22日
金曜日
ナイスディは振れぬ
いくらいい日でも金がなければどうしようもないこと。朝、4時半起き(少し戻ってしまった)。好美のぼる『妲己のお百』(曙出版)を読む。明治毒婦シリーズということだが、そもそも妲己(妃)のお百は明治の毒婦ではないし、ストーリィもまるで好美先生のオリジナルで、秋田騒動も峰吉殺しも何も出てこない。カバー袖の作者の言葉で「“妲己のように嫌われる”という言葉がありますが」と言ってるが、これは“蛇蝎の如く”だろう。まあ、誰も好美先生にそんな正確さは期待しないし、たぶん一冊の資料も手元にないまま実録ものを描いてしまう、という度胸に、かつての戯作者に通じるものかきダマシイすら感じてしまう。
7時半、朝食。ヘリングサラダとクロワッサン。食べて、『月光』、でなかった、『JAPAN』の原作をやる。またアウシュビッツネタで、資料に使おうと、書庫で『ジョジョの奇妙な冒険』引っ張り出し、“ナチスの科学は世界一ィィィ”のシーンを探しているうちに懐かしくて読みふけってしまう。少年マンガで主人公が次々代替わりする、というのはこれと小室孝太郎の『ワースト』が双璧か。
徳間康快氏が死んだが、新聞記事は『もののけ姫』『敦煌』のプロデューサー、というばかりで、遺作(?)が『ホーホケキョとなりの山田くん』であったことを書いてない。あれの大ゴケで死期を早めたのではないか、と思う。この御仁について一番印象的だった記憶は、95年のSF大賞授賞式で、自社製作の『ガメラ・大怪獣空中決戦』が候補に上がっていながら落ちたことに挨拶で不満を述べ、“来年は続編を作るんだが、これが受賞しなければこの賞の存続を考えることになる”と、ジョークではあったがドスを効かせ、その翌年、青くなった審査員たちによって、『ガメラ2』が見事大賞に輝いたことである(イヤそういう理由で与えたのではない、と関係者は言うだろうが、第三者から見ればそうとしか見えない。と、言うか、賞などというのはそういうもので一向にかまわない。だいたい、このご時世にSFの賞を設けてくれているオダンが作った映画に賞を与えない審査員が気がきかなさすぎるのである。SFが冬の時代とか言われるのはSF業界人がみんな書生臭い連中ばかりで、世故に通じてないことが原因なのだ)。康快氏亡きあと、SF大賞はどうなるのであろうか。
11時半、歯医者。左下奥歯をガリガリ削る。途中で“目をつぶってください”と言われる。ウス目あけて見ると、何やら細い針のついた器具で、想像するだにオソロシイことをしていた。口の中が薬品の味でいっぱいになり、メシ食うのを延期して、しばらく家に帰って休む。
1時半に家を出直し、チャーリーハウスで定食。2時、時間割で村崎百郎氏と猟奇事件対談。事件よりもオリンピック開会式のあの虹色マントへの悪口が主となる。対談後、隣のビルの上にあるおしゃれな喫茶店で写真撮影するが、店長に苦情を言われる。そりゃそうだろうなあ、渋谷系の若者ばかりの店に、いきなりアヤシゲきわまる紫覆面男と帽子男が入ってきて写真撮り出したりしたらなあ。編集さんがなんとか頼みこんで、撮影続行。
パルコブックセンター、私の本をこないだから平積みにしなくなった、と思っていたが、今日行ったら新刊台のところに『トンデモ一行知識の逆襲』があり、売れているようだったので一安心。大和書房の営業さん、ガンバったか? 新宿に行き、ひさしぶりにビデオマーケットに行く。4階のアジアモンド、3階の一般映画、2階のカルトと回って、ここで三本、かしこで五本と買い込み、ウン万円。これだから金が貯 まらぬ。
その後小田急で買い物、帰宅。〆切催促の電話など数本あり。はいはいはいやりますやります。で、少し仕事。8時、ブックファーストでK子と待合せ。またここでも本買う。金曜日のことでかなりどこも込み合っているようなので、船山に電話して、行く。カワハギの刺身、イサキ塩焼など。白魚掻き揚げで御飯。『女性自身』のお弁当特集の模範製作で名前と店の紹介が出たそうな。帰ってネットのぞくと、BWPに謝罪がUPされていた。謝罪してくれればこちらには遺恨なし。