裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

火曜日

声に出して読みたいマタンゴ

 原作のW・H・ホジソン『闇の声』朗読会をやります。朝、7時半起床。ゆうべ寝る前に消炎剤をのむのを忘れたので、早朝、ノドの痛みで目が覚めた。昨日のライブのしゃべりすぎのせいで、奥が充血している感じ。おしゃべりのくせに、昔からノドはあまり強くない。朝食、豆サラダとバナナ。幸い、痛みは食後、軽減したが。

 昨日もらった『マルクス・ブラザーズ・シング・アンド・プレイ』を聞きながら日記。このCD、音源が古いフィルムなので音質がよくないのは仕方ないが、編集が非常に雑で、曲に入る前のカットのセリフの最後が入ったり、つながっていないシーンを無理につなげてひとつづきにしたりしている。フランス人てのは(元盤はアメリカかも知れないが)ぞろっぺえだなあ、と思う。日本でこんな編集のレコードを出したら、マニアたちから大叩きされるだろう。日本人の方が神経質すぎるのか。三枚組のCDのどれにも、英語と仏語でかなり厚めのブックレットがついているのだが、それが三枚とも同じもの、というのもなかなか凄い。

 ネットのメールに返信等。4月1日だから、イラクネタでシャレにならないウソばなしをサイトに書いている馬鹿がいるんじゃないかと思っていたが、やはり何人かいましたな。もし今、日本が本当の戦争中なら、造言蜚語の容疑でしょっぴかれるところだ。いや、あえて悪趣味でギャグを書くならそれはそれでなかなかのものだ。困るのは、彼等のほとんどはそれを戦争に対する皮肉の効いた行為と思っているところなのである。

 仕事場の窓の正面に見えていた、税務署の植木に作られていたカラスの巣、本日とうとう撤去される。ふたりがかりで、一人がベランダの上で竹竿を振り回して巣の主の襲撃を防ぎ、もう一人が近い窓から身を乗り出して高枝切りバサミでつついて、十五分くらいかけて、とうとう巣を木から落っことした。まだ卵もヒナもいなかったのが幸いで、もしあったら直視は出来なかったろう。巣は案外大きく、スイカの半玉くらいあって、木の枝の他、赤い電気コードや針金のハンガーなども材料として使われていた。あちこちからせっせと集めたものだろう。これまで十日間ほど、一生懸命協力して巣作りをしていたカラス夫婦は、攻撃こそしてこなかったが、税務署のビルの白い壁に、ときおり飛影がすばやくよぎって、鋭い声で抗議の叫びをあげていた。

 カラスやあわれ、であるが、東京の烏害を知る者にとり、これは絶対に必要な措置であることは疑いを入れない。高田保が戦後まもない昭和二十四年に『ブラリひょうたん』に書いた、浮浪児(戦災孤児)問題に関するエッセイを思い浮かべた。浮浪児に愛情を、と説く人気ラジオ番組『鐘の鳴る丘』に高田は異議を唱える。
「浮浪児を愛しなさい、彼等にあたたかい手を差伸べてやりましょう。至極人情のあるやさしさである。だがそんな感傷で処理できる問題ではない(中略)。むしろ残酷な手が必要なのだと友人(唐沢注・浮浪児問題に詳しい人物)はいう。なまじな愛情が浮浪児たちをケダモノのごとく狡猾にする。世間は彼等を誤れる善意によって救い得ぬ地獄の底へ突き落としつつあるのだということに気づかねばならない。無情残酷な手だけが彼等をして人間の幸福を求めようとさせるだろう。『鐘の鳴る丘』的な愛情はケダモノであることの幸福を彼等に自覚させるだけでしかない(中略)。無情残酷な手によってこの幸福を打ち砕いてしまえ。それが彼等に対する社会的の正しい愛情である」
 高田保のこの洞察を、われわれ日本人は、このエッセイの発表から54年たっても理解出来ていない。およそ全ての問題において。

 昼食、ご飯パックのもの一膳、アジ干物半枚、紀州梅一個、スグキツケモノ、味噌汁(ジャガイモ、ワカメ)。食って外出、カラスの巣の跡を下から眺めたり。東急本店地下で買い物。イワシ、初物のアユ二尾、パン、リーキなど。帰宅して、イワシを三枚におろし、アユはワタを抜いて、ピチットにくるみ、米をとぐなど、下ごしらえしばし。くたびれてゴロリと横になって読書。うちには本は山ほどあるが、読書用の椅子というものがないので、本は大抵寝ころんで読む。そのまま夕方まで。人間のタテでなく人間のヨコ、などとつぶやきながら木村荘八『現代風俗帖』、上田都史『性の博物誌』などを読む。いずれも最近、古書店で買ったもの。小版カストリもパラパラと。鮎沢まことのマンガの絵柄を見ているうちに、昔、秋田書店の『マンガのかきかた』の実例四コママンガにこのひとのものがあった、と気がついた。起承転結のリズムがよくない、練れていないマンガ、とかいう例で(もちろん無記名で)使われていたのがこのひとのものだったのだ。私にはじゅうぶんに面白く、とぼけた味の絵柄が好きだったので、これを悪い例として出すこの本の編集者のセンスに反発を感じたものだった。今の鮎沢まことの絵とはまったく違うので、気がつかないでいた。この歳になっても、いろいろ発見というのはあるものだ。読み疲れるとそのまま眠る。たいてい、こういうときの夢は悪夢。毛穴のやたら大きい人間ばかりの街、なんてきびの悪いものが出てきたりする。

 阿部能丸くんから電話、うわの空一座の公演のお誘い。楽しみ楽しみ。開田裕治さんからは新感線のお誘いが来た。そろそろ、この二劇団以外の芝居も観にいかないとな。もっとも、本当に対照的な劇団同士なので、オセロじゃないが、両端押さえてんだからいいや、という気になるのも事実なのである。原稿をちょこちょこ書いて、8時、夕食の準備にかかる。イワシは一時間ほど前、ピチットから出して細切りにし、ワインビネガーに漬けておいた。酢を捨て、塩とタマネギ、ニンニクのみじん切りとまぶして、オリーブオイルをかけ回し、また一時間ほど漬けておく。アユはガスレンジで焼いてから、米と一緒にガラス製の耐熱鍋に入れ、昆布だしと酒で炊く。あと、リーキはオニオンスープで小ハンバーグと煮る。ハンバーグというものはなかなか煮えないので注意。9時、帰ってきたK子と夕食。海外のCMのDVD、日本のCMに比べ、デッド・エンドのものが格段に多いのが面白い。その後、ビデオで小林正樹の『東京裁判』途中まで。缶ビール小一カン、日本酒(松竹梅)一合、焼酎梅干し割り二杯。1時就寝。

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