22日
金曜日
おれはおぼこだ!
え〜、健作、なんにもわかんない〜。朝5時半起床。晴天。調子はよし。ベッドを出て、パソコンの前に座る。が、まだ本調子でない。私の神様は寝坊であるらしい。ミクシィに書き込んだり、メールやりとりしたり。まだそれでも調子でないので、風呂入って冷水浴び、7時半にきちんと朝飯を摂る。で、8時に再びパソの前へ。ようやっと神様降りてきてくれて、だだだ、と書き出す。10いくつネタを出して、面白いもの5つくらいに絞り、11時過ぎ、まとめてメール。ほおっ、とここ数日の肩の荷がおりた。やってみればタアイもない仕事で、こんなことならさっさと片づけておけば、余計な心痛を味あわずともすむものを……というのは後付の考えで、モノカキになって十数年、同じことで悩んでいる。テンション上げるのに時間がかかる、これ は持病みたいなものでどうしようもないのである。
タクシーで仕事場へ。外へ出ると、台風一過の好天にくわえ、昼近くの陽射しが目にまぶしく、仕事すませて出た文字通り青天白日の身であるのに、何か申し訳ないような気になる。何故かと考えて、昔、学校をサボって昼頃に家の周囲をブラブラしていたときの罪悪感が、この明るさでデジャ・ヴするのではないかと思いついた。渋谷近辺だと、生活臭があまりないので、あの頃の記憶にあまり結びつかないのである。 新中野の町並みが、当時の札幌に似ているんである。
エイバックO氏から電話。ここ十日ほど、連絡がきちんとしている氏が何の報告もしてこないので不安だったのだが、交通事故で数日動けなかったとの由。驚く。来週に講談社交えて打ち合わせの予定を入れる。何はさて、計画が動いているというだけ で気分は落ち着く。
昼は高菜とシャケの混じったオニギリ一個、それに納豆とインスタントのあさり汁で。食べながら圓生の『三年目』。食べ終わって原稿、FRIDAYの四コマネタを今日中にとK子から言い渡されているので、それをネットで調べる。編集部からのお題、今話題のものではあれど、地味なので、笑えるネタに仕立てるのにかなり苦労する。『週刊プレイボーイ』編集部M氏からメール、『怪奇トリビア』を書評で取り上げたいので、来週早くにインタビューのお時間いただけないかという件。これはありがたいと、すぐ承諾のメール。それからそのことを担当のNさんにメール。
3時、時間割に。二見書房Yさんと、数年越しで懸案になっていた書き下ろしの打ち合わせ。これまでの私の世界とあまりに違う本なので、ずっと、書きます書きますと口でだけ言って書き出せないでいた。やっとこちらの気分が熟してきたというか、変容してきたというか、書けるような感じになってきました、と、こないだメールし ておいたのである。その件で話す。
Yさんとは同い年、趣味や指向は私とだいぶ違うが、それでも価値観を共有している世代なので、話が早く、かつ深い。個人的なことまでを話して、書くことの内容詰めをする。もちろん、こちらの個人的なディープな心情などというものは、書く内容には直接関係ないんだが、そこまで編集者に理解しておいてもらわないと、こちらの書くものの真意は伝わらないのではないか、と思う。つい、話し込んでしまい、ふと気がつくと6時。三時間も話し続けていた。西手新九郎で、私の話した内容の一部にいまYさんが担当している本の中にある、吉本隆明の言葉とそっくり同じ内容のもの があるという。ゲラを出して見せてくれた。
仕事場に帰り、6時半に、なんとかFRIDAY四コマネタ、書き上げて編集部とK子メール。それから、『創』の対談テープ起こし原稿が来たので、それに赤を入れてMLにアップ。間を置かず、『漢字天国』コラム原稿にかかる。辞書類を何冊も机の脇に積み上げて、引きつつ執筆。ここのコラムは書きながら自分の知識も増えていくのがよろしい。今回も、書きながら何度も“へぇ”を連発していた。
8時45分、原稿アップ。今日は後半でかなり能率を上げた。執筆ハイで、もし日本がこの先十数年晴天続きだったら私は天下を取れるのだが、などと考える。メールして、外に出てタクシーつかまえ、参宮橋クリクリへ。母、既に来ていて、ハートランドビール飲んでワサビ豆囓りつつ待つうちに、K子着。ワイン抜いて、タルタルステーキ、キノコのホットサラダ、自家製ソーセージなどで、雑談しながら夕食。メインは子羊のチョップのロースト。母がワインをおごるというのでK子ピッチが上がり2本目をあけるが、私は仕事の疲れか、2本目の途中からダウンしてウトウト。帰宅 してすぐぶっ倒れるように寝る。