裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

木曜日

市橋(イッチー)&スクラッチー

市橋容疑者がスクラッチー(千葉県警)をさんざコケにするアニメ。

※『社会派くん』原稿チェック 『東京ディープ・スロート夫人』

最近にない怖い夢を見て、目が覚めてからも心臓がドキドキした。
郊外の(?)喫茶店に弟と二人で入ると、超大物女流作家がいる。
その作家が大嫌いなわれわれが聞こえよがしに嘲笑していると、
喫茶店の女性マスターが、レシートの裏に何か書いてテーブルの
上にそっと置く。読んでみると
「聞こえてますよ! “にぎやかなお客がいるのね”と言われちゃい
ました。あの人、評論などで誰かがちょっとでも悪口を言うと訴えて、
徹底的にその書いた人を干すので有名です! うちも弁護士頼んだり
するのは御免です!」
とあり、二人でビビりまくって、息をひそめるように彼女が帰るのを
待つ。モデルになった女流作家名はあえて書かぬが、ホント怖かった。

朝10時起床。朝食を自室でとることにして以来、どうしても
遅起き。何とかしないと。
『社会派くん』原稿チェック、資料をダンボール箱から引っ張り出し
たりして時間がかかる。昼食を間にはさんで1時半、やっと脱稿。

昼食は12時、卵炒飯にレタスとネギのサラダ。
うまいうまいと平らげる。
まだ市橋容疑者のニュースばかり。視聴率を稼ぐにしても、
同じことばかり延々やるのは能がない。オウムのときだって
もう少し各局工夫があったはずだが。

それにしても、各マスコミの発表する写真の市橋は決まり過ぎ
というくらいに決まっている。指名手配書の写真は単に凶悪な
だけだったし、整形予想図見たときはマヌケで笑ってしまったが、
逮捕されたときの様子を見ておッ、と画面に目が釘付けになった。
180センチという長身に加え、スポーツ万能だっただけあって
動きがいちいちシャープなのである。
なるほど、2ちゃんやミクシィで彼のファンになる女性たちが
続出しているのも無理はない。

しかも、逮捕以来固形物の食事を一切とってないことからくる
頬のやつれがこれまたクール。今日の昼、取り調べのために車に
乗り込む彼の、フード付きウインドブレーカーから覗く乱れた
長髪、高い鼻、(整形のおかげか)薄くなってひきしめられた
唇をみるに、存在感はそこらのアイドル顔負けかも、と思える。

いや、もちろん彼のおかした犯罪は憎むべきものだし、そこに
至った理由も幼稚なものでしかない。それは明らかだ。
中年のコメンテーターたちは、社会規範を守るために敢てカメラの
前に顔をさらし、法に従って罰を受けよと息子にメッセージを送る
父親を絶賛し、こんな親の元からグレた息子の市橋達也を罵倒する。

しかし、大衆というものは基本的にアナーキーであり、反逆者を
ヒーロー視する。これは当然のことである。体制を逸脱した
犯罪者である鼠小僧や国定忠次に、日本の大衆は長いこと
喝采を送ってきた。身一つで千葉県警の取調べから脱走した市橋は
その行動力のみから言えばルパンなみのヒーローだ。

しかも彼はかなりいい家のお坊ちゃんである。
エリートの家系に生まれた貴公子が罪を犯し、故郷を離れ忌子として
流浪の生活を送る……というところで思い当たった。
折口信夫を引くまでもない、現代の貴種流離譚なんですねえ、
この話。

相手の女性の似顔絵をスラスラ描き、ハナミズキがどうしたとか
牙がこうしたとかいうポエムまで作る。こういう気恥ずかしく
なる行為を臆せず出来るのがいい家の坊っちゃんの特権である。
その彼が日雇い労働者にまで身を落として逃亡生活を続ける。
こりゃシビれますわ。

「犯罪者をカッコいいとか、お前ら社会的に問題ありすぎ」
という“まっとうな意見”は、こういう場合イミがない。
日本人女性のDNAに、こういう“負の物語”を背負った男を
カッコいいと認識する遺伝子が含まれているのだ。
それは、遺伝子の多様性を欲する生物の種族的本能からも
正しいと言える。数%は異端のタネを混じらせておく必要が
あるのである。

一方で心理学的に言えば、これは社会の治安とか道義性とか
に反する人物に託して、社会機構に押さえつけられている
自分のストレスを発散させる代償満足行為である。
女性はそれが社会的対面を重んずる男性よりストレートに
出るだけだ。……そう言えばオウム事件のときも、上祐ギャルズ
という連中が出現していたなあ。

チェックあげて、さて日記つけ、ネット連絡多々。
某TV局からネタ出し会議に出席してほしい、との電話。
いろいろ対応しているうちに、腕が上がらないほど疲れてきた。
気圧の延長だろう。
寄贈された本を片手にベッドに横になったら、一ページも
読まないうちにグーと寝てしまった。

起き出してまた原稿。
あぐねているうちに8時。地下鉄で銀座まで。丸ノ内線一本で
銀座には行けるが、シネパトスまで丸ノ内線の駅からは
遠いので赤坂見附で銀座線に乗り換える。今日はどの線でも
やたら外人客が乗り込んでくるな、と思ったが、そうか、
オバマ大統領の来日の取材に来ているマスコミ関係者か。
そのアオリで、いつも使っている自販機が使用中止になったと
怒っている韓国人カップルがいた。

寒風の中、シネパトス。
Tくんと待ち合わせ。支配人と立ち話で、今度の奇想天外
シネマテークの企画の話を。
それから入場。立川吉幸くん(前ブラ房)に挨拶される。
快楽亭一門から抜けたとはいえ、こういう映画を見に来るとは
やはり血は争えない(?)。

映画は『東京ディープ・スロート夫人』。
田口久美、私が高校生くらいのときは日本のエロティック女優の
代表みたいな存在だった。いかにも70年代日本男性が喜びそうな
外人顔、白い肌、眉根のシワ、ああ、時代なるかな。
日活で『東京エマニエル夫人』というバッタもの映画でヒットを
飛ばした彼女を引っ張ってきて、『東京ディープ・スロート夫人』
というバッタの二乗みたいな映画を撮ってしまうあたり、この
時期の東映はホント、金になりさえすればメンツもプライドも
平気でなげうつというところがあって、たまらない。

一方でその彼女の存在感を上回るのが室田日出夫。
わざとくさいメイクとつけ髭で、日本を裏で牛耳る大企業会長の
老人を演じる。杉本綾の『花と蛇』みたいな話なのだが、
それに比べるとリアル感はゼロ、予算は無し、学芸会みたいな
演技と演出なのに、面白さはダンチでこっちの方が上、というのは
いったいどういうことか。
“フィクション”に開き直る、というその開き直り方の性根の
座り具合、としか説明のしようがない。
いや、開き直りでもしなければ、
「クリトリスを切り取って、喉の奥に移植してくれたまえ」
などというセリフが出ようハズがない。

室田の息子役に南条竜也、『変身忍者嵐』『鉄人タイガーセブン』の
ファンなら涙必至の迷・演技。くわしくは言わない、映画館で
衝撃を味わってほしい。で、室田の用心棒が中田博久。
キャプテン・サラーと変身忍者嵐とキャプテン・ウルトラが
出ているわけですな。さらには室田が『ジャイアント・ロボ』で
BF団の幹部ブラック・ダイヤを演じていたときの同僚レッド・コブラ
(三重街恒二。キャプテン・ウルトラにも出てたね)がオカマ役で出演
している。

主人公の久美(役名も久美)が本当に愛するボクサーくずれのホストに
モノホン・ホストの千葉哲也。この人、還暦すぎた今でも現役ホストと
して活躍している人物として、今もときどきワイドショーなどに
取り上げられます。あと、外せないのがワンシーンの特出、
大泉滉。トルコ風呂のオーナー役で、神棚に向い“クロチンコ
シロチンコ……”と怪しげなお祈りを唱えておりました。

クリトリスを移植する医者に渡辺文雄。彼だけ、山本薩夫
映画か、というようなクソ真面目演技をしているのがまたヘン
なんだけど、まあ、確かにこんな役をやっていては娘に
「お父さん、私が学校でいじめられるからもう悪役はやめて!」
と言われるのも無理はない。事実、この1975年から渡辺は
仕事をテレビにシフトして『食いしん坊万歳!』のレポーター役
をはじめ、映画出演を急速に減らしていく。
ちょうど東映が映画業界の経営不振で、これまでの映画のように
金をかけられなくなっていったのがこの1975年。
今回の奇想天外シネマテークで上映する4本が全て1975年作品
であることも故無しとしない。
単なるB級映画であっても、全部時代の子、なのである。

出て、Tくんと別れて帰宅。昼から何も食べてない。
昨日のモツを刻んで茹で汁に味をつけ、大根の千切りと飯を
加えて煮て、モツ雑炊を作る。美味。
それとオクラおろしでホッピー。
資料用にコロンボのDVDをかけたら、全編見てしまった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa