新幹線で帰るわ。帰ったら1万、上乗せして返すよ、2万でいいから貸してくれない?」
と持ちかけてきた。ここでやっと、アー、そういうことか、と了解し、悪いけどと断ってことなきを得たとか。
「後で会社の同僚にその話したら、みんな感心してましたね、“そりゃタクシーの運転手あがりだよ”って」
つまり、夕方6時ころになると、朝からの勤務車ならば、だいたい、2万から3万くらいの現金を持っている。そこに、7万から8万という仕事を放り出す。合わせて10万になるという、この額が、運転手にとっては非常に魅力的な金額として聞こえるのだそうだ。50万とか100万という大金でなく、タクシーの平常の一日の稼ぎ高としてのほぼ最高値、という額を呈示するところがニクい、という。
「これが深夜とかになると逆にダメなんです。そんな遠くへ行くと交代時間までに帰れなくなるからね。夕方の、あとひと仕事大きいのがないかな、と思ってる時刻に声かけてくるのは、よほどタクシー業界に詳しい奴だと思われるんですねえ。で、こちらがやる気になりかけた、その隙をついて今度は逆に引いて、手持ちの金の総額である2万をさりげなく借り出そうとする、この心理戦法がいいです。いい手口だなア」
と、運ちゃん、むやみに感心していた。話は面白かったがこの運転手さん、クセなのか、三分に一回くらい、唇と頬をぶるぶるっとふるわせ、そのたびに“んぶるっ、ぶるぶるぶるうっ”と大きな声を立てる。慣れるまで、しばらくビビった。
帰宅、急に気圧が乱れはじめ、やけに眠くなる。電話数件あるので眠るわけにいかなかった。児嶋都さんの単行本のオビ依頼と、週刊誌のコメント批評以来。都ちゃんの方は快諾。コメントは週刊女性からで、いしだ壱成の大麻容疑について。日本における大麻文化というのはどういうものか、と訊いてくるので、70年代のヒッピー・ムーブメントのあたりからの流れをざっと説明しておく。反体制の象徴としての大麻吸引が、ヒッピーかぶれの彼の母親(西荻窪のヒッピーコミューンに属していた)からの影響であることは明らかだが、すでに日本においてヒッピーカルチャーは俗化して意味を無くしており云々、などと説明。薬用大麻の扱いをめぐっての論争などが私には面白いが、コメントでそこまでには言及できず。もっとも担当編集者氏はかなりうれしがっていた。
8時、新宿へ出て、伊勢丹7階でK子と待ち合わせ、天ぷら。めごち、エビ、ミョウガ、オクラなど揚げてもらう。東京大飯店の下に出来たコンビニ(このビルにカラオケが入ったり居酒屋が出来たりコンビニが開店したりするのは、やはり堕落に思えて仕方ない)で買い物して、帰宅。直後にロフトの斎藤さんから電話。10月の企画のことだが、対談相手として思いがけない名前が出てくる。いかがでしょうか、というので、そりゃもう、向こうさえよければ、と答える。決定になったら発表するが、ちょっとした西手新九郎的ジョーク。