16日
木曜日
忘れがたきブルドーザー
土建バブルの夢はいまもめぐりて。朝7時45分起床。寝床で実相寺監督の『怪獣な日々』(ちくま文庫)を読む。大笑いした個所。スカイラインのGT−Aに乗っていて、スピード違反で捕まった。職業を訊かれ、映画監督と答えると、警官が“どこの監督?……松竹? 東映?”と重ねて訊いてくる。“ATGです”“それは乗ってる車だろう。会社のことだよ”。マイナーの悲哀が出ていて、いい話だ。
朝からセミの鳴き声喧し。そう言えば数日前の新聞に、猛暑で異常発生したセミの声がうるさすぎて、教員資格試験だかの英語のヒアリング・テストが中止になった、という記事が載っていたな。朝食、昨日と同じ。K子にはポテトとタマネギをフライにして。午前中はビデオをダビング(内藤みかさんからリクエストのあった『ジャニーズジゴロ』)したりなんだりでツブれる。午後から北海道新聞新連載コラム原稿。開始は9月半ばなんだが。K子のメモに“北新のコラムをそろそろ”とあったので、何のことかと一瞬、わからなかった。北海道は略すと“道”になる、というのは北海道出身者だけの常識か?
書き上げてメールし、昼飯に冷凍の鴨肉をコンソメスープのカンヅメで煮て、冷蔵庫の中の冷や飯に刻んだネギと一緒にぶっかけてスープ茶漬け風。一杯かっこんで外出。渋谷の、もう長いこと言ってないビデオ店に行ってみようと宮益坂を上る。確かココラヘンと思って路地を入ってみるのだが、いっかな見つからない。その店というより、そこが入っていたマンション自体、消滅したように見つからない。何か、あれはマボロシだったのか? という桃源郷の伝説みたいな気になる。まあ、たいてい私の方向オンチが原因だろうが。代わりといってはナンだが、ホモの本屋を一軒、見つけた。見つけても何にもならんが。仕方なく、そこからタクシー乗って新宿へ。明治通りがバカな混み様なので、代々木方面から。大ガードの近くに着けてもらい、ビデオマーケットへ。5階のマニアックAVのフロアで、ネタになるようなやつを買う。もっとも、今回はSF大会もきらら博もジオポリスも、過激なエロは禁止なので、いつ使えるやら。
そこから青山まで出て、朝の材料など買い物。大荷物抱えて帰宅。しばらくビデオを見て時間つぶす。セミ、夕方からそれほどでもなくなったが、ちょっと通りの木をみたら、一本の立ち木に、二匹も三匹もたかっている。留守録にSFマガジンから、図版はまだかという催促。うっかりしていた。あわててバイク便で送る。SF大会、もう明後日か。ちょっとネタ(『トゥーン大好き!』あたりの)を仕込む。ベティ・ブープものの『空中征服』を実に久しぶりに見た。これ、上京直後のお茶の水の電電ホールでのアニドウの上映会で観たのが最初だったが、芝居仕立てで、悪党が(悪党だと観客にわからせるために)狼の顔になり、さらに、それをごまかして善人のふりをしていることを見せるために、御丁寧にもう一枚、羊の皮をかぶってみせるというギャグで、客席の森卓也氏が実にウレシそうに爆笑していたのを、昨日のことのように思い出す。
アメリカアニメというと、たいていの人がディズニーはじめ、フライシャーやテックス・アヴェリー(エイヴリー)、チャック・ジョーンズという一流どころしか語らないし、見ようとしない。昨今はアート系劇場やビデオなどである程度簡単にそれらの作品が見られるから、まさに一流ばかりを選って見ることが可能である。一般人ならそれもいいが、アニメについてもっと勉強しよう、という若い人たちにとって、これはいいことなんだろうか。アニメが今の形になるまでには、ヴァン・ビューレンやウォルター・ランツ、ポール・テリーといった二流どころの人たちの作品、さらにはそれ以下の作品が山のように作られ、人々の渇を癒してきた。それら凡作が天才たちの作品と作品の隙間を埋めてきたからこそ、アメリカは現在のようなアニメ先進国たりえてきた。アニメに限らないが、一流のものしか認めないでいると、歴史には断絶が生じ、この断絶が、文化受け入れの土壌を痩せさせて、次の一流作品を生む最大の障害になる。二流三流の作品にも、それなりの必要性があるし、二流以下がちゃんと存在できる状況をして、黄金時代というのである。そのことがわからないままにアニメや映画を論じる若い人が、最近多くないか。思えばかつての杉本五郎という人は、ディズニーのアニメも集めるが同時に、ウォルター・ランツなどのクズアニメも差別せずに、十把一からげにコレクションしてくれていた。杉本コレクション上映会で、それらを見ることが出来たことは非常なる幸運だったと思う。そういう、“つまらなくはないが取り立てて面白くもない”作品の間に一本、挟まっているディズニーを見たときの、その周囲に隔絶した輝きを知らないと、今の子供たちはついにディズニーの天才を理解し得ないんじゃなかろうか。
なんだかんだしているうち8時になり、あわててタクシー飛ばして参宮橋のクリクリへ。降りたらそこにもう一台タクシーが止まって、K子が降りてきた。どこかで待ちあわせればよかった。なんとクリクリ、大忙し。予約に大幅に遅れてきた客を断るほど。お盆で、どこもレストランが開いてないので、家族連れなどがやってくるらしい。なるほど、子供の声が奥の席でしていた。ルンピアをつつむ湯葉が切れているというので、ライスペーパーで包んでもらう。これはこれなりにおいしい。あとは仔羊に野菜のオーブン焼き、それにクスクス。野菜のオーブン焼きは、これを毎度食べられるならベジタリアンも悪くないと思わせる味で、カボチャのホクホク、ニンジンの甘味、ハスの歯ざわり、オクラの濃厚、いずれも絶品。で、ベジタリアンにならないのは、この店の羊も牛もまたむちゃくちゃにウマいからによる。