裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

金曜日

ホットケーキの顔も三度

 いくらおいしくても、朝昼晩じゃあ。朝7時起床。朝食、豆スープ、ナンビョーさんからもらった白桃。靖国参拝問題について中国の唐外相が、あの“ヤメナサイ”発言に対し苦しいいいわけ。私は前から、外相に外国語の堪能なやつをもってきてはダメ、という持論である。外国語ができる人というのは、ついその語学をひけらかそうとしてしゃべりすぎ、独善暴走する。わが国でも松岡洋右というイタイ例が過去にあるではないか。田中真紀子サンが外国人記者などにウケをとるためぺらぺらしゃべってみせるのを見るたびに、危ないなあ、と思う。通訳というものがなぜいるかというと、大臣クラスが国家レベルで何か問題発言をしたとき、そいつの翻訳ミスとして罪をおっかぶせるためにいるのである。本人がしゃべっては、その安全弁が機能しないのだ。

 K子に久しぶりに弁当、簡便プルコギ。自分もその残りでゴハンを小茶碗に三分の二ほど。午前中に何か仕事らしきものをしたはずだが、記憶がぼんやりとして思い出せない。いずれ大したことはやってない。1時、時間割で海拓舎原田社長と打ち合わせ。相変わらずフットワークは凄い。新刊『ブラック・ジャック・ザ・カルテ』をいただく。デザインのカッコよさにしびれた。こう言っては悪いが海拓舎の本とは思えないスマートさである。かなり売れて、書店に並ぶ前に注文だけで増刷がかかったそうだ。これを医学書専門の取次に持っていく、というアイデアがこの人らしい。ところで、“B・J症例検討会”という著者名だが、昨日のトッパンとの打ち上げで出た話題を思い出した。アメリカではB・Jというとブロー・ジョブ、つまりフェラチオのことになるという話。じゃあ、ビジネスジャンプとかダメじゃないですか、などと盛り上がったのであった。

 その時間割で読んだスポーツ新聞に、新作ゴジラの記事が載っていたが、キングギドラが露骨に首に腕入れてマペット式に動かしているのが見え見えで、呆れ返る。ネズバードンというか三つ首竜というかのダサさで、ギルハカイダーのブラックドラゴンの方がスマートなだけカッコいいぞ、というくらいのものである。こんな短頸のキングギドラがあるものか、と昭和怪獣世代として怒り狂う。“怪獣美”というものがまるでわかっとらんカスのデザインである。

 帰って、寝転がりながら『ブラック・ジャック・ザ・カルテ』読む。前半はやや固い印象だが、後半の『架空症例対談』が面白い。専門知識をしっかり持った人が、発想をどんどん飛躍させていく知的漫才。脳をおなかに移植するとどうなるか、という『ナダレ』のエピソードを元にした章などはセンス・オブ・ワンダー的笑いの見本みたいなもので、思えば日本SFの黄金時代にはこういう馬鹿ばなしこそがSF、とされていたはずだ。決してSF界はコ難しい論争ばかりしていたわけではない。
「お腹を首に埋め込んじゃって、目とか耳だけ外に出す」
「腹踊りですね、それは」
「キスとかはお腹でやっているわけですね」
「ということはキスした瞬間には腹部が接触しているんですよね」
「性行為はやりやすくなりますね」
「やりやすいかな?」
「いちいち、覗かなくてもじかに見えてる。感覚としてはですね、顔のすぐ下に性器がありますから」
「なんか、本当にのどチンコって感じですね」
「トイレはいやですね」
「おっきい方は裏側だから我慢しましょうよ」

 3時にWeb現代からバイク便が来る、という連絡。図版資料受け渡しなのだが、さてその図版用の本が見つからない。こないだ、これは別にしておこうとどこかに置いて、それきり忘れてしまったのだった。あせりまくって探す。一時間ほど探しまわり、半ばあきらめかけて座りこんだところで、ハッと、昨日トッパンのトークに行くとき、ひょっとしてIくんが来るかもしれないと思い、出がけにカバンに放り込んだことを思い出した。見つけて、思わずふうっと息をつく。

 無事にバイク便に手渡し、さて、と気を取り直してサンマークの原作書く。思い入れのある人物を描くのは案外難しいものである。4時半、完成。それから東武ホテルに出かけ、ミリオン出版と打ち合わせ、のはずが、30分待っても来ない。時間割とか、あちこち探し回ったが居らず。こっちかあっちか、どちらかが時間を間違えたらしい。まあ、別に急を要するものでないからいいや、と思い、新宿へ出て、銀行に寄り通帳記入など用を足す。お盆前で、各出版社からまとめて原稿料や印税の類が振り込まれており、ちょっと(本当にちょっとだけ)リッチな気分になる。

 そこから山手線で日暮里。立川流日暮里寄席。安達Oさん、開田あやさんという常連メンバー。快楽亭が中トリ、談之助がトリという濃いプログラムだったが、客も喜んでいた。快楽亭は『万金丹』、途中でエロネタが少し入り、ソッチへ行くかと思ったがキチンと古典で落とした。“「ただし白湯にて用ゆべし」ちゅうのはあんだね”“だからさ、この仏にはお茶湯には及ばねえ”なんてオチ、わかる客がどれだけいるのか? 談之助はこないだの東洋館に続き、今回もすべり込みで高座を下りるという若き春風亭柳橋の『湯屋番』に匹敵する危険芸的なオチ。感心するのは前回も今回もちゃんと、ノリがよくてピッチャーになりきってくれるお客を選んでいたこと。ここで客がテレては、台なしなのだ(安達さんはテレるタチらしく、“当てられたらどうしよう”とずっと心配していたそうな)。松旭斎すみえの客いじりの目の確かさに永六輔が感心していた(どんな会場でも、一番ノリのよさそうな客を選ぶ)ことがあったが、ここらへんがプロの目なんだろう。

 後半から来たK子も入れて、打ち上げの席にお邪魔させてもらうが、席は離れたところに固まる。中野芸能小劇場のウツギさんも来ていたので、今日の月旦を少し。暑くてみんな気を抜いてやっているのか、言い間違いや構成のミスがちょっと目立ったことであった。快楽亭は“空き腹にうまいものなし”なんて言ってたし、志雲の『阿弥陀ヶ池』も、ダンドリが少し狂っていた。龍志の『宗論』まで、この人には珍しく言い間違いがいくつか。まあ、こういうミスを発見して喜ぶのもマニアの陰気な楽しみのひとつなんだが。

 肉を食いたがる安達さんに、あやさんとK子が大声で禁止を言い渡す。まあ、普通の人ならともかく、安達さんがいまさら少しばかり食事制限したって、急にスマートになれるわけもなし。それにしても、脇に並んだ快楽亭がややスマートに見えたのには驚いたが。12時、新宿まで山手線で出て、そこからタクシーで帰宅。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa