裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

木曜日

観劇日記・12『坂の下商店街再開発計画』劇団カンタービレ公演

『坂の下商店街再開発計画』
劇団カンタービレ
作・演出/渡辺勝巳
出演/加山到・森本縁・黒澤光義・斉藤こず恵・今村和代・俊依里・小林真実
   山岸恵美子・たにやん・大曽根徹・近藤ミキヲ・谷岡友和・中上友博
   梅岡寛正・野本由布子・伊藤和哉・嘉手納莉菜・木村エリカ 他
於/ウッディシアター中目黒
2012年1月25日 観劇

戦後、闇市時代からの歴史を持つ『坂の下商店街』も、時代の波に押され
シャッターを下ろす店が増えていた。そんな中、この一帯を再開発して
高層マンション付きショッピングモールにする計画が持ち上がる。
住民たちは次々と賛成派に回るが、中華料理『雲珍軒』の三代目・三雲英雄
だけは徹底反対の姿勢をとっていた。だが、再開発を企画した長門建設は、
地上げ屋や三雲の昔の彼女など、あの手この手を使って三雲の懐柔をはかって
くる。そしてついに、彼等は三雲の“過去”をついて勝負を申し込んできた……。

下町人情喜劇としてドラマは始まり、いくつかの恋愛と人間模様が間にはさ
まり、生まれ育った土地人情を愛する頑固な店主と、彼を支える恋女房、
ちょっと反抗期の娘の話がからまる。まあ、普通に面白いがありがちな
パターンだな、と思っていたら、何と中盤から急にオートレースものに話が
展開していくのに驚いた。本物のバイクを舞台の上に持ち込んでの力の入った
描写は傑作で、それを通して、提示されていたいくつもの人間ドラマが、
パズルのピースのように収斂していくのは見事な手腕だった。
地上げ屋母子のトリオがフール役としてアクセントをつけているが、
この母親役が斎藤こずえ(こず恵)だったのにも驚いた(そういえば、
以前劇団『東京みかん』の朗読劇にもゲストで出ていたが)。

ギャグはあれど、せりふ、動き等、かなり細かくつけているなということが
わかり、初日にこれだけ役者たちに演技が入っているということは、だいぶ
稽古をみっちりとやっているんだろうなということもうかがわれ、これは
自分の芝居に強力なライバルが現れた、と思わないではいられなかった。

なぜ、今日初めて芝居を観た劇団をライバルなどと思うかというと、ここの
座長をつとめる作・演出の渡辺勝巳くんは、今から17年前、私の部下、
つまり『株式会社カラサワ企画(オノプロ)』のアルバイト社員だったので
ある。潮健児さんの付き人もやらせていたので、あの当時のことを最もよく
知る人物でもある。

彼は仮面ライダーショーの仕事などもやった経験があり、潮さんの付き人には
最適な人物だった。我が強いタイプではないので、いわゆる役者の子供ぽい
わがままにも神経を痛めず対応できる。すでに身体が弱っていた潮さんに
ついて、ロケやイベントにも同道し、世話をしていた。横浜でのSF大会の
ショーで、仮面ライダースーパー1に扮して潮さんとアクションをしたことも
あった。潮さん亡き後、そのお弟子さんの関係で舞台の仕事も始めたという
ことは知っていたが、それは役者としてであり、まさか自分が劇団を率いて、
作・演出までやるようになろうとは、想像もしていなかったのである。
数年前、小野栄一のショーの後で偶然再会し、結婚して劇団を作ったという
ことは聞いていたが、ドタバタしていて観に行きそこなっていたのである。
今回、案内をもらって、今度こそ“観てあげなくては”と、いささか上から
目線で出かけたというのが正直なところだったが、あげるどころか、これは
油断ならん、と瞠目した次第だった。

ナベちゃん(つい、昔の呼び方で呼んでしまうが)は当時から、若いに
似合わぬ老成したところがあったが、今回の芝居には、そういうナベちゃん
らしさが十二分に出て、まだ芝居を書き初めて四年目、公演は5回目という
頼りなさは微塵もない。逆に言うと安定感が強すぎて、いわゆる新しさ、
演劇界に切り込んでいこうという野心、客気のようなものは全く感じられない。
そこが物足りないと言えば物足りないと言えるかもしれない。しかし、これだけ
の完成度を保つということは、それだけで凄まじい価値を持つ。

このウッディシアターという劇場にも初めて行ったが、舞台シモテ(下手)に
http://www.woodytheatre.com/
出っ張った部分があり、ここを“第二の舞台”として使用できる。
『楽園』の大扉前の三角コーナーと同じであり、使いようによっては
面白い効果が出せると思った。もちろん、今回も徹底して使っていたのは
当然である。

役者では主人公の奥さん役の今村和代が演技にも安定感があり、美人で
元・看護婦という知性を感じさせて大変によかった。上記の斎藤こず恵、
さらには歌手の黒沢光義など、意外なキャスティングも、どういうつながり
で呼んできたのか、私の元を離れてからのナベちゃんが、無駄に人生を
歩んでいなかったという人脈を感じさせて、それだけでとてもうれしく
思った舞台なのでありました。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa