裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

水曜日

観劇日記・7『僕の部屋は戦場になった』トツゲキ倶楽部

『僕の部屋は戦場になった』
トツゲキ倶楽部
作/飛葉喜文
演出/横森文
出演/市森正洋 大橋宏樹 木内なおみ北村清治 久保広宣 小濱晋
   佐竹リサ 添野豪 高橋亮次 宝田雅資 中野順二 前田綾香
   横森文 渡辺一哉 和田裕太
2011年11月16日観劇
於/シアターグリーン BASE THEATER

トツゲキ倶楽部の舞台は何度も観に行っているし、一度客演したこと
まであり(09年の『いつも心に怪獣を』)、毎回大変に勉強に
なっている演劇ユニットである。

なぜ勉強になるかというと、テーマへの取り組み方が、私とまったく
正反対であるからだ。例えば『いつも心に〜』では大怪獣の出現、という
設定でドラマをはじめながら、ストーリィはほとんど怪獣と関係ない
一家の話に終始する。一応、私は科学者の役で、怪獣に対し専門家的
な発言をしたりするのだが、その私のドラマの中核は、浮気を疑われて
いる妻との関係だったりする。

その構成は今回も同じで、今回は、町にゾンビが大量発生している
現状の中で、中心テーマは社員寮の引き払い問題、そして男女の
恋愛関係なのである。ゾンビは窓の外にうろついていて、人を襲って
いるらしいのだが、一回も姿を現さない。つまり、怪獣が出ても
ゾンビが出ても、トツゲキの芝居はSFやホラーではない。
どこまでも人間喜劇なのである。実は『いつも心に……』で
科学者役ということでオファーを受けたとき、
「かなりカッコいい役です」
と言われて、これは怪獣を退治するか、あるいはその弱点を見いだし
非業の死を遂げる役か、と(東宝怪獣映画からの類推で)想像して
いたら、そのカッコいいシーンとは、浮気の疑いを晴らすシーンで
逆に驚いたことがあった(笑)。

トツゲキ倶楽部の主催者である飛葉喜文&横森文の二人にとり、
怪獣やゾンビというのは、例えば交通事故や泥棒と同じ、平凡に
暮す一般人の生活に変調を来させる事件のひとつに過ぎないのだろう。
そして彼らの描きたいのは、事件そのものでなく、事件を受けての
人々の反応なのだろう。これは例えば、交通事故で人生が変わって
しまった人のドラマを舞台にかけるとき、交通事故そのものを
克明に描くかというとそんなことはまず、しないということを
考えれば、理解できる態度である。作劇ということを考えるとき、
この切り口は非常に勉強になる。普通は異常な出来事と通常の
出来事があれば、まず異常な出来事の方に人は目をやってしまう
ものだからだ。

……ただし、それが観る人を満足させるか、というとまた、別問題
である。人は好奇心の動物であり、日常では見られないものを見に、
劇場へ足を運ぶ。車に轢かれたというのと、ゾンビに食い殺された
というのでは、おのずとその反応は違うはずだ。
毎度のことながら、俳優さんたちに関しては達者な人から新人まで、
見事なアンサンブルを組んでいる。常連の市森正洋、渡辺一哉、
中野清治、久保広宣などをはじめ、幅広くいろんな劇団に出演して
いる前田綾香がやはりいいし、『迷子の迷子のおまわりさん』(09)
あたりから出演しはじめた高橋亮次が抜群の演技力で目立っていたが、
今回は主役で、かなり大勢の出演者をまとめあげている。
群像劇として、充分に楽しむことが出来た。

とはいえ、今回は楽しんだのと同等の拍子抜け感を抱いてしまった。
それは、『いつも心に……』以上に、今回の芝居がシチュエーション
コメディ色を強くしていたから、である。妊娠した女房を置いて
浮気した久保広宣がタンスの中に隠れてのドタバタ、渡辺一哉の
彼女の前田綾香が、同じ同僚の元カノであったという設定、その他
中国人のコックに金を借りている社員だの何だの、いわくありげな
登場人物たちが、みな主人公の部屋にわらわら集ってくる、という
シチュエーションだけで、それは“日常の域”を脱してコメディの
世界に入ってしまっている。ゾンビによって侵食される日常、という
その日常の度合がすでに日常を逸脱している。そのために、ゾンビ
という存在がきちんと芝居の中で機能していないのである。

これだけの芸達者を揃えたユニットである。
もう少し、純粋にその芸だけを楽しみたい、でなければ、ゾンビ
という設定をストーリィ展開の中にからめていってもらいたい。
何か、フランス料理のシェフが作った刺身を食っているような、
そんな気分がした舞台であった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa