8日
水曜日
ミスター恫喝
ピングーグッズをよこせ! 朝7時起床。連日の曇り空。明後日からまた猛暑がぶり返すというが、もうあの暑さが懐かしくなってきている。人間とはおかしなもの。朝食、こないだの鍋のスープが残っているので、それでニュウメンを作ってすする。朝ごはんには少し不似合いだが、スープを冷蔵庫の中から取り出したとき、コンドロイチンとゼラチン分でプルンプルンに固まっていたから、健康にはよろしからん。
このところ、仕事のリズムが変調を来してきていて、朝はほとんど何もなすことなく過ぎ、昼過ぎあたりからエンジンがかかって、夜まで続くというペースになっている。夏対応か。今日も午前中はだらだら。こんなことしていても仕方がないから、資料調べに国会図書館へ出かけるか、と腰をあげようとしたとたん、小野伯父から電話があり、これで出鼻をくじかれる。もっとも、長電話になってしまったのは、こちらもあまり出かけたくなかったのかもしれない。伯父は長いことの鬱からやっと回復して、また舞台等にやる気が起きてきたという。腹話術協会のことなど気負い込んでいるらしいが、腹話術というのは、大舞台にはかけることが出来ず、テレビでは特殊効果だと思われてそれほどインパクトのない、ラスベガスのような特殊な場所での限定された芸になってしまっている。一人芝居と結びつけたいっこく堂のやり方くらいしかすでに発展性は見込めない。それよりは、懐メロの歌真似とチャップリン芸で円熟の境地を見せた方が(実際、ネットで検索すると、地方で共演した若手芸人さんのサイトで絶賛されていることが多いのだ)年齢的にも合っているだろう。それでも九月にはほぼひと月、名古屋中心に回るというから、まあ商売繁昌で結構なことである。
ずいぶん放ったらかしておいた南原企画の美好沖野さんの日記本のあとがきをまとめる。ゲラを引用のため読み返すと、ついつい必要のない部分まで一生懸命読んでしまう。他人の日記というのはとにかく、面白い。若いうちは“人生”という大きな単位でしか人間の一生を測れないが、いい年になってくると、“日常”という小単位で人生を見る楽しみが加わってくるのである。特に彼女の場合、その周辺にちょっと常識のゆがんだ人物を集めてしまう才能を有している。彼女に一方的にからんでくるウルトラピュアなSさんという人物がたまらなく面白い。勤め先の上司と関係しちゃったことも一番に報告してくるし、その子を宿したと勝手に思い込んで中絶を周囲に宣言してしまい(結局思い込みだった)、その直後に東映まんが祭りで『ワンピース』 見にいきませんかあ、と電話をかけてくる。この落差がいい。
しばらく中断していた某社PR誌、復活したようで、原稿注文。ここの原稿料は抜群なので再開めでたし。一方、昨日届いた『デジタル・モノ』は奥付ちっちゃく“今号で休刊します”との告知。メンズプライスのときもそうだったが、ここは執筆者にも休刊を事前に知らせてこない。困ったもんである。原稿2時に書き上げ、FAX。井上デザインに電話をかけ、3時に打ち合わせと約し、それから新宿へ出て細かな用事。メシをちょっと考えて東中野の大盛軒。週刊文春読みながら焼肉麺。ライスは半分残す。そこから新宿へ戻り、都営線で曙橋。駅で太田出版のHくんとバッタリ。緊急ではあるが、その場でと学会本のこと、少し立ち話のまま打ち合わせ。SF大会の取材のことなど。これから眠田さんのところへ行くそうである。
それがあって、少し遅れて井上デザイン。サンマークのTさん来ているので、スケジュールと今後のダンドリを決める。それから、青林工藝舎手塚さん。アックス別册『アリエス』の原稿のこと。口絵が丸尾末広、花輪和一、山本タカト、佐伯俊男。マンガが大越孝太郎、吉田光彦、宮西計三、河井克夫、早見純他。エッセイが私に蜂巣敦、睦月影郎他というメンバー。私はともかく、かなりの豪華版である。こういう耽美風グロ誌の話になり、『あかまつ』惨敗の原因などをいろいろ話す。井上くんによればジオポリスのトラフェス、珍食関係のブースでまた変更指示(後楽園の上の方から)があったとのこと。こう真際々々の変更があってはこちらの告知がマトモにできない。それでも、まあいろいろ告知媒体は見つけてきているようで、ちょっと派手になるかもしれない。頭の中であれこれ算段つけながら辞去する。
新宿三丁目駅で降りて、久しぶりにホモショップ『カバリエ』を冷やかす。最近はホモショップもみんなオシャレになってしまったが、ここはまだ、かつての異世界的雰囲気を残している。とはいえ、昔の、足を踏み入れることがためらわれるようなオドロオドロしさはかなり薄れている。特に海外モノの変態雑誌が少なくなったのが寂しい。思えばこの店にも大学時代から二十数年、足を運んでいることになるんだな。やおいブーム初期のころ、デートで、ここに女の子をエスコートしていってあげると大変に感謝されたものである。
帰宅、ハローミュージックからトラフェスのチラシが届いている。例の変更はチラシには間に合わなかった。まあ、私に関連していない部分なんでかまわない。こないだ原稿を書いた『本の雑誌』が届いているので目を通す。私の原稿、一ケ所赤の入れ忘れあり。パラパラ読んでいるうち、大月隆寛氏のコラムのタイトルが『イマイチ物足りぬ「と学会」精鋭の書評』という気になるものだったので読んでみる。永瀬唯氏の『腕時計の誕生』(廣済堂)について(これは大月氏はベタ褒め)で、それを『論座』で長山靖生氏が書評していることに文句をつけているのだ。
「“と学会”は最近どうなってるのか、あたしゃ基本的に外野のシンパなもんでよくわからないのだが、まあ、いろいろと芸風の違いなども出てきて、運営その他にもお定まりの苦労があるらしいことくらいは推測できる」
などと書いてある。ここらで“うん?”と首を傾げてしまったのだが、その後に続けて長山氏のことに触れ
「例の歴史教科書がらみの自由主義史観批判を“と学会”界隈では最も明確にやらかしたひとりだったせいか、“朝日”方面にも覚えめでたい名前になっている。このへん、本質的に保守的心性となじむはずの“おたく”性が、偏差値優等生的な学校民主主義性へ(ヘンな言い方ですまぬ)への傾きとの間で分裂して、メンバー個々の思想が旧来のイデオロギー地図上でどういう立ち位置になるか、同じ“と学会”ファウンダーの間にもビミョーな違いが出てきているようだ」
と、ヨソの会の内情をまるで見てきたかのように語っている(よくわからないなどと冒頭でフッていながらこの思い込み的断言はいったい何なんだろうかね?)。
そして、肝腎のその書評の内容については、冒頭でこのような“他人の学会内部のことを疝気に病む”文章を長々と書いてしまったためにほとんど具体的なことに触れられず、ただかしこまっているとか中途半端などというおざなりの言葉(しかも前半とうまくつながらない)で批判し、最後に
「『論座』というお座敷のせいか、はたまた“おたく”系知性特有の近所づきあい下手のせいか、そのへんは謎なんだけどさ」
とイヤミを振って〆メている。シンパを名乗っている関係上、その学会のメンバーが『新しい歴史教科書を作る会』に批判的なことに、いたく御機嫌がナナメらしい。
読んでいるうちにアホらしくなってくる。大月氏は自由主義史観に対する取り組み方の差でと学会が思想的に分裂してくれることをお望みかも知れないが、残念ながらと学会は思想団体ではない。書評団体であって、お互いの思想信条、イデオロギーの違いなどはハナから了承済み。とにかく、“ケッタイな本を探し、それにツッコミを入れる才能があるかないか”の一事で結託している団体なのである。人間を右か左かだけで区別しているらしい彼には理解しがたいかもしれないが、それならそもそも学生運動家あがりでバリバリの左翼の永瀬氏(大月氏はどうも永瀬氏が左のヒトだと知らないらしい)と、田中議定書陰謀により日本は戦争に誘導された、という論を展開している志水一夫氏とが親友なのはどう説明をつけますか。と学会が思想的な問題で内部でモメている、というのは2ちゃんねるあたりでそんな情報が流れているのかもしれないが、まさかあそこをマに受けているわけではありますまいな。
そして、この文章で大月氏が力めば力むほどマヌケに見える決定的理由が、長山靖生氏を“と学会の精鋭”などと断言していることであろう。長山氏はと学会の会員ではないんである。『偽史』関連の本を出しているところからカン違いしたんだろうけれども、長山氏のそれらの著書のプロフィールにもと学会会員などと書かれてはいないし、と学会の会合等にも、長山氏が出席したことは一度もない。ずいぶん昔、古本がらみのつきあいで横田順彌氏が一度だけ会員名簿に載ったことがあったから、そのことを大月氏がカン違いをしたか、あるいはやはり横田氏からみで名前だけでもと学会名簿に長山氏の名が記載されたことがあったかもしれない。しかし、いずれにせよ長山氏がと学会員を名乗ったことも、と学会が長山氏を会員として表に名前を出したことも、これまでになかったことだし、少なくとも、大月氏の言う“精鋭”でなど、あるわけもない。つまり、このコラム全体が意味のないものになってしまうのだ。
文筆業界で“ああいうことを言うとは失礼だ”というモノイイはシャレがわからんとみなされる。私も大月氏に対し、失礼だなどと憤るつもりは毛頭ない。ただ、以前に似たような、会員でない人物のことを会員と思い込んで『噂の真相』誌でと学会を大批判した大槻義彦なるセンセイがいた。字こそ違え、カン違いした事実でと学会を批判するのが、オオツキという名前の人物の特長かな、などと思ってしまうのであります。
8時、下北沢に出る。『虎の子』でジャコ奴、蛸と枝豆の梅肉和え、スズキのガーリック焼き。スズキが香ばしくて肉厚で、大変な美味。吉田蔵という日本酒をクイク イと飲る。