裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

水曜日

観劇日記・番外『戸野廣浩司記念館』

戸野広(廣)浩司、と聞いてああ、と記憶を新たにする人が何人いるか。
テレビの代表作ほぼ一作品のみを残して、この世を去った俳優だ。
しかも、今から29年も前に。
その死も、ほとんどの人には新聞の小さな死亡記事としてしか目に
とまらなかったろう。

だが、われわれ、昭和40年代のヒーローものテレビの視聴者には
忘れられない名前である。
ピープロの時代劇ヒーローものドラマ、『快傑ライオン丸』における
ライオン丸最大のライバル、タイガージョーとして。

「ゴースン、タイガー!」
の掛け声と共に指に鋭い爪が生え、胸に『悪』の文字を刻んだ胴を
身につけた悪のヒーロー、タイガージョーに変身する。
他のゴースンの怪人たちとはつるまず、悪の組織の一員ではあるが
孤独の影を宿して、ひたすらライオン丸を倒すためだけに執念を燃やす。

『人造人間キカイダー』におけるハカイダーと相通じる、悪の魅力が
ただようキャラクターで、登場と同時に大人気を博し、その人気は
主役であるライオン丸を食うほどであった。

そして、その人気は、タイガージョーに変身する虎錠之介のカッコよさ
にも支えられていた。この、錠之介を演じた役者が、戸野広浩司であった。
劇団青俳の新人俳優で、同時期に、同じ土曜日のヒーロー番組『人造人間
キカイダー』の服部半平役でレギュラーを務め、人気を得ていたうえだ俊の
後輩にあたる。このレギュラー(第27話から)が実質的デビュー。
その演技力とルックスは視聴者の子供たちをとらえ、当初は三回限定の
ゲスト出演だったものが、人気沸騰でレギュラー化が決定した。
NHKの朝ドラなどへの出演も決まり、また『ライオン丸』の原作者、
うしおそうじからは次回作はタイガージョーを主役にした作品をやるから、
とオファーを受けていたという。

その、ブレイク前夜の12月11日、滋賀県のロケ先の旅館でスタッフと
酒宴をして泥酔、消灯時間すぎの風呂場で水を飲もうとして転倒、ガラスで
腹部に裂傷を受け、出血多量で死去する。死去後の『ライオン丸』で、
追悼の言葉が冒頭にテロップとして出た。

……死後27年たった2009年に、谷中に彼の名を冠した劇場がオープン
した。青俳の彼の友人が劇場案内のパンフに言葉を添えている。これが、
実に名文だ。死後、錠之介の撮り残しのツーカットを、彼に代わって演じた
人である。彼に親友・戸野広浩司が残した肩身が、尺五寸の柄のなぐりで
あった、というのも役者らしい(なぐりというのは舞台設営に使うカナヅチ
のことである)。

この劇場で、知り合いの歳岡くんの劇団が公演をするという。そう言えば、
タイガージョーの劇場じゃないか、と思いながら足を運んだ。
そうしたら、入り口で“カラサワさん!”と声をかけられた。
以前、『特撮ファンクラブG』でしょっちゅう飲んでいたKさんである。
聞いたら、ここの営業部長をやっているとか。世間、狭過ぎ。
歳岡くんの芝居の中には、やるんじゃないかと思ってたら案の定、
「風よ、光よ、正義の祈り!」
というセリフがあって大笑いした(ここの演劇祭の審査員が『人造人間
キカイダー』の伴大介さんだったから、「スイッチ・オン、ワン・ツー・スリー!」
も入れるとよかったかもしれない。Kくんが営業部長をやっているせいでも
あるまいが、妙に特撮ヒーローものに縁のある劇場だ)。

客席の後ろには壁にはめ込まれたガラスケースに、ギターが飾ってある。
戸野広浩司の愛用したギターだそうだ。
死後四半世紀以上経って、仲間たちが自分の名前を劇場に冠してくれる。
志半ばで、まだ世間的には無名のままでこの世を去った戸野広浩司、
幸せものだな、と思う。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa