6日
金曜日
セイントフォーを打たれたらアイドルフォーも差し出せ
これでいいのだ〜。朝、8時45分起床。4時ころ目が覚めて、フトンの中で輾転反側していたので、また寝て目が覚めたら少し寝坊。このあいだから、酔って寝たあしたに、どうも二の腕が痛むのが不思議だったのだが、寝るときに、腕組みをするような格好になることが原因ではないか、と思えてきた。これだとどうしても二の腕を圧迫する。普通に寝ていれば、痛くなる前に腕組みを解くのだが、酔っていると、それに気づかず、ずっと腕組みをしたままで寝返りをうつから……ではないか。
朝食、豆サラダ。ミニアスパラの切ったのも加えて。K子にはアスパラとパスタの炒め物。イチゴ5粒。新聞、読売、産経共に桜井昌一氏の訃報を、大きくというわけではないが劇画工房の名と共にきちんと報じている。せめてもの慰めであろう。トキワ荘のエピソードは映画になりテレビドラマになり、昭和の伝説として人口に膾炙しているが、この劇画工房の話も、面白さではそれをしのぐものがあり、登場メンバーも、さいとうたかをや佐藤まさあきをはじめ、川崎のぼる、水島新司などと、ヒケをとらぬ豪華さでありながら、金や女という“オトナ”の話がからむが故に、知名度ではかなり後塵を拝している。手塚治虫という神様へのあこがればかりが強調され、生活感が抜け落ちているトキワ荘より、生々しい引き抜きや裏切り、成功(金と女)を手中にした若者の狂乱、そして、時代が音を立てて変わっていく昭和三十年代の躍動が、こちらの記録からはダイレクトに伝わってくるのだ。階段落っこちの手塚治虫はますます神格化され、鉄腕アトムの誕生日が盛大に祝われようとしている今、この時期に、ひっそりと、劇画の仕掛人がひとり、この世を去る。やはり寂しい。
午前中、ゆまに書房の再校を終えてファックス。次の打ち合わせ日時提案も書いて送る。今日び、メール打ち合わせが出来ぬというのはやはり不便ではある。それから書庫に籠もって、フィギュア王のネタ本ひっぱり出し。最悪の場合半日がかりになるかと思っていたが、幸い、すぐ見つかる。想をざっと練りつつ、外出。『兆楽』で、ギョーザと半チャーハン。
陽はうららか、風も暖かし、そこからカメラ片手に足をのばし、巣鴨まで行く。講談社Web現代の取材で、巣鴨のとげ抜き地蔵に行こうと思ったのである。山手線で行くと遠回りになるかと思い、埼京線のホームに行くが、これが遠い。ひと駅分くらいは歩く。山手線で行った方がラクだった。池袋乗り換え、巣鴨。駅前の桜が実にいい感じ。アーケード街はそんなに人通りもなかったが、地蔵通りに入るともう、お婆ちゃんの大群。談生の落語に、どうしてこんなに婆さんがいるのかと福祉課の職員が探ってみると、巨大なエイリアン・クイーンのような婆さんが地蔵堂の地下にいて、婆さん達が単性生殖で発生しているのを発見する、というホラーっぽい噺があるが、まさにそれを連想させる、凄まじい老人の群生であった。しかし、それに混じって、若い女の子の姿もたくさんある。この通りを歩いて感動するのは、かなりな長さのある商店街の中に、一軒のマクドナルドもなければ、ドトールコーヒーもないことである。かろうじて吉野屋が一軒、ローソンが一軒あるのみで、コーヒーが飲みたければ純喫茶に入り、歩きながら食べるのは手割せんべい(歩きながら食べやすいよう、わざと割って三角形の袋に入れてくれる)か黄粉揚げパンなのだ。揚げパンの屋台のバンには、女子大生風の女の子が群がっていた。時の流れから遅れているのではない、ここは時の軽佻な流れを無視しているのだ。どれくらい無視しているかというと、私も驚いたのだが……いや、それはWeb現代の原稿で。
洗い観音あたりの風景も写真におさめ、今度は山手線で池袋まで。一時間半ほどであったが、充実した取材が出来たし、春の午後の散歩にはちょうどいい場所だった。山手線車中で、これも最近珍しくなった、オタクのある意味の典型というか戯画というか風のデンパ男がいた。もう三十代も半ばか、当然のことながらデブで、上から下までバーゲンものといった感じの服装。前歯がそっくり欠けているが、入れる気もないようだ。暑いのか、クツシタを半分脱いで、ただひたすら、耳かけ式ヘッドフォンの音楽に心地よく体を揺らしている。聞いているのはウォークマンではなく、小型のラジカセである。見ると、赤い布バッグの中に、はち切れんばかりに、自分で編集したカセットテープを詰めている。なにもあんなに持ち歩かずともよかりそうなものであるが、彼にとっては、聞きたいときに聞きたい曲のテープがない、ということは我慢できないことなのだと思える。聞いている曲は判然としないが、いずれアニソン、特ソンであろう。もうひとつの紙袋の中から、やおら、さっき買ったばかりらしい仮面ライダーブラックのフィギュアを取り出すと、世にも幸福そうな、だれきった笑みを顔全体に浮かべ、その箱を開けると、何を考えているのか、それを鼻の先に持っていき、クンクンと匂いを嗅ぎだした。周囲の人々は、まったく彼に反応を示さない。野坂昭如が、日本の街がダメになったという例として、昔はどの街にも名物の白痴がいたが、今はいない、街にそれを許容する余裕がなくなったからだ、と以前憤慨していて、それを読んだ私は、それはそもそも白痴という存在が減少したからではあるまいか、と思ったものだが、なぜか街中から消えたそういう存在は、電車の中、それも山手線に多く再出没しているような気がする。
池袋から埼京線で新宿。雑用すませてタクシーで渋谷。口髭の老運転手さんと、都内の隠れた桜の名所月旦。“『運転手さんの勧めるマル秘お花見名所』てな本を出すか、ネット有料配信すれば売れるよ、と言うと、かなり本気になっていた。東急本店地下で夕食の素材を買い、帰宅。豆乳などを飲みつつ、フィギュア王原稿にかかる。11枚、も少し時間かかるかと思ったが6時半までの3時間で書き上げ。自分でも意外なスピードだった。内容が好きなテーマで、資料が充実していたためだろう。楽しく原稿を毎度書かせていただけるのはありがたいことだ。も少し原稿料が高いともっとありがたいのだが。あと、8時までの時間を、廣済堂の原稿資料を探したり、置き時計代わりにメモ張り用ボードにとめておいた安腕時計が寿命になったので、新しいものに取り替えたりといった雑用でつぶす。植木不等式氏に打ち合わせのメールを出したりなど。
8時ころから食事の用意。今日は凝った料理なし。ハチメの干物の焼いたものに、見切り品で今日中にお食べくださいと安売りしていたステーキ肉をやいたもの、それからイカと筍の木の芽あえ。ビデオで『東京裁判』、タルいので途中から昭和二十年代のニュースフィルム(これは仕事で見る)、さらに力道山の試合を久しぶりに見たくなったので、対木村戦のビデオ。缶ビール小一本、日本酒(松竹梅)二合、それから焼酎炭酸割り梅干し入り二杯。かなり酔って12時半就寝。