裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

14日

木曜日

シガニー恋の情けが仇

 いやさリプリー、久しぶりだなあ。昨日のレストランはあのメニューの上にキノコのオイル焼き(談之助持参の醤油をかけて食った)、ドルチェまで食べて満腹して、一人三万五○○○リラという値段だった。高そうに思うかもしれないが、日本円にするとたった二三○○〜四○○円である。イタリア経済はすでにユーロの優等生なのだそうだが、これだけ食が安ければ、たとえ貧乏でも、国民は生活に満足感を抱くだろ うなあ。それにしても、リラは額面が大きすぎて、金銭感覚が狂う。

 朝、ゆっくりと7時半まで寝ようと思ったが、肉体が悲しや早起きに慣れて、6時ころ目が覚める。貧乏症だなあ。ホテルの朝食、昨日と同じ内容。今日は丸パンにハムとチーズをはさんだのとヨーグルト、カフェラッテ。コーヒーの濃いのに辟易していたが、牛乳をまずカップにたっぷり注ぎ、コーヒーを香りづけに数滴、たらすとなんとか日本のカフェオレなみになることを発見。部屋で荷造り。持っていったバッグの中味は全て昨日買ったシンプソンズのリュックにつめこむ。かさばりを出来るだけ減らすため、持っていったTシャツ類などを少し処分する。

 このホテルには朝食をとる地下レストランの他に、昼食ビュッフェを行う一階(こちらでは0階、グランド・フロアーという)の広間がある。ここの担当のお仕着せを着た係が、ヒゲとマユゲが濃く、鼻が大きく、細縁の丸い眼鏡をかけているという、グルーチョ・マルクス生き写しの顔(頭はハゲているが)。今回の旅行で、つくづくヨーロッパ人の顔の骨格の種類の多さに感心し、結局、日本人には人種問題というものは理解不能なのではないかと思った。同じ顔ばかりの中で暮らしているとなあ。

 9時にチェックアウトし、いかにもイタリア系の小男の初老の係にタクシー呼んでくれ、と頼むが、ホテル前の通りはなかなか来ないから大通に行って自分たちで拾ってくれ、と言われる。安達ズは有名エクソシストの出身寺という、なんとかいう教会に行き、われわれは談之助夫妻とバチカン見学。談之助たちは昨日にひき続き、で、今日は美術館に行くという。タクシーなかなかつかまらなかったが、やっと拾ってバチカン前広場へ。まず、手近のオミヤゲ店に入る。K子、法皇グッズをやたら買い込む。マグカップ、ピルケース、サラダスプーンなど。さかさにすると中に雪が舞うという(『市民ケーン』に出てきたような)オモチャがあるが、あれで、サン・ピエトロ大聖堂の後ろに巨大化したようなローマ法皇が出現している、というウルトラQなものがあり、これがまあ、おすすめかな。法皇がミサで信者の口に聖餅を入れている写真があったが、この聖餅というのはどこで作っているのだろう。自家製か、業者が卸しているのか。オミヤゲ店で、バチカン名物法皇聖餅とか言ってみやげ物屋で売ればいいのに。黒白抹茶、小豆コーヒーゆずさくら。

 オミヤゲ品を下げて聖堂に入る列に並ぶ。普通の観光客の列と、キリスト教系団体専用の列が出来ている。そっちの団体面だーは、揃いの白い帽子やジャンパー姿で、聖書を手に、その文句を節をつけて合掌しながら一段々々、階段を上っていく。お遍路さんを思い出した。列の長さに嫌気がさすが、案外早く入れるのは、中がとにかくべらぼうに広いので、団子にならないからだろう。上半身裸と、女性のタンクトップは禁止だが、その他はカメラもテレコも何でもOKというのが意外。

 内部はとにかく巨大、壮麗だが、いささか装飾過剰で趣味が悪くもある。日本人の団体客を、女性のツアーガイドが連れて回って説明していたが、その口調がどう聞いても日本のものでない。“こぉの聖堂は、三年や五年で建てらぁれたものではありぃません。完成までぇに、じぃつに百五○年以上の歳月ぅが、流れぇているぅのです”延びたテープを再生しているようである。一時間ほど回り、信者のキスですっかり足がスリ減っているペテロ像や、ミサの様子やざんげ室の様子を見て、出る。美術館を回っている談之助組と落ち合うにはまだ時間があるので脇のカフェテリアに入る。田舎の団体客用といった感じ。スイカを食う。ちょうど昼時分なのであっという間に一杯になった。ヨーロッパ人のものの食い方を見ていると、なぜか飽きない。決して口の中をもので一杯にせず、細かい一片々々をすくうように運んで咀嚼する。宍戸錠が昔、007映画を見て、ショーン・コネリーのものを食うシーンの演技に仰天したというが、あれはハリウッド俳優とはまるで違う、イギリス人のものの食い方だったからではないか。

 まだ時間あるのでさらに本屋に入る。ビデオコーナーに行く。聖書の映画のビデオがたくさんあるが、『十戒』や『天地創造』などの他に、聞いたことのないような、しかし金のかかっていそうなものがいっぱいある。デニス・ホッパーとエリザベス・ハーレイ共演の『サムソンとデリラ』とか、ベン・キングズレー、クリストファー・リー、フランク・ランジェラ主演の『モーゼ』だとか、ジョナサン・プライス、レナード・ニモイ主演の『ダビデ』だとか。日本でも宗教団体が金出した、製作費だけはふんだんで出演者が豪華(しかし大味)な一連の映画があるが、あれみたいなものだろうか。『日蓮』だとか『人間革命』だとか、『ヘルメス・愛は風の中に』だとか。世界各国語の案内書も売られている。中国語でバチカンは“梵蒂岡城”と書く。

 そこらで談之助夫妻と落ち合い、タクシーでホテルに帰る。ちょうど帰ってきていた安達ズと合流、Oさんが昨日、目をつけていたベニト通りのパスタカフェへ。ちょうどガイコツ寺の斜め向かいくらいである。パスタはなんかふやけていそうなので、鳥の足のローストとビール。鳥はやはりこちらのは濃厚な味がする。路上での食事は気持ちがいいが、しかし排ガスまみれでもある。酔いが旅に疲れた体に心地よく回っ た。

 ホテルに戻り、六人乗りのタクシーを呼んでもらい(今度は呼んでくれた)、乗り合いでレオナルド・ダ・ビンチ空港へ。ギュウ詰めとなる。最初は駅から空港行き列車に乗ろうという話であったのが、直にタクシーで空港へとなるので、エロ雑誌(昨日、スーパーで買ったエロマンガを読んだらキャプテンハーロックのどうしようもないパロディで案外面白かったので、もう数冊買おうと思ってた)を買い損ねる。空港の書店は上品なので、そういうものは置いてない。

 空港のカフェテリアでしばらく休む。チーノというサクランボのドリンクを飲んでみたら、これが風邪のうがい薬の味。大学生くらいの若者が、きちんとナイフとフォークを使ってチーズクレープを食べていた。これも見事にナイフとフォークが両手の先で機能していて、日本人のぎこちない操り様とはまるで違う。しばし見とれる。そこから出発カウンターへ。日本人の団体客がいて、オミヤゲを免税店で買ったら十一万にもなりよったや、と話している。ウイスキー、ナッツ(なんでイタリアまで来てナッツ買うのか)、煙草、チョコレート。こういうのはしかし、私のように、何かオモシロイものはないか、と常に目をキョロつかせているのより気楽でいい旅行なのかもしれない。談之助夫妻は法皇ケーキという笑えるものを見つけてきた。さすが。

“ローマは泥棒の巣窟”とあらゆる本に書いてあり、K子もそう口にしていた。私も最初、ローマに足を踏み入れたときはかなり全身の神経を緊張させていた。ローマの泥棒は神業に近い技術を持つ、とも聞いたからである。ふっと相手の気をどこかにそらせ、その隙にバッグを盗む術に長けているという。・・・・・・しかし、今回の旅行中、何か脇のものに見とれて、手元がお留守になったことは何回もあった(残念ながら美青年の電車内オナニーは見られなかった。話のタネにしたかったのだが)が、被害には会わなかったし、他の旅行客も、せいぜいが立ち話のとき、バッグを両足ではさむくらいで格別の用心はしていないようだった。EUに加盟して、経済も復興し、イタリア人のマナーが上がったのではないか、と安達Oさんなどと話していた。で、その待合室で、談之助の持ってきた法皇ケーキを写真に撮ろうとしてポケットの中のカメラを探ったら・・・・・・ない。はて、さっき手荷物検査したときにX線をくぐして、そこに置き忘れたかと思って言って訊いてみたが、見覚えがないという。記憶をたどっても、バチカンの聖堂で数枚撮ってから、その後そのカメラをどうしたか、まるで覚えていない。

 旅の疲れでボケッとしていて置き忘れた、というのがたぶん正しいところなのだろうが、何か、気がつかないうちに盗まれていた、とした方がいいような気になった。負け惜しみのようだが、安物のポータブルカメラ一台盗まれたことで、“これでイタリアを完全に味わった”ように思いたいのである。ちょうどこの一件で、長旅に画龍点睛のオチがついたようなもの。・・・・・・やはり負け惜しみかな。

 アリタリア航空で、行くときを逆にたどってミラノ。空港に、イタリア製のカッコいいバイク“CADIVA(カディバ)”が展示してある。それが、ただそこに置いてあるだけ、という感じ。それこそイタリアで、こんな無防備で展示して、盗まれやしないかと、みんなと話す。カディバ泥棒である。乗り継ぎ手続き前にBさんとノスケ夫妻が、最後のオミヤゲを買いにいく。早く手続きをすませたいOさんがジレるジレる。で、手続き窓口に並ぶと、今度は列の前で何かトラブっている親父がいて、これもまたイラつくほど。もっとも、こっちは今回はOさんに完全にまかせているのでただ、バカ話して待っているだけである。この旅はツアコンのOさんと通訳のBさんに、本当にお世話になった。逆に、もう一度ここに来たいからと言って時分で手続きしようとしても、何ひとつわからないだろう。

 なんやかんやで、無事、手続きも済ませ、心はもう日本の空、と言いたいところだが、待合室のカフェのコーヒーのあまりの濃さに、まぁだイタリアなんだなあ、と引き戻される感じ。そう言えば、自動販売機というものをこの旅行中、ついぞ見かけなかった。扱ったのは、ローマの地下鉄の自動販売機と、そうそう、ポーランドの教会の中の、“お灯明の自動販売機”というものであった。五ズウォチコインを入れると電気式灯明が一定時間、ともるのである。

 日航・アリタリア共同のAZ7786便で現地時間9時、帰国の途に。機内アナウンスの、手を取り足を取り、まるでこちらをガキか精薄児扱いしている丁寧さに久々に接して、違和感を覚える。なにしろ、他の機の離陸待ちで十分ほど遅れるという機内放送のセリフに、“お急ぎのところまことに申し訳ございません”と入る。これから十一時間半、乗っていようという行程で、十分の遅れに“オレは急いでいるのに、何だ!”と怒る奴がいると思うのかね。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa