5日
土曜日
チワワ喧嘩
なによっ、あたしよりこんな犬がいいっていうの! ……ちなみに、実際にチワワという犬は嫉妬心が強いそうで、女優リンダ・クリスチャン(007がまだ映画になる前、テレビでバリー・ネルソンがジェームズ・ボンドを演じたときのヒロイン。つまり元祖ボンド・ガール)が飼っていたチワワは、飼い主のクリスチャンが自分より恋人の方を可愛がるのに怒って、マンションの窓から投身自殺をしたそうである。朝方ずっと、長い夢を見る。例によって、見もしらぬ街、見も知らぬビル、見も知らぬ男たちとの、気のすすまない会話が長々と。目がイガイガする。結膜炎かと思ったが別に充血もしておらず。ゆうべのワインのせいらしい。
雨。それも冷たい氷雨がかなり強くしぶく。朝食は豆。とりあえず、花粉症のシーズンの間は続けることにする。新聞、産経が雨のせいか、配達少し遅れ気味。その遅れた産経に、マイケル・ウェイン死去の報。ジョン・ウェインの長男で、親父の映画のプロデュースをしていたとか。彼を筆頭に、ジョン・ウェインには七人の子供がいるそうで、いつだったか、ジョン・ウェインを讃えるあちらの番組をテレビ東京で見たとき、ボブ・ホープがこんなジョークを言っていた。
「ジョンは七人の子持ちだ。なかなか出来ることじゃない。一日一人作っても一週間かかる……週明けは仕事にならんだろうネ」
この死亡についてネットを調べていたら、脚本家フィリップ・ヨーダンが3日に死去していたという記事を発見。88歳。『キング・オブ・キングス』『エル・シド』みたいな歴史・宗教劇、『バルジ大作戦』のような戦争もの、『黒い絨毯』のようなスペクタクル、『大砂塵』みたいな西部劇、『探偵物語』のような犯罪もの、『人類SOS(トリフィドの日)』みたいなSFもの、さらには『悪魔の祭壇/血塗られた処女』のようなB級ホラーまで、行くところ可ならざるはない器用ぶりと、単なる器用な才人に終わらぬ骨太いストーリィテラーとしての力量を示し、『折れた槍』ではアカデミー原案賞を受賞、ハリウッドの脚本家の一典型として君臨した大物、と言ってオシマイであれば、通例の追悼でかまわないのだろうが、実はこの人物、単なる脚本家に終わらず、“ハリウッド史上最もミステリアスな男”と称されて、赤狩り時代のハリウッドに隠然たる位地をしめていた、クセモノであった。その怪物ぶりは
http://www.esquire.co.jp/scenario_i/scenario_06.html
から始まる論考にくわしいが、さて、果たしてヨーダンはベン・マドゥのような才能ある人物を食い物にしていたのか、それとも赤狩りで仕事を奪われた人々にとって彼のような存在は救いの手だったのか。また、ヨーダン自身には本当の才能がどれくらいあったのか、なにはともあれ一筋縄ではいかない怪人である。アメリカのことだから、いずれ生前には発表できなかった様々な資料がこの後出てきて、詳細な研究書 が刊行されるだろうが、楽しみなことではある。
で、この訃報について、あちこちの訃報サイトを回っているうちに、またまた訃報を発見。訃報日記みたいな感じだが、4日、劇画家・劇画出版社経営者、桜井昌一氏死去、70歳。水木しげるのマンガに出てくる、四角い顔のメガネのデッパ男のモデルと言えば、今の若い人にもなじみが深いのではあるまいか。あのメガネ氏は、日本人の典型のような、欲望に弱い俗物で、しかしながら悪にも染まりきれない律儀さを持ち、努力を厭わない好人物でありながら、どこかでいつも人生のタイミングを踏み外し、幸運の星からは縁遠い存在であった。この人物像は、そのまま、桜井氏に当てはまるのではないかと思われる。桜井氏が佐藤まさあき、さいとうたかを、そして実弟の辰巳ヨシヒロなどと設立した『劇画工房』は、大阪の一隅から確実に日本のマンガ史を変革させ、彼らの東京進出にノイローゼとなった手塚治虫は仕事場の階段を踏み外して転げ落ちたという。しかし、そのようなニュー・ウェーヴの中心にいて、才能あるもの同士の集団ゆえの集合離散常無き状況の中、最も律儀な態度をとり続けた結果、常に貧乏くじを引きっぱなしだったのが桜井氏であった。そのあたりの状況は佐藤まさあき『「劇画の星」をめざして』(文藝春秋)、桜井昌一『僕は劇画の仕掛人だった』(東考社〜桜井氏自身の出版社である)に詳しい。そして、両者における視点の違い(成功者とそうでない者からの)も確認しておきたいところである。長い間病床にあったというが、最期は安らかなものであったことを祈りたい。
午前中はずっと原稿。『モノマガジン』のトンデモノ雑学ノートを2時、編集部Mさん宛メール。それから外出、参宮橋でこないだの用件をやっと済まし、また道楽でラーメン。帰りはバスで渋谷駅まで。公園通りが反戦デモのため使えず、迂回を余儀なくされる。雨の中、ご苦労様なことだとは思うが、デモてふもの、この21世紀に おいてあまりに非・能率的なものではあるまいかと思う。
西武デパチカで買い物、帰宅。雨でも人の出ることよ。帰って、牛乳のみながら次の原稿。『Memo男の部屋』。がりがりと書いていたら、予定文字数をはるかに上回ったものになってしまい、削るのにひと苦労。書いているうちにそんなことはわかるのだから軌道修正すればよかりそうなものだが、とりあえず、一応勢いのままラストまで持っていき、その後で削っていくのが私のやり方である。6時半ころ、編集部 及びイラストのK子にメール。
8時半、家を出てタクシーで下北沢『虎の子』。土間のテーブルに十人くらいの人数で集っているお客さんがいる。世代もバラバラで、いったいどういう集まりなのかと思っていたが、“西東三鬼が……”なんて言っているのが耳に入るところから推理して、句会の打ち上げかなにかかと思う。ついこないだ、マルクス兄弟のCDを聞いて、三鬼の句を思い出していたところだ。
「ハルポマルクス 神の糞より生まれたり」
こないだK子が大喜びしていた土手焼きは、やはり人気か、今日は売り切れ。たぶん欲しがるだろうと、キミさんが最後の一口ぶんくらいを残しておいてくれた。ねっとりと煮込まれたすじ肉のゼラチン質の旨さ。あと、生ひじきのサラダ、わらびの信田巻、塩豚などで酒。『牧水』『黒龍』『酔鯨』などととっかえひっかえ。K子、少しからみ酒になる。ふつう酔ってのからみ方はねちっこいものだが、この人のは素面のときと同じ攻撃的なからみなので少々ヘバる。表の桜も見事に開いたが、なんと、店の中にも、小枝から二つほど、小さいつぼみが出ている。明日あたり、開きそうである。寒々とはしているが、やはり春。