裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

21日

金曜日

快楽亭緊急入院、の記

朝、7時半起き。昨日の酒の跡が散乱している机のまわりを片づける。日記つけたりメールチェックしたり。9時朝食、ヨーグルトがけのバナナ、ピーチ。

小泉首相の靖国参拝で世論調査結果がほぼまっぷたつに割れたことの評価がもとで朝日新聞記者同士が殴り合いのケンカをして警察沙汰になったというニュース。30代と40代のいい歳した同士だったそうで状況を想像すると笑えてきてどうしようもない。
本日ブジオなのだが、次以降のブジオに招く予定の大物ゲストに依頼メールを打つ。

本日は六花マネが所用で来られないので代わりというわけでもないが、いずれ書籍にまとめるときのために、という参考にバーバラ・アスカにラジオ局こないかと声をかける。

昼過ぎ、タクシーで渋谷、東急ハンズで買い物いくつか。仕事場で原稿書きに入ろうとするが、何か気分が浮ついて、そういう気分にならない。奇妙なノリだな、と思ううち、猫三味線製作委員会(仮)のSくんから電話、2時から時間割で打ち合わせ、という予定をすっかり失念していた。急いで飛んでいく。

打ち合わせは音入れの件とナレーションについて。あと実写バージョンの扱いについて。いろいろ意見を言う。実写撮影は楽しいし今後の展開が大きいとはいえ、今度のDVDの中心はやはり紙芝居なのだ。

それを忘れないようにしなくては。仕事場に帰り、FRIDAYコラム一本書き上げてメール。前回は応急に旅先で書いたもので編集部でもあまり評判がよくなかったが、今回は担当Kくんから
「知りませんでした!」
と電話が来る。
その他、おぐりと今日のコーナーにつきメールやりとり。原稿書けないのはやはりラジオのことで頭がいっぱいだからか?6時、家を出てタクシーでTBS。仕込みのもの持って上へ。すっかり慣れたスタジオでいろいろ算段。

やがておぐり、快楽亭、バーバラ、全員下に揃ったという連絡で迎えに。小林アナ含めざざっと打ち合わせ。今日は小林アナ、目が痛いとかでコンタクトをはずしてメガネ姿。これはもう萌え、以外の何者でもなかろう。

快楽亭の入場曲をいつもの『威風堂々』からウルフルズの『借金大王』に変更。曲の方は、快楽亭がCDを持ってないのでこちらで算段して梅宮辰夫の『ダイナマイト・ロック』にする。おぐりの方ではトドカレーとびわカレーをこちらに試食させることに。

Iプロデューサー、来週が週プレ取材、再来週がラジオライフ打ち合わせと伝えてくる。なんだかんだ言っているうちに時間となり、第三回放送。これまでの二回が奇跡的に綱渡りでうまく行き過ぎた感があるせいか(特に第二回)、三回目になるといろいろ私の中での齟齬感も出てくる。
“このコーナーはいらないな”とか
“比重を変えた方がいいな”とか。

ただしゲストコーナーは絶好調、快楽亭、司会の私や小林アナを貫禄で放り投げ、自分のエリアに持っていく。間に話をはさませず、借金のこと、除名のこと、実は除名は自分は立川流独立のとき以来二回目だということ(例の立川レフチェンコ事件)CDが山野楽器でサザンにせまる勢いの売り上げだということなどを話し、借金返済のためにホモ映画に出たということまで含め、20分間を翻弄しつつ終了。年末にはまた24時間連続落語をやると宣言。いい感じで何もわれわれが手を出せずに終わった感じ。変な言い方だが借金のおかげでこの人、貫禄さえ手に入れたのではと思う。

続いてソウルフードコーナー、もう三回目でおぐり“わが番組”という感じでクルクル回転しながら(比喩に非ず)スタジオ入り。彼女をこれまで、テレビで使い、雑誌で使い、単行本で使っているが、最もラジオが生き生きしている感じである。早くブレイクして私の手を離れて、今度は自分の冠番組で私をゲストに呼んでもらいたいと切に望む。トドカレーを食った私と小林アナの顔、ひどいもの。来週はなんと、あつらえたかのごとく放送日に島根で『卵かけご飯シンポジウム』が開催される。これを電話取材だー、と指示。番組自体はどうにか終了したが、自分の進行にやや、反省が残った。次回でようやく形になるか?という感じ。

終わって集合写真を撮ろう、と調整室のおぐりと快楽亭に声をかけたのだが、快楽亭の姿が見えない。スタッフがちょっと緊張の面持ちでスタジオに駆け込んできて、
「すいません、師匠が具合が悪くなって、立ち上がれないとおっしゃってて」
と言う。

一瞬、なにごとか、理解できなかった。あわてて調整室へ行くと、窓際の隅で快楽亭がうずくまるようにしている。声をかけたが、返事も出来ない状態でこっちを見た。最初、泣いているのかと思ったほど、顔が濡れている。すぐ、それが涙でなく汗だとわかり、わかったとたん、あ、これは心臓か? と思った。以前、芸能プロ時代末期に心臓発作で急死したTという男が、前日会ったとき、鼻の頭や額にびっしりと汗をかいていたのを思い出したからである。

一部始終を見ていたバーバラ・アスカによると、調整室に帰ってきた快楽亭の表情がやけにきつく、話しかけても答えないので、
「これは何か機嫌を損ねているのか?」
と思ったという。やがて窓際の方に行き、呼吸を荒くしていたがこちらの方をすさまじく怖い顔で見て、そのままうずくまってしまったのだとか。

小林アナがやってきて、すぐ快楽亭の脇に駆け寄り、
「大丈夫ですか?」
と声をかけ、ティッシュで額の汗を拭いてあげている。
「救急車を呼んだ方がいいです」
という声も、最初に小林さんから出たと記憶する。すぐ、Iディレクターが電話をかけた。

私はただ、呆然としていたが、すぐ我にかえって、急いで携帯で談之助に連絡、一報を入れた。幸いつかまって、かみさん、いや、元かみさんの連絡先を聞き、そちらに電話。こちらは留守録になっていたが、談之助からも何度か連絡が行ったとみえ、すぐかかってきた。状況を説明、病院が決まったら連絡しますから、急いで来てくださいという。向こうは口ごもっていた。それはそうだろう。こないだ別れたばかりの元亭主のもとに、行くべきなのか行かざるべきなのか。

なんとか、”病院に着いたらまた様子見て連絡しますから、出来れば顔だけでも見てください”と説得して、調整室へ戻ると、小林アナが膝枕をするようにして快楽亭を寝かせ、おぐりが“ファイト!”というポーズをとって励ましている。女性たちの気遣いとやさしさにちょっと感動し、
「このまま死んでも美女の、しかもアイドルアナの膝で死ねるなら快楽亭としちゃ本望なのではないか」
とさえ思った。

そうこうするうちに救急車が来る。救急隊員への状況説明はバーバラにまかせ、私は救急車に乗せる手続きの書類に書き込むための質問に答えるが、
「名前は?」
「本名は福田と言いますが、芸名は快楽亭ブラックで」
「かいらく?」
「ええ、快くて楽しいという、あの快楽」
「住所は?」
「……さあ、最近離婚して引っ越したばかりでちょっと」
「家族は?」
「……いや、誰もいなくて」
「会社とかは?」
「いや、こないだ所属組織から除名されたばかりで」
「連絡先は?」
「本人の持ってる携帯だけでしてねえ」
「連絡つく友人とかいないの?」
「その友人たちに借金こさえて総スカンくって」
「ご両親は存命?」
「母親がまだ生きているとは聞いてますが、朝鮮の人と再婚して向こうの人になっちゃってますしねえ」
などなど、訊く方も呆れるだろうがこっちも答えながら
バカバカしくなってくる。
「うーん、困った患者だな」
「私もそれで困ってるン」
と、掛け合いみたいな仕儀になる。

本人はまだ苦しそうだが、脳内から麻薬物質が総動員されてきたのだろう。口だけはやや、達者になり、救急隊員が
「はい、そうです。患者は男性です」
とレシーバーで報告しているのを聞いて、
「あの、すいません、“たいへん二枚目の男性”と訂正してください」
と苦しい息の下から軽口をたたく。こんなとこで無理するこたないのに、そこが芸人のサガ。ともあれ、次の仕事があるおぐりと小林アナにはご苦労様、で行ってもらい、救急車には私とバーバラが同乗、Iプロデューサーがあとから駆けつけてくれることに。

その時点ではまだ行き先が決まってなかったが、乃木坂の心臓血管研究所病院が空いているとわかる。名前からして専門病院であり、これは運がいい、とホッとする。赤坂という都心で、周囲に病院がすぐあるというのも心強い。

これでさっき言ったような天涯孤独の状態で、家出一人でいるときに倒れたら、と思うと、快楽亭、案外運が強いぞと思えてきた。心電図はその間もずっと表示されていたが、それを見て看護士さんがいろいろ病状を説明してくれる。こっちへの説明か、快楽亭への説明かわからないが、酸素マスクの下から快楽亭、それを聞いて
「……(原因は)夕べの寿司だナ」
とつぶやいた。
こんな状況下で思わず吹き出してしまう。

病院のCCU(冠疾患集中治療室)に運ばれて、その前でバーバラと二人で待つ。やがてI垣プロデューサーも来る。女医さんがやってきて、病状説明。ひょっとしたら緊急手術が必要かもしれない、家族の許可が必要なので連絡をとってくれと言うが、なにしろ先に述べたような状況。携帯で女医さんと直に話してもらうが、
「……一応、こちらもサインいただきませんと……はあ、息子さんに。……おいくつでしょうか?あ、うーん、さすがに小学生ではちょっと……」
という会話に、無意識に手を顔に当てて天をあおぐ。
電話済んだ女医さんに
「複雑な状況でご迷惑かけます」
と、あやまる義理もないが成り代わってあやまると女医さん笑って、
「いえ、こういうのは慣れてますから……まだいい方です。心臓の患者さんには、そういう複雑な家庭環境の方って多いんですよ」
と言う。なるほど、そういう家庭環境が心臓を痛めるわけか。
自らも離婚経験者で母子家庭のバーバラが
「……連絡先とか、しっかり周囲に伝えておこう」
とつぶやいた。

と、いうところで電話、かみさんからで
「やっぱり秀次郎連れて行きます」
とのこと。向こうも心乱れてああでないこうでないと悩んでいるんだろう。それは無理もない。白衣を着て、CCU治療室に三人連れていかれ、テーブルの前で病状とこれからの治療の説明を受ける。

そこで談之助も駆けつけてきた。説明によると、冠状動脈に血栓があるようで、そのため心筋の先の方に栄養や酸素がいかなくなり動かなくなっているとのこと。とりあえず鼠頸部からカテーテルを入れて血管を広げる算段をするという。一応、倒れたときの仕事の依頼者ということで私が代理で同意書にサイン。

「“本人病状ジュウトクのため代理”と書いておいてください」
と言われる。ジュウトクのトクはどういう漢字だったか、
一瞬悩むが
「武者小路実篤のアツだったな」
と思い出して重篤、なんとか書けて恥をかかずにすんだ。そうこうするうち検査ということで快楽亭が台車に乗せられ運ばれる。談之助が
「生きてるかーっ」
と声をかける。
「奥さんも来るそうだから」
と私が言うと、快楽亭、小さい声で
「オヤオヤ」と言った。

I垣プロデューサーにはそこでひとまず帰ってもらい、待合室で私と談之助、バーバラの三人で。談之助が携帯で左談次さんに電話、状況説明。
「……え、おとつい元気だった? いや、心臓発作ですから。いきなりくるから発作って言うんですから。さっきまで元気でもなんでも倒れます。実際、ラジオでパアパアやった直後に倒れたんですから」
などと、どうしても噺家同士の会話ってのは落語ぽくなる。

とりあえず、もと弟子ということでブラ談次(現・フラ談次)頼んで、身の回りの世話とか頼むことに。あと、どこでどう知ったか、談笑さんからも電話あり、すぐ行くから、とのこと。やはりそこは元・一門、友情は篤い。あ、こういうときも篤いという字を使うのだな、と思い、後で調べてみたら、広辞苑では友情や信仰心などがアツい、はみな“厚い”であり、“篤い”は重傷、危篤という悪い意味しか記されていない。“篤志”とかいう知り合いが何人もいるのだが。

閑話休題、ほどもなく来た談笑さん、フワリさんと四人、経過のことなどを説明しつつ、これからどうなるという話。しかし面子が面子。
「しかし放送終了後に、というのが惜しいね、放送中だったら話題になるんだけど」
「アレですか、ホモ映画のヒロインをやったという話が出ましたが、そうすると遺作がそれになるんですか」
「尻がアップになると言っていたな」
「葬儀のときにはぜひ、上映しないといけないな」
「林由美香もブラックさんの映画に出た直後だったしな」
「彼女が“ギャラよこせ……”と呼んだんじゃないか」
「四谷怪談の映画だっただけに」
などと、ブラックだけにブラックな話題がどうしても出る。
「最近は安達Oさんが高座を頻繁に録音していたようなので追悼全集はすぐ出せるな」
「印税で借金を返させよう」
「『二代目快楽亭ブラック落語集・債権者委員会編』というタイトルにしたらいいんじゃないか」
「いいねえ、興津要や飯島友治編というより重々しくて」
「重々しいんですか」
ときおりフロア全体にワッという笑い声が響き、一階下の検査室でいま、生死の境をさまよっている友人がいるところでいいのかな、と普通の人は思うだろうが、圓生の『くやみ』に曰く、噺家というのは通夜の席でも「なンです、今日の通夜は湿っぽくッていけません」というくらいな商売なのである。

やがてかみさんと秀次郎くる。秀次郎はゲームに熱中している。待つこと二時間。さっきの女医さんが来て検査結果報告。
「心臓の血管は意外にも大変きれいでした」
とのこと。薬品の投与で、心臓は安定したが、疼痛がとれず、吐瀉したりしたので、おかしいと思いCTスキャンをかけてみたら
「残念ながら、心臓周囲の血管に解離が発見されました」
解離とは、血管が、(あくまで説明によると)“サキイカのように”裂けていく状態だという。この裂けていくのが下半身に及ぶと足の方に血がいかなくなって壊死する危険性があり、上の方に裂けていくと脳内出血の危険性があるという。どちらにしても、今は落ち着いているが、今後の変化によっては予断を許さないという。ふう、である。

一応、家族に面会を、と言うので、かみさんが
「私が行くと興奮するから、ヒデが……」
と秀次郎に行かせようとするが、秀次郎、嫌がって、足でテーブルにしがみつき、動こうとしない。怖いのだろう。

なんとか母親が抱き上げて検査室に連れていった。ドクターによると、快楽亭は痛みにも気丈に耐えていたが、
「息子さんがいらっしゃるんですよね、会いたいですか?」
と訊くと、ポロリと大粒の涙を流したという。まあ、こういう事態になったのは、気にしていないようで気にしていたであろう借金や除名のストレスが大きいとは思うが、もうひとつ、秀次郎と会えなくなったというのが大きいのではないかと思う。快楽亭と秀、病室で向かいあい、
「ヨッ」
と手を上げて挨拶し、秀は照れくさそうに
「かあちゃんの誕生日が近くなんだけど、何送る?」
と会話したとか。

泣ける話だが泣いていることもできず、快楽亭の家に入るための鍵とかは誰が持っているのか、という話を談之助と。いろいろ情報交換のうちに、仕事関係で仕切りしていた人間のいることもわかり、まず不義理はこれでせずに、誰か彼かトラで入れることになる。まずよかった、と病院を出る。

雨、しげし。元・かみさん親子を送り、
「お疲れさま」
「まあ、このまま帰るのもなんだし、打ち上げ行きますか」
「打ち上げってのはいいね」
てなわけで、病院の真ん前にある韓国料理屋に入る。
「焼き物は何にいたしましょう」
「……まず、ハツだな」
と談笑が言ったが、これは大出来。豚バラ焼き、レバ刺し、豚足など。食べてみたらどれも案外いけて、
「いい店見つけられてよかったわねえ!」
とフワリさんまでひどいことを。

さっきの“サキイカ”という説明について話す。血管というのは繊維が縦に走っているらしい。あたりまえの話で、横に走っていたらすぐブチブチ切れてしまう。縦に走っているので、滅多なことでは切れないのだが、そのかわり、内部の傷などで切れ目が出来ると、縦にビーッと裂けて、大きな傷になってしまう。さきイカというよりストリング・チーズ(裂けるチーズ)じゃないか、とみんなで話す。私はそう言えばストリング・チーズは真ん中の方に食い進んでいって、周囲をカワのように残す(最後には食べるが)クセがある。ちょうどこのあんばいなのである、要するに。これからストリング・チーズを食べるたびに、一生快楽亭のことを思い出すんだな、と思うと複雑な気持ちである。

ところがワイワイ言っている最中に病院から電話、解離がちょっと進みそうなので、緊急手術するという。私も談笑も明日が早いので、談之助さんが立ち会いに病院に戻った。大変だが、しかし病院近くの店でよかった。バーバラも、今日は出版企画のことでブラックと打ち合わせを、というつもりだったものがエラい騒ぎに巻き込ませてしまって申し訳ない。それにしても、今後のことはどうなるか。ちょっと後日、打ち合わせせずばなるまい。談笑と
「しかし、われわれの仕事は元気が一番なんですねえ」
「どんな人気があっても倒れればそれまでだからね」
「元気なうちにいい目見ておかなきゃダメなんですね」
「そう。芸人は絶頂期に人生のいい部分全部味わって、あと、のたれ死には覚悟の前」

などとシビアな話もしているうちに三時になり、K子から明日早いのよ! と電話。出て、タクシーで帰宅。

談之助からの連絡が気になったが、シャワーのみ浴びてすぐ寝る。なんという一日!

Copyright 2006 Shunichi Karasawa