19日
火曜日
男は土橋亭里う馬
あの渋さがいいのよねえ(渋すぎ好み女子落語ファン)。6時半起床、7時入浴、書くのもイヤなくらい毎朝判で捺したようだが7時半朝食。今日はローソンで買ったアボカドの残り、バナナ数切れ。ポタージュはセロリ、ティーカップに半杯くらい。超大型台風“トカゲ”接近とかで、雨。超巨大なトカゲならハリウッド製ゴジラか、 と思うところだが、これはトカゲ座からつけたものだという。
タクシーで出勤、ダ・カーポと朝日パソコンのゲラチェック。編集各氏と打ち合わせ。台風のときは本当に三本描ける原稿が一本になってしまうという状態で、ご迷惑をおかけする。あと、ネット書き込みも数件。発見したが鈴木タイムラーのサイトの“現場写真”のところに、先日放映の『コミビア』の写真が一点だけだが、載ってお ります。
http://www.thefreemall.jp/suzukitimeler/
11時15分、家を出て渋谷駅。銀座線京橋まで。映画『スーパーサイズ・ミー』試写。K子が前からこの映画みたいと言っていたので、12時に明治屋前で待ち合わせて、昼飯を一緒する。近くにあるフレンチレストラン『ドン・ピエール』に行く。予約が1時からあるので12時45分には出ていただくということでよろしいですかと言われる。なかなかの繁盛。オムライスが名物と聞いていたが、それは1時からでないと出来ない。オムレツが乗っかっているドライカレーを頼む。K子はハヤシライス。“シェフが昨日から仕込んだポタージュはいかがでしょう”というので、パンプキンポタージュをひとつ頼む。おいしいが、やはり久しぶりに食べるとフレンチというのはバターと砂糖と生クリームの複合体なのであるなあ、と実感。これから観る映画のこともあり、脂肪分が胃壁に吸収されていく快感を味わいながら、複雑な気分になる。ドライカレーはさすがに乗っかっているオムレツ、ふわふわ。もっともこれとて生クリームが卵と同じくらいの量、入っているが故のふわふわだろう。“おいしいよー、けど太るよー”とつぶやきつつ食す。脇皿の人参とトマトのサラダも美味。
で、食べ終わって片倉キャロン内映画美学校試写室で『スーパーサイズ・ミー』を観賞。島敏光さんが来て挨拶してきてくれた。このあいだの朗読ライブのお礼など言われて恐縮。あれはもう二十年も前に書いた原作がモトになっているという。『エルム街の悪夢』をちょっとだけ先取りしたアイデアだったんですが、あの映画が公開されちゃったんでお蔵にしていたんです、とのこと。“面白かったけど、ラストがちと 唐突な感じでした”と感想を述べると、
「アレは原作者の私もビックリしました」
とのこと。
『スーパーサイズ・ミー』というのはまあ、要するに監督のモーガン・スパーロックが自分自身を実験台にして30日間朝昼晩マクドナルドの商品“だけ”を食べ続けて(ビタミンやミネラル類なども一切とらない)、しかも“スーパーサイズはいかがですか? と進められたら絶対断ってはいけない、というルールで自分の健康を損ない続けていく様子を記録した映画。彼が主張していること自体は以前に読んだ『デブの帝国』『太りゆく人類』などで知っているので新味はなし。とにかく、自分自身の肉体を痛めつけていく様子を逐一記録していく、という自虐的アイデアがダイレクトかつユニークで面白い。彼のガールフレンド(眼鏡美人)が、太ってきた彼のことをインタビューで語り、“彼のペニス、以前みたいにビュンビュン、って感じでなくなってきたの”と語るあたり爆笑。20日目あたりで、当初は“まあ、少し脂肪がお腹に つく程度だろう”と実験結果に対し楽観的だった三人の医者が、全員
「早く実験を中止しろ! 死ぬぞ!」
と顔色を変えるところのインパクトは強烈。そうか、たった一ヶ月でねえ。町山智洋氏のブログによれば、この作品の公開一ヶ月前に、映画の中でスパーロックが会見をしつこく求めてははぐらかされていたマクドナルド最高責任者ジム・カンタルポが60歳の若さで心臓麻痺で急死するという最高の(?)オチまでついたということで この映画の価値はますます上がっていると言えるだろう。
……だがしかし、こういう“面白い告発”には、必ず、面白さ、わかりやすさを前面に出したが故の裏面があることも、合わせて考えなければいけないと思う。『華氏911』のときにもあちこちに書いたことだが、あれで問題なのはあの映画の内容ではなく、あの映画に踊らされて世の中を“単純化”して見る風潮が蔓延することなのである。問題の単純化は、“これ(『911』ならブッシュ、この映画ならマクドナルド)を無くしちゃえば世の中は丸く収まり、万事うまくいく”という、ビッグマック以上に麻薬的な単純思考(もちろん、映画はどちらもそこまで単純ではない。しかし、メッセージ、殊に強烈なメッセージ性というものは常に受け手には単純化されて伝わるものである)に若者を染めてしまうのだ。そんなわけはないのに。
『デブの帝国』の著者のグレッグ・クライツァーは、その点を底の方まで検証し、問題はアメリカ社会の構造的なところにまで達している、と書いている。例えば、この映画の中にビッグマックマニアと称する人物が出てくる(100円ショップの棚に並んでいるジョン・レノンみたいな顔をしている)が、彼はビッグマックに病みつきで一度に三個も食べる日がある、というのに、肥満していない。それは、彼がひたすらビッグマックだけが好きで、コーラやフライドポテトを食べないからだ。問題は、ハンバーガーの肉や脂ではなく、コーラやポテトに使用されている高果糖コーンシロップやパーム(椰子)油の方にあるのである。そして、なぜこれらの糖や油が70年代以降急激にアメリカ社会に浸透したかと言えば、73年のニクソン政権時代に起きた“大豆ショック”が遠因なのだ。日本も当時、この波をモロに受けた。オイルショックの影に隠れて目立たないが、当時小中学生くらいだった世代であれば、食卓から豆腐が消えた数ヶ月を思い出すのではないか。日本から“トーフゥーィ”のラッパの音が消えたのも、あの騒ぎと機を一にしている筈である。
73年の異常気象で重大な飢饉に見舞われた旧ソ連がアメリカの穀物メジャーと接触して小麦や大豆を買いあさったため、穀物相場が急激な高騰を起こし、日本やアジア各国はもとより、アメリカ本国でも深刻な穀物供給不足を巻き起こし、ニクソン政権はこれを回避するために大豆の輸出禁止声明を出し、これがアメリカからの穀物輸入に大幅に頼っていた(いや、今も頼っている)日本の食卓事情を直撃する大騒ぎとなった。これが大豆ショックである。ニクソン大統領はただちにこの問題に関する研究会を組織し、ソ連との穀物協定を結んだり、穀物産業をこれまでより厳しい監視下に置いたりという措置をとる他に、大豆・小麦といった主要穀物に頼る製品に代わる代替物を探し求めた。そこに登場した新製品が、高果糖コーンシロップとパーム油であったわけだ。廉価で大量生産が可能なこれらのものは、またたく間にファースト・フード産業に取り入れられ、おかげでマクドナルドをはじめとする企業は、商品の低価格化を実施でき、これはニクソンにとっては、食料の安定供給実現と、低所得層に対する食糧事情の改善というダブルでおいしい結果となって表れた。これはいまだにニクソンの政策の功績として記録されている。安定した食糧供給は犯罪発生率の低下や文化程度の向上の基礎だ。ここを認めずに、外食産業の罪ばかりに焦点を当てるのは、少なくともフェアではない(まあ、フェアである必要もないと言われればそれま でだが)。
また、外食産業の急激な発展には、家庭というもののあり方の変容も大きく関わっている。これもクライツァーが指摘していることだが、外食が家庭の中で“普通のこと”に変化していったのは、母親(女性)の社会進出が進み、女性を家事から解放させよう、という考え方が社会の通念となったことを背景とする。映画の中ではG・ワシントン大学のJ・F・バンザフ教授が“マクドナルドは子供を取り込んでいるから罪が深い”と言っているが、もともと、マクドナルドの発展は子供たちが家庭で食事がしにくくなった(お母さんが職を持って、忙しくなった)ことを原因とするのである。また、子供のアイデンティティ重視の考え方が広まり、親が間食を子供に注意するような躾が出来にくくなったことも肥満を増加させる要因の一つだとクライツァーは言う。そして、何よりアメリカ社会に厳然として存在する階級問題、それから発生する貧困問題などの現実を、社会学者たちまでもが“ポストモダン”論にばかりかまけて直視しなくなったからだ、とも指摘している。こういう背景の中にアメリカの肥満問題はあるのだ。決してマクドナルドが無知な大衆・貧困層をだまして脂漬けにしてやろうと陰謀をめぐらしたからではない。スパーロックは映画の中で、マクドナルドを主な食事場所にしている人々に、その危険性は説いても、じゃあどうすればいいのだ、という解決策を指示してくれない。彼が実験開始前には年齢(30代前半)に比して標準以上の健康や平均以上の運動力を維持していられたのは、彼が高等教育を受けられる人種・階級に属し、CM・テレビ番組製作会社員として充分な収入を得られ、かつ恋人にベジタリアンのシェフを持っているという恵まれた状況にあったから だ、という理由を、この映画は(故意に)ボカしているのである。
ちなみに言うと、スパーロックの恋人はベジタリアン料理のシェフと紹介されていたが、字幕を見ると“Vegan”となっている、ビーガン(アメリカ風発音だとべジャン)とはベジタリアンの中でも過激派な、肉ばかりでなく牛乳や卵もとらない、純粋派ベジタリアンを指す言葉である。明日からマクドナルド三昧に入る恋人に彼女は自分の手料理を食べさせるが、なんかスクリーン上で見てもあまり食欲をそそらない料理ではある。スパーロック自身、彼女に“ハムはヘロインと同じなのよ”と強く説得され続けているが、実験が終わって、彼女のメニューで健康を取り戻した後も、“ベジタリアンにはなれない”と言っている。二人の仲が今後どうなるのか、にも関心を持ってしまった。
http://www.supersizeme.jp/
終わって出て、地下鉄で表参道まで。K子も仕事場に行くので、タクシー乗り合いで渋谷まで。『創』からメールでオタク清談のテープ起こしが届いていたのでチェック入れる。二見書房Y氏からメール。近況を伝える。某喜劇的(悲劇的?)状況についても。すぐ返事。大ウケした模様。モノマガジン『トンデモノ探索ノート』原稿にかかり、5枚半。さらに書き下ろし原稿続き。結局談笑の真打トライアルにはいけないまま。気圧は台風のせいで大乱れ、どうにも頭が動かない。何度かベッドにごろり と横になる。腕がしびれる感じ。
メール数通。旭堂南湖さんからも。12月25日にロフトを南湖さんの会でとろうとしていたのだが、いろいろ行き違いあって、25日がうわの空で予定しているクリスマスパーティとカチあってしまっていたことが判明、これをうわの空に譲って、南湖さんには2月あたりに独演会をロフトでやってもらうということでどうでしょうとロフト斉藤さんから電話あり、その件を問い合わせていたのだ。もちろん、25日にはうわの空のパーティにもゲストで出て紙芝居をやってもらうということは村木さんにも許可をとった。この件で南湖さんに問い合わせていたところ、快諾してくれた返事がきたのでホッとする。贔屓同士が同じ日にぶつかるとはそれにしても驚いた。とにかく南湖さん東京本格デビュー計画に、少し開田さんたちにも協力してもらって、力を入れねばならないな。
9時半、家を出て幡ヶ谷チャイナハウスへ。K子、S山さん、それにK子のポーランド語教室の友人であるIさん。K子が加わるとポーランド語などという地味な語学の教室が爆笑になるという。“先生にも容赦なくつっこむんです”と。料理は炙り鶏 から始まって、シカクマメ↓なる野菜と干しエビの炒め物、
http://nics.naro.affrc.go.jp/hatasaku/mihonen/files/CROP25.html
それから紅鳳菜なる葉物↓と干し貝柱との炒め物、
http://www.hulu.com.tw/veg/Gynura_1V.htm
真鯛のトウチ炒め、猪肉と椎の実の炒め物。椎の実がサクサクして、猪肉の脂身と実によく合って美味。時間が遅かったので、珍しく“これでオシマイ”と言われ、あとは里麺。Iさん、やはり里麺の美味に目を丸くしていた。S山さんと、マスターに杭州料理ツアーのことを聞く。三日のツアーだが、特別なメンバーだけ四日目にも料理が出るようにすると言う。S山さんと蟻酒飲む。久しぶりで、その芳香を堪能。